第16話 現行犯
壮馬君がみんなの前で『わたしに対する嫌がらせをやめろ』と宣言してから一週間、その間嫌がらせはピタッと止まり、とりあえず安堵している。
「さすがにあんなの聞かされたら、誰も嫌がらせしようなんて思わないみたいね」
文芸部の部室で、有紀が皮肉っぽく言ってくる。
「恥ずかしいから、思い出させるようなこと言わないで」
その時のことを思い出すと、わたしは今でも顔から火が出そうになる。
「でも、あの時の西口はどう見ても真剣だったから、あれは本心だったはずよ」
からかうのをやめない有紀に、居たたまれなくなったわたしは、教室に忘れ物をしたと嘘をついて、部室から逃げ出した。
(有紀ったら、面白半分にあんなこと言って。どんな顔をして聞いたらいいか、分からないじゃない)
そんなことを思いながら、とりあえず教室に戻ると、クラスメイトの渡辺さんがなぜかわたしの席に座って、マジックで机に何やら書いていた。
「渡辺さん、わたしの席で何をしてるの?」
元々苦手なこともあり、不審な行動をする彼女に自然と口調がきつくなる。すると、彼女はなんら悪びれる様子もなく、ゆっくりと席を立ちながら口を開いた。
「見られたら仕方ないわね。あんたに対する私の思いを、全部ここに書いてたのよ」
そう言われ、机を見ると、そこには数々の罵詈雑言が書かれていた。
「渡辺さんがわたしのことを嫌っているのは、薄々感じてたわ。でも、まさかこれほどとは……」
「本当はこれでもまだ書き足らないんだけどね。あんたが来なかったら、全部書けてたのにさ」
「……今までの嫌がらせも、全部渡辺さんがやったの?」
「そうよ。実行したのは他の子たちだけど、命令したのは全部私よ」
「なんでそんなことしたの?」
「あんたが憎かったからよ。大して可愛くもないのに、壮馬君と親しくしているあんたが、憎くてたまらなかったのよ」
口調は穏やかだけど、かえってそれがわたしへの憎悪を感じさせる。
そんな彼女が怖くて、わたしは真実を打ち明ける決心をする。
「今更こんなことを言うのもなんだけど、わたしと壮馬君って本当は付き合ってないし、親しくもないの」
「えっ、それどういう意味?」
わたしはそこに至った経緯を、詳しく説明した。
「じゃあ私は、しなくてもいい嫌がらせを、ずっとあんたにしてたわけ?」
渡辺さんは目を丸くしながら聞いてくる。
「まあ、そういうことになるのかな」
「でも、勘違いさせるような行動をとった、あんたにも責任があるんじゃない?」
渡辺さんは、事の発端となった、図書室でわたしと壮馬君が二人きりで話し込んだことを攻撃してくる。
「あれは壮馬君がカップル棚について聞いてきたから、それに答えただけで、やましいことは何もしてないわ」
「はあ? 壮馬君がカップル棚に興味を持つわけないでしょ。あんた、でたらめ言わないでよ」
「でたらめじゃないわ。壮馬君は自分が好きじゃない人からいくらモテても、意味ないって言ってた。多分、カップル棚を利用して、彼女を見つけようと思ったんじゃないかな」
「ということは、私たちの中に壮馬君の好みのタイプはいないってこと?」
「うん」
「じゃあどういうのが、彼の好みなの?」
「さあ? 聞いたことないから、よく分からないわ」
「あんた、今まで何やってたのよ。一緒にいたら、普通そういう話になるでしょ」
渡辺さんはなぜか怒り出したけど、お門違いもいいところだ。
「そんなこと言われても、聞いてないものは仕方ないじゃない。それより、わたしに対して何か忘れてない?」
「はあ? 何を?」
「嫌がらせをしたこと、まだ謝ってないよね? 今謝ったら、壮馬君には言わないであげるわ」
「あんた、私に恩を売る気? そんな風に言えば、私が謝ると思った? 冗談じゃないわ。私は悪いことをしたなんて、これっぽっちも思ってないし、あんたに謝る気もさらさらないわ」
「じゃあ、このことを壮馬君に言ってもいいの?」
「勝手にすれば。どうせ壮馬君は、私のことをなんとも思ってないんだし、たとえ嫌われたって、どうってことないわ」
終始反省の色を見せない渡辺さんに、これ以上何を言っても無駄だと思ったわたしは、「分かった」と一言だけ返し、教室を出て行った。
部室に戻ると、部活は既に始まっており、ある自己啓発の本についての読書会をしていた。
「ねえ、やけに遅かったけど、何してたの?」
不思議そうに聞いてくる有紀に、わたしはさっきの出来事を包み隠さず話した。
「ふーん。あの子が首謀者だったんだ。私も前から、なんかいけ好かない子だなと思ってたんだよね」
「わたしも相性が悪いと思ってたんだけど、向こうはそれ以上に、わたしのことを嫌ってたみたい」
「で、このことを西口にも言うの?」
「ううん。面倒なことになりそうだから、今回は言わない。でも、まだ嫌がらせをやめないようだったら、言うかもしれないけど」
「現行犯を見られて、開き直るような子だから、絶対またなんか仕掛けてくるわよ。今度はいきなりナイフで刺されたりして」
有紀のゾッとする言葉に、わたしは身震いしながら抵抗する。
「冗談でも、そんなこと言わないで!」
思わず大きな声を出してしまったことに、自分でも驚いていると、周りの部員たちの視線が皆、わたしに向けられていた。
「秋元さん、遅刻したうえに読書会のじゃまをするとは、どういう了見ですか?」
「…………」
普段優しい伊藤先生の叱責に、わたしは返す言葉が見つからず、ただ俯くしかなかった。
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