第17話 インタビューなら俺にまかせとけ!

 カップル棚騒動が完全に収まり、店に活気が戻ってきた頃、とうとう恐れていたことが起こった。近所の大型書店が、ついにカップル棚を始めたという情報を耳にしたのだ。気になって、学校帰りに様子を見に行くと、なんとワンフロア全体がカップル棚になっていて、棚の数だけで言えば、軽くウチの十倍を超えていた。

 まだ始まったばかりで、本はそんなに置かれていなかったけど、いずれはこの棚に全部埋まることになるだろう。そうなったらもう、ウチは完全にお手上げだ。


 夕食時にそのことを父に話すと、いつもと同じ暢気なリアクションが返ってきた。「何も数が多ければいいってもんじゃない。要は中身が大事ってことさ。はははっ!」

 いまいち意味が分からず、どういうことかと聞くと、父はまたも意味不明なことを言ってくる。

「カップル棚に置かれている本の質が良ければ、客の足は自然とウチに向かうってことさ」

「でも、わたしたちが本を選べるわけじゃないでしょ? 本を持ってくるのは、お客さんなんだからさ」

「だから今までのように、なんでもかんでも受け入れるんじゃなくて、今度から厳選するんだよ」

「厳選って、何を基準にするの?」

「まず、古くて変色してるものは論外で、マイナーな作家が書いたものや自費出版系のものもアウトだ。あと、売れていないものやマイナーな出版社から出されたものもダメだな」

「でも、その中にも名作があるかもしれないじゃない」

「そりゃあ少しはあるだろうけど、どうやってそれを確認するんだ? 客の持ってきた本に全部目を通すわけにはいかないだろ?」

「それはそうだけど、今言ったのが全部ダメなら、カップル棚に置かれる本は大分減っちゃうよ」

「それでいいんだよ。当面売り上げは減るけど、そのことが話題になって、また何倍にもなって返ってくるさ。言わば、『損して得取れ』ってやつだな。はははっ!」

 能天気な父に嫌な予感を抱えていると、見事に的中してしまった。父の言ったことをホームページに載せたことで、客足が一気に遠のき、店はまたしても閑古鳥が鳴く状態となったのだ。

 父はそのうち客は戻ると高を括っているけど、わたしはとてもそうは思えない。

 むしろ、今回は今までの中で最大の危機とさえ感じている。


 日曜日、営業に行っている父の代わりに店番をしていると、山田さんが来店してきた。

「早苗ちゃん、随分客が減ったようじゃが、店は大丈夫なのか?」

「いえ。このままでは、本当にヤバいです」

「わしに何かできることはないか? 早苗ちゃんには前に世話になったから、その恩返しをしたいんじゃよ」

「ありがとうございます。でも、その気持ちだけで十分です」

「そんなこと言わずに、何かさせてくれよ。なんでもするからさ」

 山田さんの真剣な眼差しを見て改めて考えた結果、わたしは前にカップル棚をきっかけに、実際にカップルになった男性にインタビューをしたことを思い出した。

「山田さんは結局、節子さんとお付き合いされてるんですか?」 

「ん? なんでそんなこと聞くんじゃ?」

「もしお付き合いされているのなら、今からインタビューをして、その様子を動画配信したいと思って」

「おおっ! それはいいアイディアじゃな。わしみたいな年寄りの中には、パートナーに先立たれて寂しくしとる者はたくさんいるから、その人たちにとっては、いい見本になるじゃろう」

「じゃあ、やってくれるんですか?」

「もちろんじゃ。どうせなら、二人揃っていた方がいいじゃろうから、今から呼ぶわ」

 山田さんはスマホで交渉した結果、相手から了承を得られたようだ。

「あと一時間くらいしたら着くそうじゃから、またその頃になったら来るわ」

「分かりました。父もちょうどその頃帰ってくるので、帰り次第インタビューを始めようと思います」


 やがて父が帰ってくると、わたしは一足先に来ていた山田さんと節子さんが待機している休憩室に向かった。

「お待たせしました。それでは早速ですが、今からインタビューを行いたいと思います」

 わたしはテーブルにスマホをセットし、生配信を始める。

「まず初めに、お二人がパートナーを探そうと思ったきっかけを教えてください」

「じゃあ、わしから答えよう。わしは今七十歳なんじゃが、三年前に妻を病気で亡くしてから、ずっと一人暮らしをしていてな。このままずっと一人では、あまりに寂しいと思ったのがきっかけじゃ」

「なるほど。では、節子さん。お願いします」

「私は今六十七歳なんですが、パートナーを探そうと思ったきっかけは、山田さんとまったく一緒です」

「分かりました。では次の質問です。お二人はパートナー探しに、なぜカップル棚を選んだのですか?」

「若者みたいに、いろんな所に出掛けて行くのが面倒だったからじゃ。ここだと家から近いし、疲れなくて済むからな」

「おっしゃる通り、今あちこちでお見合いパーティーが開催されていますが、どれも参加するだけで体力を消耗しそうですもんね。では、節子さん。お願いします」

「私の年齢では、そもそもそういうパーティーはほとんどありませんし、出会いの場が極端に少ないんです。それで、どこで探そうかと思っていた時にカップル棚のことを知って、これはと思ったんです」

「わたしはカップル棚を考案した時、そこまでは考えていませんでした。新たな発見ができたことで、こちらからも感謝します。では次の質問です。お二人が交際に発展した理由は、ずばり何でしょうか?」

「まあ、一言で言うと、優しいところじゃな。わしの趣味が釣りなのを知って、それまでまったくやったことがなかったのに、釣りを始めてくれたんじゃ。今では、どこに釣りに行くにも、二人で行っとるんじゃよ。がははっ!」

 答えにくい質問にも、そんな素振りは一切見せず、楽しそうに答えてくれる山田さんに、わたしは心の中で感謝する。

「なるほど。趣味が一緒なのは大事ですもんね。いやあ、それにしても、まさかこんな惚気話が聞けるとは思いませんでした。では、節子さん。お願いします」

「私はユニークなところですね。彼は普段から冗談ばかり言って、いつも笑わせてもらっています。なので、釣りをしていてなかなか釣れない時でも、ちっとも飽きません」

「山田さんがユニークなのは、わたしもよく知っています。やっぱり、面白い人はいいですよね。それでは最後の質問です。ずばり、お二人はこの先もずっと、お付き合いを続けていきたいですか?」

「もちろんじゃ。まあ、この歳じゃから結婚は難しいかもしれんが、いつか一緒に暮らしたいと思うとるよ」

「私も同じ気持ちです。子供たちは反対するかもしれないけど、できるなら一緒に暮らしたいです」

「分かりました。お二人がいつか一緒に暮らすことができるよう、心から祈っています。それでは……」

「ちょっと待った!」

 最後に締めの言葉を言って終わらせようと思っていたら、山田さんがそれを遮った。

「最後に一言だけ言わせてくれ。この動画を観ている、一人暮らしの高齢者のみなさん。もしパートナーを探している人がいたら、是非ともこのカップル棚を利用して、私みたいに素敵なパートナーを見つけてください。そしたら、この先の人生が楽しくて仕方なくなりますから」

 普段の喋り方ではなく、真面目な口調で話す山田さんの姿に涙が出そうになったけど、わたしは懸命に堪えた。

 その後、山田さんは釣り関連の本が充実していることと、高齢者向けの本が豊富に揃えられていることを宣伝してくれ、インタビューを終えた。



  




 

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