断ち切る方法
染井雪乃
断ち切る方法
僕の部屋で、異臭を放つ存在がある。
かつての関係者達から、「よかったら読んでね」と知らぬ間に送られてきた手紙の束。
異臭、といってもそれは僕にしか感じられない。同じ家に住んでいる誰もが、「そんなにおい、しないじゃないか」と言う。
そして続けるのだ。でもそろそろあれは捨てた方がいいかもね、紙だって腐るんだから、と。
捨てているんだけど、何度だって戻ってくるとは言えない。僕の同居人は皆、そういう話が不得手だから。何度捨てても、僕の手元に漂着するそれを、僕はどうしたらいいのかわからなかった。
送り主達にこの不可解な現象を説明すれば、僕は「永遠に読む気分にはならない」とある程度示さなければならない。暗に示す程度で察してくれる人々であればいいが、何せ僕は彼らの人となり一つ、まともに思い出せない。
数年前、僕は交通事故に遭って、頭を打ち、一命をとりとめたものの、記憶を失った。幸いにも交通ルールなんかは覚えていたけれど、誰のこともわからなくなってしまったのだ。
そんな不安のなかで、友人や家族といった名札を下げて、僕のことを僕より知っているような人々が見舞いに来た。その人達が、怖かった。僕のなかの僕はまっさらなのに、その人達のなかの僕は、そうじゃない。そのことが僕を不安にさせた。
まっさらから、始めたい。
そう思って、遠い地のシェアハウ
スに飛びこむことにした。
ひそかに出立しようとしたそのときに、「よかったら読んでね」と入れられた手紙の束に気づいた。
あのとき捨ててくれば、戻ってこなかっただろうか。とりあえず目的地に着いてから考えようと後回しにしたのがいけなかったか。
呪いの手紙じゃないかと疑うものの、僕にだけ感じられる異臭を放つ、戻ってくるだけのものだ。悩むのも馬鹿らしい。
とはいえ、異臭を感じながら生活するのも嫌なので、片付けついでに、クローゼットに押しこんでしまおう。気分なんて、見えているもの次第なのだから。
片付けを終えて、隣の部屋に住む男子大学生が、欲しい本があるか見たい、ゴミ出しもしておくからと言うので任せたら、あの手紙の束もきれいさっぱり消えていた。
曰く、「クローゼットに紙ゴミまとめてあったの捨てておきましたよ」と。
あまりにあっけない事態の収拾に、僕は上機嫌になり、彼に焼肉を奢った。
断ち切る方法 染井雪乃 @yukino_somei
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