第13話 カップル棚の危機
あまりにも危機感が無さ過ぎる父に腹を立てたわたしは、一夜明けても怒りはまったく収まらなかった。不機嫌なまま登校し、席に着くと、いつもわたしより遅く登校する有紀が、ニヤニヤしながら近づいてきた。
「おはよう、早苗。あんたに早く見てもらいたくて、今日は早起きしたんだ」
有紀は得意げに言うと、一枚の紙を机の上に置いた。
「これ、なに?」
「はあ? 西口に告白する文言に決まってるでしょ。ていうか、なんか機嫌悪くない?」
「ああ、そういえば、昨日そんなこと言ってたわね。悪いけど、今それどころじゃないのよ」
「なんかあったの?」
「うん。昨日……」
わたしは込み上げる怒りを抑えながら、昨日の父とのやり取りを事細かく説明した。
「ふーん。確かに早苗のお父さんは暢気な気もするけど、客を信用したい気持ち自体はいいんじゃない?」
「わたしだって、その気持ちはあるよ。でも実際、年齢をごまかしていた人がいるわけだから、もうお客さんを百パーセント信用することなんてできないよ」
「あんたの気持ちも分かるけど、今までやらなかったのに、急に年齢確認するようになったら、客も戸惑うんじゃない?」
「でも、そうしないと、またごまかす人が出てくるかもしれないでしょ? そうなったら、ウチの店は一気に信用を失くしちゃうわ」
「ていうか、その年齢をごまかした人って、なんのためにそんなことしたんだろうね。そんなの、どうせすぐバレるのに」
「さあ? それは本人に聞いてみないと分からないわ。まあ、そういうことだから、これが落ち着くまで他のことは考えられないわ」
「まあ、仕方ないか。じゃあ、一応それ預かっといてね」
有紀は文言の書かれた紙を机の上に置いたまま、自分の席に戻っていった。
その後、女性の書き込みは心無い人たちの手によって拡散され、多くの人の知るところとなった。店には苦情の電話が相次ぎ、SNSは誹謗中傷の書き込みが後を絶たない。そのせいで、めっきり客足が減り、店はカップル棚を始める前の状態に戻ってしまった。
「結局、こうなってしまったか。やはり、ネットの力って怖いな。はははっ!」
この期に及んで、まだ暢気に笑う父に、母が怒りの目を向ける。
「笑ってる場合じゃないでしょ! 早急に対策を打たないと、このままじゃ、店が潰れちゃうわよ」
「分かってるけど、なかなかいい方法が浮かばないんだよな」
「一旦カップル棚をやめて、ほとぼりが冷めた頃にまた復活したらどう?」
母が珍しく自分の考えを口に出した。わたしも基本的にはその意見に賛成だ。
「いや。一度やめてしまったら、すぐにその噂が広まって、簡単には復活できなくなる。それに、やめている間に、他店が俺たちの真似をしてカップル棚を始めたら、客がそっちにとられちゃうぞ」
今まで考えたことなかったけど、父の言う通り、その可能性は十分ある。
「特許がとれれば、いいんだけどね」
母の言葉を、父がすぐさま否定する。
「俺、特許のことはよく分からないけど、多分無理だと思う」
「じゃあ真似されても、何も文句言えないってこと?」
「ああ。俺たちは、そういう店が出てこないことを祈るしかないんだ」
「じゃあ、このまま続けていくしかないのね。早く騒動が収まってくれればいいけど……」
「まあ、今騒いでる奴らも、そのうち飽きるさ」
父はそう言ったけど、こういう人たちって結構しぶといから、すぐには収まらないだろう。
女性の書き込みが拡散してから二週間が経過した頃、騒動はようやく収まり、カップル棚を利用するお客さんが徐々に増えてきた。
その間、父が危惧していた通り、カップル棚を始めた店がちらほら現れたけど、幸いどの店もウチから遠かったので、お客さんをとられる心配はなかった。けど、もし近所の大型書店がカップル棚を始めたら、ウチはひとたまりもないだろう。
とりあえずカップル棚の騒動が一段落したところで、わたしは前に有紀から預かった、壮馬君への告白の文言が書かれた紙を机の引き出しから取り出した。
有紀は自信ありげだったけど、一体どんなことが書かれているんだろう。
わたしは期待半分、不安半分の気持ちで紙に目を向けた。
『単刀直入に言います。わたしは西口君のことが好きです。入学式の時に西口君のことを見て、すぐに好きになりました。それ以来、変わらず、ずっと好きです。よかったら、わたしと付き合ってくれませんか? 西口君がわたしのことを好きじゃないのは、分かっています。だから、実際に付き合うのではなくて、付き合ってる振りをするだけでいいんです。いわゆる、偽装カップルってやつですね。そしたら西口君も、他の女子たちから言い寄られなくなるから、悪い話じゃないでしょ? 返事はいつでもいいから、一応考えておいてください』
(偽装カップル? これって、ちょっと卑屈過ぎるような気がするんだけど……それに、そんな簡単に好きだなんて言えないよ)
有紀の考えた内容はあまりにもハードルが高過ぎて、わたしは飛び越える自信がまったくなかった。
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