第14話 偽装カップル誕生

 翌朝わたしは、壮馬君への告白の文言を読んだことを有紀に報告した。

「で、どうだった?」

 有紀は目をキラキラさせながら聞いてくる。

「偽装カップルというのが、ちょっと引っ掛かるというか……」

「今回の目的は、女子たちからの嫌がらせをやめさせることでしょ? だから、今はそれでいいのよ。言わば、それは仮の告白で、本当の告白は嫌がらせがなくなった後にすればいいんだからさ」

「けど、それでもし断られたら、わたし目も当てられないじゃない」

「大丈夫よ。前も言ったけど、これは西口にとっても、いい話なんだからさ。じゃあ後で西口に言っておくから、頑張ってね」

 嬉しそうに自分の席に戻っていく有紀を、わたしは複雑な気持ちで見送っていた。


 昼休み、早々に弁当を食べ終えたわたしは、文芸部の部室で壮馬君が来るのを待っている。屋上だと誰かに見られるかもしれないと、有紀が指定したんだけど、ここだって、いつ誰が入ってくるか分からない。それもあって、心臓が縮み上がるほど緊張していると、爽やかな秋風と共に壮馬君が入室してきた。

「どうしたんだよ。急にこんな所に呼び出したりして」

 壮馬君はわたしの顔を見るなり、不機嫌そうに聞いてくる。

 大体察しはついてるはずなのに、そんなにわたしから告白されるのが嫌なの?

「有紀から、なんか聞いてる?」

「いや。ここで秋元が待ってるって言われただけだ」

「……それで、有紀からそう聞いた時、どう思った?」

「どうって……そんなこと聞かれても、よく分からないよ」

「告白されるとは思わなかった?」

「…………」

 黙り込んでしまった壮馬君に、わたしは追い詰めるような言い方をしたことを心の中で反省しながら、有紀曰く『仮の告白』をした。

 昨日の夜、何度も練習しただけあって、自分でも驚くくらいスラスラと言葉が出てきたけど、壮馬君は明らかに戸惑っていた。そんな彼を見て、わたしは咄嗟に「嫌なら、そう言って。わたしこう見えて、あきらめがいい方だからさ」と、付け足した。

 すると、それまで硬かった壮馬君の表情が少し和らぐと同時に、わたしの目をじっと見つめてきた。

「別に嫌じゃないよ。けど、秋元はそれでいいのか? だって、秋元にはなんのメリットもないじゃないか」

「そんなことないよ。わたしは西口君と一緒にいられるだけで楽しいんだから」

「……しれっと、そんなこと言うなよ。リアクションに困るからさ」

 わたしは普通のことを言っただけなのに、壮馬君はなぜか困惑している。

 そんな彼に、わたしは改めて確認する。

「じゃあ、OKでいいのね?」

「ああ」

「ありがとう。じゃあ早速だけど、今から西口君のことを『壮馬君』って呼んでもいい? その方が付き合ってる感じがするからさ」

「秋元がそうしたいのなら、そうしろよ。けど、俺は今までのように『秋元』って呼ぶからな」

「うん」

 何はともあれ、なんとか壮馬君と偽装カップルになることができた。

 この先、本物のカップルになって、壮馬君がわたしのことを『早苗』って呼んでくれる日が来ればいいんだけど。


 翌日の昼休み、いつものように弁当を持って有紀の席へ行くと、彼女から壮馬君と一緒に食べるよう勧められた。

「ええっ! いくらなんでも、それはまだ早くない?」

「あんたたちが付き合ってるのをみんなに分からせるには、それが一番手っ取り早いのよ。さあ、ぐだぐだ言ってないで、早く行って」

 有紀に促され、わたしは仕方なく、弁当を持って壮馬君の席へ行った。

「なんか、有紀が壮馬君と一緒に食べた方がいいって言うから来たんだけど」

 わたしは、ここへ来たのはあくまでも自分の意志でないことを強調した。

「ふーん。じゃあ、その松田の案に乗ろうか」

「じゃあ、一緒に食べてもいいの?」

「ああ」

 わたしは空いていた壮馬君の前の席の机を向かい合わせにし、弁当を広げた。

 途端、周りの空気が一変し、みんなの視線がわたしたちに集まっていることは、すぐに分かった。

「なんか恥ずかしいね」

 分かってはいたけれど、みんなに注目されながら食べるのはやはり気恥ずかしい。

「最初はそう思うけど、すぐに慣れるさ」

 注目されることに慣れっこになっている壮馬君は、なんら恥ずかしがることなく、余裕の表情で弁当を食べている。そんな彼を見ていると、わたしとは歩んできた道が全然違うことを改めて自覚する。

「このままじゃ、偽装カップルなのがすぐにバレちゃうわ。わたし自身、もっと成長しないと」

 誰に言うでもなく、わたしは自らを鼓舞するように宣言する。

 そんなわたしに、壮馬君は穏やかな笑顔を向けてくる。

「そんなに焦る必要はないよ。秋元はそのままでいいから」

 壮馬君の真意は分からないけど、その言葉にわたしは救われた気持ちになった。


 偽装とはいえ、壮馬君とカップルになれたことが嬉しすぎて、わたしはそのことを木本さんに報告した。

「へえー。この前、話してた彼と、そんな関係になったんですか。で、その後、嫌がらせはなくなったんですか?」

「はい。もし壮馬君にバレたら、たちまち嫌われちゃいますからね。犯人はそれを恐れているんだと思います」

「でも、まだ油断しない方がいいんじゃないですか? そんなモテモテな彼と付き合ってるのなら、女子たちの嫉妬は凄まじいだろうから」

「木本さん、せっかく今いい気分に浸ってるのに、そんな脅かさないでくださいよ」

「俺は早苗さんのことが心配なんです。このまま順調に事が運ぶとは、とても思えないから、警戒だけはしておいた方がいいですよ」 

「……はい」

 真剣な顔で話す木本さんに、わたしはただ頷くことしかできなかった。




 


 


 




 




 


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