48話 神童と剣聖




激しい死闘の末から46年・・・。



時には酷い転生も繰り返したがここに来てようやく俺は人間という安住した転生を選ぶ事ができた。もう・・・ゴブになって人間に鈍殺される事も、オークになって首を刎ねられる事も、スライムになって初心者冒険者に殺される日々にようやくピリオドを打てるのだ。



・・・あれ、これから念願の人間に転生というのに振り返ると長年の精神的な疲れが一気に押し寄せるような感覚が・・・ま、気のせいだろう。というか、これから人間になるってのにいちいちモンスターだった時のトラウマでフラッシュバックなどごめんである。



『次の転生先を『人間』にします。よろしいですか?Y/N』



イエス・・・俺は心の中でそう呟いた。



ーーーーーーーーーーーー



霊長暦1652年



明確に意識が継承記憶とリンクするまでに大体3年程かかったが、ここからはようやく色んな意味で自由に動けた。



母は俺にロイという名を付け、苦労しながらも俺を育ててくれた。父親は魔族との戦争に巻き込まれ死亡。記憶の中には残っていない。とにかく『無限の可能性』を信じ、なんとか3歳で二足歩行に会話、そして母の手伝いをしながらも龍玉泉で修行した記憶を頼りに日々特訓を繰り返す。子供の柔軟な筋力は酷使すればするほどしなやかに強靭さを増して行き、ものの半年程で俺の体は5歳児と変わらないまでにまで成長していく。さらに内なる修行、精神鍛錬も功を成し、今では『気』の概念も少しずつだが理解しようとしていた。



そんな俺を村の連中は『神童』と呼び、その年齢らしからぬ行動に驚き、感心していた。信仰深いものは俺の事を神が魔族を討つべく地上に卸した天の使い、勇者であると称える者もいて少し歯がゆくも思うが、自分の境遇を振り返ってみるとあながち嘘でも無いような気がする。なんにせよ俺は母を助けながら、自分の伸びしろが無限大にある事にある種のハイのような感覚を覚えていた。



そして・・・


カンッ!!



木刀が当たる音が甲高く響き、次の瞬間怒濤の打ち込みが襲い掛かる。


「クッ!」


たまらず、後ろに下がる相手に俺は追い込みをかけるように前に出る。


「よし、もらっ・・・!?」


「・・・甘いわね」


次の瞬間、声を発した者が構える木刀が自分の喉元をチョンと突いた。どうやら俺は誘いに乗せられ、してやられたようだった。


「参った、剛に柔で合わせるか、さすがだなぁ」


「??何それ?ねぇ・・・君って本当に3歳児なの???」


体術の傍ら、剣術の稽古をつけてくれているこの女性はエレノア。剣術の腕前だけなら『剣聖』とまで謳われた聖騎士である。若くしてそのたぐいまれなる才能を持ちながらも、何故か故郷であるこのツキ村に帰ってきて村の守り人となり、その後はずっとここで暮している。


「それにしても、ロイ君は本当にすごいよ。このままだと私なんかすぐ追い越されそう」


「いやいや、俺なんてまだまだ。でも、先生はなんで村に帰ってきたの?」


「まぁ・・・色々ね。大人の事情ってやつかな」


先生は15歳であの南ランス王国へ出向き、聖騎士団にスカウトされたそうな。そこでめきめきと剣術の腕を上げ、剣聖とまで呼ばれる程のなった。正直、その腕はロドリーやドニヤよりも上だとさえ感じる。魔族との争いで大きな功績を残したとしても何らおかしくはない。


だが、先生は結局前線を離れ、故郷であるこの村に帰ってきた。村人の間では先生の父でもあるこの村の名士が我が子可愛さに無理矢理引き戻したとも、先生が大きな失敗を犯して聖騎士団に居られなくなったとも噂しているが、真相は先生の内のままだ。


だが、そんな事はどうでもいい。


まだ、ロイとしてたったの3年程しか経ってないが俺は先生に恋をしていた。先生はまだ23歳、俺は3歳。あと12年程経てば晴れて15の成人を迎える。その時、先生はまだ35歳。うん、全くの想定内である。



なんて都合良く先生が何もないまま歳を取るとも思えない訳だが。しかし、子供の時ほど妙に大人のお姉さんが魅力的に見えるのは何故なのだろうか。勿論、最終的に魔族を倒すべく俺はこうして修行をしている訳だが、先生と一緒にいる時間は苦痛どころか幸せそのものだった。



カッ・・・・カンッ!カンカンッ!!!



