第11話 今時の小学生

 日曜日の朝、まだお客さんが少ない中、わたしはコミュニケーションをとろうと、木本さんに話しかける。

「木本さん、大学って楽しいですか?」

「ん? なんでそんなこと聞くんですか?」

「別に深い意味があるわけじゃなくて、単に興味があるからです」

「それは大学にですか? それとも俺にですか?」

「もちろん、大学に決まってるじゃないですか」

「それ、ちょっとひどくないですか? 俺にも、もっと興味を持ってくださいよ」

 はっきりと言い切ったわたしに、木本さんは口を尖らせながら抗議してくる。

 その顔がおかし過ぎて、わたしは思わず笑ってしまった。

「あははっ! 木本さんて、そんな顔もできるんですね」

「人の顔を笑わないでくださいよ!」

「……ごめんなさい。もう二度と笑ったりしませんから、許してください」

 と、言ってはみたものの、木本さんにまたさっきと同じ顔をされたら、笑わないでいられる自信はまったくない。

「分かりました。じゃあ逆に聞きますけど、早苗さんは学校生活を楽しんでますか?」

「わたしですか? そうですね……まあ、トータルで考えれば、楽しいですよ」

「トータルとは?」

「学校生活を送っていると、当然楽しいことや辛いことがあるけど、全体的に楽しいことの方が多いってことです」

「早苗さんは、何をしてる時が一番楽しいですか?」

「そうですね。友達と話してる時や、クラブ活動をしてる時も楽しいけど、一番となると、やっぱり好きな人のことを考えている時ですね」

「なるほど。やっぱり女の子は、恋愛が一番ってことですね。で、相手はどんな男の子なんですか?」

「その子、西口壮馬っていうんですけど、イケメンで頭が良くてスポーツ万能の、まさに完璧な男の子なんです」

「へえー。早苗さんはそんな完璧な子と付き合ってるんですか?」

 木本さんが変なことを聞いてくる。わたしは好きな人と言っただけで、付き合っているとは一言も言っていない。

「わたしなんかが、付き合えるわけないじゃないですか。わたしは彼のことを考えているだけで満足なんです」

「じゃあ、告白する気はないんですか?」

「もちろん。振られることが分かってるのに、わざわざそんなことしませんよ」

「なんでそう言い切れるんですか? やってみないと分からないでしょう」

「やらなくても分かります。第一、彼とわたしでは、つり合いがとれませんよ」

「そんな自分を卑下するようなこと言わないでくださいよ」

 わたしたちの恋愛トークがだんだんとヒートアップする中、気が付くと十歳くらいの男の子がすぐ近くにいて、こちらの様子を窺っていた。

「何か用?」

 木本さんが聞くと、男の子はカバンから一冊の本を取り出し、モジモジしながら、ゆっくりと口を開いた。

「この本、カップル棚に置いてほしいんですけど」

 男の子のまさかの言葉に、わたしと木本さんは思わず顔を見合わせる。

 言った後、うつむいて恥ずかしそうにしている男の子に、木本さんがカップル棚のルールを説明する。

「君、まだ小学生なんだろ? 悪いけど、カップル棚を利用できるのは、中学生からなんだ」

「えっ! じゃあ、この本は置いてもらえないんですか?」

「ああ」

「じゃあぼくは、どこで彼女を見つければいいんですか?」

「…………」

 男の子が発した意外すぎる言葉に、木本さんは明らかに戸惑っている。

 そんな彼の代わりに、わたしは男の子に聞いてみる。

「ねえ、君はクラスの中に好きな子はいないの?」

「いません。ていうか、前はいたけど、その子は今ぼくの友達と付き合っています」

「…………」

 次々と出てくる男の子のパワーワードに、思考が追いつかない。

 すると、男の子は更にわたしを惑わすようなことを言ってくる。

「ぼく、小学四年生なんですけど、周りの友達はみんな彼女がいます。なので、友達と対等になるために、一刻も早く彼女を作りたいんです」

 小学四年生ということは、わたしと三歳しか違わない。わたしがその歳の頃、周りでカップルができたという話はまったく聞いていない。

 たった三年の間に、こんなに変わってしまったのかと愕然とする。

「わたしは君と三歳しか違わないけど、一つだけ忠告してあげる。そういうのは人と比べるものじゃないし、別に彼女がいることが優れているわけでもないの。だから、まったく焦る必要なんてないよ」

「でも友達の中には、彼女のいないぼくをからかってくる子もいるんです」

「だから、そんなのまったく気にする必要なんてないの。ていうか、そんな友達とはもう縁を切った方がいいよ」

「…………」

 黙り込んでしまった男の子に、木本さんが穏やかな笑みを浮かべながら、声を掛ける。

「じゃあ、俺からも一つアドバイスしよう。彼女を作りたいという気持ちは分からなくはないけど、そんなの気にしてても何もいいことなんてないぞ。そんなことを考えるのは、中学生になってからで十分だ。今は、今しかできないことに一生懸命取り組めばいいんだよ」

「今しかできないことって、なんですか?」

「まあ、いろいろあるけど、とりあえず、君が今やりたいことでいいんじゃないか?」

「分かりました。じゃあ、ぼくはゲームが好きなので、今まで以上にゲームに取り組みます」

 男の子は、さっきまでの暗い表情がまるで嘘のような晴れやかな顔をしながら、店を出て行った。

「ふう。なんとか分かってくれたようだな」

 木本さんがやれやれといった顔で安堵の息をつく。

「でもあの子、今後ゲームばかりして、勉強がおろそかにならないかな?」

「俺たちがそんなことまで気にする必要はないですよ。さあ、お客さんも増えてきましたし、そろそろ仕事モードに切り替えましょう」

「……そうですね」 

 わたしは一応そう言ったものの、小学四年生にあんなヘビーな言葉を聞かされた後、すぐに頭を切り替えるなんて、とてもできそうにない。


    

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