第18話 父の考えた作戦

 山田さんと節子さんへのインタビューは思いのほか効果があり、今までほとんどいなかった高齢者のお客さんが一気に増えた。その中には、カップル棚を利用する人も結構いるようで、その現実に改めて驚かされる。

「カップル棚の本だけじゃなくて、高齢者向けの本も結構売れていてな。今まで売れないながらも、取り揃えていた甲斐があったよ。言わば、これが『先見の明』というやつだな。はははっ!」

 父はリビングで好物のイチゴをつまみながら、調子に乗って高笑いするけど、安心するのまだ早いと思う。高齢者以外のお客さんは大型書店に取られたままだし、この先戻ってくる保障もない。

「ねえ、お父さん。そろそろ新しい作戦を考えた方がいいんじゃない?」

 わたしは浮かれている父の尻を叩こうと、そう提案した。

「作戦ねえ。お前、なんか考えてるのか?」

「ううん。まだ具体的には何も決まっていないわ。それより、お父さんも何か考えてよ」

「俺の考えたやつは、ことごとく失敗してるからな。どうやら、俺にはそういう才能はないみたいだ。はははっ!」

 能天気に笑う父に、母が怒りの目を向ける。

「笑ってごまかしていないで、もっと真剣に考えてよ。早苗にばかり頼っていないでさ」

「でも、作戦はもう出尽くしたような気がするんだけど……」

 母に怒られて、父はかわいそうなくらい、しょげ返っている。

 そんな父に、母は更に攻撃を加える。

「言い訳してないで、よく考えなさいよ。いくら高齢者の客が増えたといっても、店が危機的状況なのは変わらないんだからさ」

「分かったよ。じゃあ一応考えるけど、うまくいくかどうかは、また別問題だからな」

 父は最後の一個を口の中に放り込むと、逃げるようにリビングから出て行った。


 わたしに嫌がらせの現場を見られてからは、渡辺さんはさすがに何もしてこなくなった。口では強がっていたけど、やはり壮馬君にバレるのが怖いのだろう。

 その壮馬君だけど、例の宣言をしてから、なんかよそよそしい。一緒に弁当を食べている時も、最近はほとんど会話がない。まあ渡辺さんに、わたしたちが本物のカップルじゃないことは伝えたから、もうカップルの振りをする必要はないんだけど、このままだと中途半端だから、偽装カップルは解消した方がいいのかもしれない。

でも、わたしから頼んでおいて、そんなこと言ったら、壮馬君はどう思うだろう。


「それはもう、思い切って言うしかないんじゃない? その後で、改めて告白すればいいのよ」

 どうしていいか分からず有紀に相談すると、予想の斜め上をいく答えが返ってきた。

「また有紀はそんなこと言って。それができれば苦労しないよ」

「じゃあ、また私が告白の文言を考えてあげようか?」

 有紀の提案に思わず乗りそうになったけど、わたしはなんとか堪える。

「ううん。もし告白するのなら、今度はわたしが考えるよ。でないと、後悔しそうだからさ」

「よく言った! それでこそ、早苗よ。もし、また私に考えさせようとしてたら、友達をやめてたところよ」

「またそんなこと言う。ほんと、有紀は大げさなんだから」

「大げさじゃないって。本当にそう思ってたんだから」

 有紀の真剣な顔を見て、私は改めて乗らなくてよかったと思った。だって、有紀が友達じゃなくなったら、明日から誰と話していいか分からないからさ。


「早苗、あれからいろいろ考えて、一つの作戦を思いついたんだけど、ちょっと聞いてくれるか?」

 リビングでテレビを観ていると、店から帰ってきた父が、得意顔で急かすように言ってきた。

「そんな顔をしてるってことは、なんかいい作戦を思いついたみたいね」

「ああ。聞いて驚くなよ。俺が考えたのは名付けて、『漫才を見せて客を集めよう作戦』だ」

「はあ? 漫才って、誰がするの?」

「俺とお前に決まってるだろ。二人で漫才しているところを動画配信するんだよ。俺たちが面白いって分かれば、自然と客が集まるはずだからな」

 突拍子もないことを言う父に、わたしは開いた口が塞がらない。

「なんでわたしが、お父さんと漫才をしなくちゃいけないのよ。第一、ネタは誰が書くの?」

「お前に決まってるだろ。俺にはそんなの考えてる時間はないし、才能もない。その点、お前なら時間はあるし、普段からお笑い番組をよく観てるから、漫才のネタくらい書けるだろう?」

「いや、いや。プロでも苦労して書いてるのに、素人のわたしがそんな簡単に書けるわけないでしょ。買い被りもいいとこだわ」

「そんなこと言わずに書いてくれよ。この作戦はお前がネタを書いてくないことには始まらないんだからさ」

「ダメなものはダメ。そんなにやりたければ、お母さんとやれば。夫婦めおと漫才って、プロにもあまりいないから、話題作りには最適よ」

「それを言うなら、親子漫才だって珍しいだろ。なあ頼むよ。この作戦が成功したら、ウチは当分安泰なんだからさ」

「……じゃあ、一度だけやってあげるわ。その代わり、やるからには徹底的にやるから、覚悟しといてよ」

 結局、わたしは父に根負けした形で引き受けることになったけど、一体どうなることやら。






 

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