先生がこちらに合わせて手を抜いているのが受け流す木刀から伝わってくる。俺はそんなやりとりが何となく、恋人同士がいちゃついているような、まだ何も知らない男女二人のちぐはぐした甘酸っぱい青春のように思えて心地良かった。


「こら!!今手を抜いたでしょ!!ちゃんと真面目にしなさい!!」


「てへっ、ごめんなさい」


そんなやり取りが永遠に続く・・・・・・訳にはいかない。自分としては10歳を超えるまでには村を出て、ペリエと合流したのち魔族と戦う計画を考えるつもりであった。



だから、先生に告白するのはその間で考えていた。



―それから2年後



人の成長とは恐ろしいものがある。俺は若干5歳にしてもう10歳前後の体にまで成長。今ではエレノアと一緒に村の守り人を任される程にまで力をつけた。


ツキ島は活火山を中心とした島で、その環境のせいか火属性のモンスターがわんさか出る。だが悲しい事に俺の持つ魔法はファイアーボールのみで相性が悪く、水属性の魔法に関してはもっぱらエレノアに頼り切ってばかり。だが、こういうハンデが逆に丁度良いぐらい俺の剣術や体術はメキメキと上昇していった。最近ではエアウォークやエアステーと言った高等技術を交えてモンスターと戦うのが趣味になってきている。このまま風の魔法さえ習得すれば空でも飛べそうな勢いだ。



そう、俺はここにきてようやく最強を手にして有頂天になっていた。


今までが弱すぎたと言われればそうなのだが・・・。



ここまで来ると俺と先生の関係は師弟から突出し、今では元々得意だった体術スキルを逆に教えるという切磋琢磨な関係にまで発展していた。



『剣術スキルがレベル25に到達しました』

『「剣聖」の称号を獲得しました』


そして、ついに俺はエレノアと肩を並べるまでに強くなった。


『格闘スキルがレベル30に到達しました』

『「武空」の称号を獲得しました』



体術の方はついに『武空』の称号を獲得。あの例の漫画のようには行かないが、それでも常時、飛蝗飛翔グラス・ホッパーな状態を維持できるようになった。それにしても『気』は奥が深い。少なくとも生きているものなら微弱に等しく気を発している。己の鍛錬で自分の気を磨いてもいずれは必ず限界点へ到達し、それ以上の気の増幅はできない。


それで自然にある生命から気を借りる、集めて練り込んで大技を繰り出すという元気玉のような技もあったりする。気は完全な熱放出エネルギーであり、それを借りる事で個の生命を脅かすような事はない。せいぜい、一瞬気がなくなったら肌寒くなる程度だ。



「はぁあああああああ・・・波!!!」



エレノアが巨木に手を構え『気砲』を放すと瞬く間に木に大きな空洞ができ、己の重量に耐えきれない巨木はそのままけたたましい音を立てて後ろへ倒れた。


「・・・本当に凄いわね。『気弾』も凄いけどこれは放った延長線全てを消滅させちゃう。聖魔法にも似たような術はあるけど、ここまで物理的に特化した威力は出せないのよねぇ」


「ねぇ先生、気に魔法の属性を付与する事ってできないの?」


「えっ?さぁ、どうだろう?帝国の方でそういう研究をしているとは聞いたことあるけど、実用化はまだされていないのじゃないかしら」


「ふーん・・・でも、先生ならそのうち出来るようになりそうだけどね」


「ふふふ、なんだかもうどっちが先生なのかすっかり分からなくなっちゃったわね」



屈託なく笑う小柄の女騎士の前に思わず心がドキッっとなる。そういえばエレノアとももう2年の付き合いになるのか。こんな美女が2年もほったらかしにされているのはやっぱり俺というコブがいたせいなのだろうか?エレノアの方も誰かと恋仲になったという噂は全く聞かない。



