僕と君の蒼穹日記
如月瑞悠
プロローグ『空の下』
——君も目にしただろうか、太平洋に巨大な隕石『Twilight』が墜落したあの瞬間を。誰もが死ぬって、世界が終わるって思ったあの瞬間を。
僕もこの目で見たんだよ。赤く光る、この世のものとは思えないような『岩』が、水平線の彼方に堕ちていくのを。それも、最愛の人と。
死んだと思った。できれば生きていたとも願った。あの人の唇の感触を今でも覚えてる。
死んだと思った。生きていたかった、あの時は。
でも今は違う、なんで死なせてくれなかったんだって、この世界を、運命を憎んでる。
——もう一度、あの人に会わせてくれよ。
地球に落下した隕石『Twilight』がもたらした影響は甚大なものだった。
北太平洋、ミッドウェー島より南に2000kmほど離れたところに落下した隕石は、周辺地域の地形を変えるほどの威力で衝突した。
グアムやハワイ島は消滅し、日本やアメリカなどの湾岸地域も被害を受けた。
目が覚めた時、インフルエンザにでも罹ったんじゃないかと疑うぐらい、体中の関節が痛みを訴えていた。
視界の先には、青い空が広がっている。鳥のさえずりなどは聞こえず、ぽちゃぽちゃと小川が流れるような音と、隙間風の音が聞こえる。
「僕の名前は
自分の生体情報を覚えていることを確認し、僕は痛みをこらえて体勢を起こした。
——目の前には、一面まっさおな海が広がっていた。
僕がいるところというのは、土砂で出来た森林跡のような場所だった。
ここを下っていけばすぐ、目の前に見える海に出るだろう。
周囲に危険がないかを確認し、近くにあった木の幹を掴んで、やっとの思いで立ち上がった。
「左足首をねん挫か」
体中痛い中でも、ひと際異常な痛みを発している左足。隕石衝突の衝撃で押し流された土砂に巻き込まれて捻ったのだろう。
「隕石...ッ!」
なぜ忘れていたのだろう。幸いにも記憶障害には陥っていない。僕の目覚める前の最後の記憶、それは最愛の人と迎えた世界の終わりではないか。
周囲を見渡しても、辺りには
足から力が抜けていき、そのままさっきと同じ、大の字になって倒れた。
涙が、頬を伝った。
なぜこの腕で最後まで抱いていなかった、なぜ離した、どうして救えなかった。
無力だった自分と、不条理を叩きつける運命を、心の底から憎んだ。
意識が戻ってから何分たっただろう。僕の気持ちは絶望から一転、希望に変化していた。
自分はこうして生きている。ならば先輩も、陽葵もどこかで生きているんじゃないか。そう思った。
近くに落ちていた太い木の枝を杖代わりにして、僕は土砂の山を登った。
山の地面や周囲をよく観察しながら登ったが、結局、人の姿は確認できなかった。助けを呼ぶ声も、聞こえなかった。
頂上を通り越して、土砂を下っていくと、ひび割れたコンクリートの道が現れた。無論、本来の用途は果たせておらず、道ではなくて「道標」にしかなっていないが。
コンクリートの道標に沿って山を下っていくと、市街地のようなものが見え始めた。
ようやく人に出会えそうだと思うと、気分も楽になった。さっきより、足の痛みも引いていた。
市街地まであと少しというところで、土砂に半分呑み込まれたタクシーを発見した。
タクシーのサイドウィンドウを服で拭うと、中には白髪の運転手が載っていた。
僕は思いっきりドアを引っ張ってこじ開け、運転手を外に引きずり出した。
安全なところで息を確かめたが、既に運転手の息は絶えていた。
このまま炎天下にさらされて、というのも心が痛いので、タクシーの傍の木陰にそっと座らせておいた。
黙祷した後、目を開くと、崖のようにそそり立つ土砂の上で、何かが光った。
太陽の向きとは反対方向、何かが反射した。
さすがに正面の崖を登ることはできないので、緩やかな場所から登って、何かが光った場所へ向かった。
「——歩夢」
隕石落下の前の温かな日常が蘇る。
半分土砂に埋もれかけていたのは、自分のよく知る人物。最愛の人の、親友。
僕に好意を抱いていたが、その最後を親友に譲った友達思いの人物。
光っていたのは、彼女の腕に巻かれた『石』だった。
僕の記憶では、隕石が落ちる前はこんなものつけていなかったはずだが——。
それはさておき、彼女は呼吸していた。どうやら僕と同じで気絶しているだけのようだ。
僕は彼女の上に乗っかる土砂を手でどけて、タクシーが呑まれていた広い通りまで運んだ。
地面に横にした衝撃で、彼女の目蓋がゆっくりと持ち上がった。
目を覚ました歩夢は、掠れた声で衝撃の一言を言い放った。
「——君は...誰?」
僕と君の蒼穹日記 如月瑞悠 @nizinokanata2007
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