「なぁ、先生・・・いや、エレノア」


「ん、何?」


「実は俺、もうすぐここを離れるつもりなんだ」


「・・・・え?」



その反応は予想外だったが、考えてみりゃ当然か。なにせ俺はまだ5歳。普通ならばまだススキの穂でも振り回して遊び回っている時期である。


「ロイ君、どうしたの急に」


エレノアが俺の額に自分の手を当てその上からさらに額を被せてきた。仄かな化粧の臭いが鼻を刺激し、心臓の鼓動が一段階上がった。



だが、そんな事より・・・そう、いや、全てを言ってしまっても子供の俺の事を素直に大人が聞くとも思えない。エレノアは事それよりも現実主義者だから尚更である。



「・・・魔族を・・・魔貴族を倒したいんだ」



俺は必死に考えた結果、それ以上の言葉を紡ぐ事はしなかった。ただ、俺の決意は伝わったのか、真剣な俺に対しエレノアは優しくその胸に俺を引き寄せる。



「ロイ君、幼いのに偉いね。私、ちょっと今感動しちゃった」


ポンポンと背中を叩かれ、まるで子をあやすような仕草をするエレノア。


「それで、エレノア。もし君で良かったら一緒に、俺と一緒に来てほしいのだけど・・・」


「・・・それは無理よ。だって、貴方も私もここから離れたら誰がモンスターから村を守るのよ」




ガガガガーン



そしてあっさりと、当然なロジックを突き立てられた俺は成す術も無くその場にへたり込んでしまった。



「えっ、まさか今のって・・・・」


その様子で何かを察したエレノアは少し頬が赤くなっていた。


「じゃあ!じゃあエレノア!!俺がもう少し成長して大人になったらこの村を守る用心棒を絶対連れてくるから、その時は一緒に来てくれないか!?」



俺はエレノアの足に縋りつくように必死にお願いする。


傍から見れば駄々こねているガキにしか見えなかっただろう。



「えっ、うん・・・そういう事なら大丈夫だとは思うけど・・・」


エレノアは少し混乱したように、曖昧に返事をする。


「よし!言質は取ったからね!絶対に待っててくれよな!!!」


「ええ・・・でもロイ君」


「何?」


「貴方が成人する頃には、私はもうそれなりの歳になっているし・・・いいの?そんなおばさんで?」


「いいですとも!!」


俺は何故か無意識にエレノアに敬礼していた。


しばしの無言



「・・・分かったわ、じゃあその時まで私もロイ君の使命を手伝えるように頑張ってみるかな」



・・・・と、言う事で晴れて未来の婚約者をゲットしたかのように思えたが、いつ気心が変わってもそれはそれで覚悟をしておこうと思う。逆に俺の方は・・・大丈夫だろう。なにせ惚れた女に言い寄った経験さえ稀なのだ。この先どれだけ魅力的な女性がいたってエレノアにかなうような女はいやしまい。



ーーーーーーーーーーーーーー



―それから通日後



俺の門出は村人総員で送り迎えされた。一番難関になるであろう母の説得だが、意外にもすんなりと受け入れてくれた。


「アンタが神童なんて呼ばれた頃から、いつかこうなる日が来ると思っていたからね」


と、言う事らしい。母が精神的に強い女で助かった。


そして出発の日。


「皆の者ー勇者ロイの門出じゃー!!」

「「おおおーー!!!」」

「がんばってねー」

「期待してるぞ、ロイ!!」


おいおい、勇者って・・・・まぁ、こんなド田舎の村にすればその村から幼い子供が魔族討伐に向うとなれば、そういう合点にもなるか。



昔の俺ならこんな出迎え、恐縮しまくるはずだがさすがに何回もリセット生を歩んで来たかいもあり、肝は大分据わってきたかのように思える。ここは一つ、無言で背中を向け、拳を突き上げ・・・・・



あれ?

エレノア・・・?



よく見ると、一番見たかった顔がそこには居なかった。


ぐあああああああ、やっぱり色々とまずかったかなぁ。



俺は軽く失恋状態でトボトボと村を後にしたのであった。




ーーーーーーーーーーーーー



―エレノア・イグニス



ロイ少年が神童と騒がれたよう、エレノアも幼き頃から剣術の腕前に長けていた。男勝りで勝気な性格はそのまま剣術の腕前となり、気が付けば彼女に剣で叶う者はおろか、太刀打ちできる大人さえ居なくなってしまっていた。



そんな彼女だが、15歳の時に南ランス王国からスカウトされ晴れて聖騎士へと入団。そのたぐいまれなる才能を存分に発揮し、最早聖騎士団長も夢ではないと言う所まで来たのだが、突然の帰郷。理由は様々だが一番の原因は聖騎士、所謂聖典に殉ずる厳しい戒律の中で、女性軽視の面が大きくでた所によるものが大きいと言われている。女であるが故に、剣で一番になれなかった悔しさを一番噛みしめたのが他ならぬエレノア本人であったが、そんな傷心した故郷で唯一の救いと出会う事になる。



それが少年ロイであった。



わずか3歳にして、大人並みの武術を極めんとする少年はかつての自分と何かが重なるような気がした。それに、彼に師と崇められ剣術を教える日々はエレノアにとってかけがえの無い日々でもあった。毎日が驚きの連続であり、そして愛らしいその幼き笑顔、容姿にエレノアは出来る事なら永遠に抱き着いていつでも傍に置いておきたいという願望まで描いていたのだ。



そうしてそこから2年と言う月日が経ち、ロイが村を出ると言った時のショックは正直大きかった。咄嗟に冷静を装って現実的な事を口にしたが、本当は・・・



(えっ?ダメ、ダメよそんなのロイ君まだ子供なんだから絶対ダメ、ダメだって、ダメダメダメー!!!)



と、何が爆発していた。


だが、その後すぐに一緒に来てほしいと言われ、それが己への恋心だと知った時、天にも昇るような高揚感が頭から爪の先まで流れ走る。



(これってもしかして相思相愛ってやつ?・・・うそ、ちょっとまってちょっとまって!マジ?でも、さすがにここで抱きつちゃったら・・・んぐ・・・そうよ、私はもう大人なんだから、子供に子供に流されたらダメなんだから)



と、断るのだが、さらにロイに迫られた事で完全に心がハイ・・・いや何処かへ行ってしまったようであった。そしてそれから先が本当の地獄である。



ロイについていくか?


村に残るか?



この究極の二択がその後延々と彼女を悩ませることになってしまったのだ。結果的に、今は難しくてもロイについていく方向で動けばいずれは彼と一緒に行動できるだろうと自分を説得させたが・・・・。



ロイが村を出る当日、エレノアが彼を見送る事は無かった。



それは顔を見ると己で決めた決意が絶対にブレる。否、そのまま抱きしめて一緒に丘をローリンダイブしてしまいそうな自分を恐れた為である。




「ふふふ、待っててねロイ君・・・私必ず村を出て貴女を追いかけるからね」


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魔石回収の手記 譽任 @homary

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