第10話 図書室に二人きり

 ウチの学校は図書室の本を貸し出す際の受付を、各クラスの図書委員が当番制で行っている。今日はわたしの当番日で、図書室のカウンター席に座って、お気に入りの恋愛小説を読んでいると、『ガラッ』と戸が開く音と共に壮馬君が入室してきた。    

 その瞬間、鼓動は高鳴り、本の内容がまるで頭に入らなくなった。

 わたしは本を読んでいる振りをしながら、壮馬君の行動をチェックする。

 すると、彼は一冊の本を手に取り、そのまま隅の席で読み始めた。

 どんな本を読んでいるのか、ここからだとよく分からないけど、そんなことはどうでもいい。 今、この部屋には壮馬君とわたししかいなくて、話しかけるには絶好のチャンス。前にウチの店に訪れたことや、先日の合唱コンクールの際、わたしから視線を外さなかった理由を聞きたかったけど、この空間にわたしと壮馬君しかいないって考えただけで、緊張のあまり、つい尻込みしてしまう。

 こんな状態では話しかけるのは難しく、半分あきらめていると、不意に壮馬君が立ち上がり、本を持ったまま、こっちに向かって歩いてくる。わたしは慌てて目の前の本に視線を戻し、勢いよくページをめくった。

「これ、借りたいんだけど」

 壮馬君の声を聞いて、わたしはカウンターに置かれた本に目を向ける。すると、それは女性から絶大な人気を得ている作家が書いた恋愛小説だった。

(へえー。壮馬君もこんな本読むんだ。ちょっと意外かも)

 そんなことを思いながら、貸し出し作業をしていると、壮馬君がボソッと呟いた。

「やっぱり、男が借りるのは変か?」

 その声に驚いて顔を上げると、壮馬君は頬を赤く染めながら、照れたように笑っていた。

「ううん。全然そんなことないよ。この本、わたしも読んだけど、女性だけじゃなく、男性も十分楽しめると思うよ」

「そうか。それを聞いて安心したよ」

 ホッと胸をなでおろす壮馬君を見て、わたしは聞くなら今しかないと思い、勇気を振り絞って切り出した。

「この前、ウチの店に参考書を買いに来たでしょ? 西口君の家って遠いのに、なんでわざわざウチの店で買ったの?」

「ああ、それはカップル棚をネットで知って、どんなものか様子を見ようと思って行ったついでに買ったんだ」

「えっ! まさか西口君がカップル棚に興味を持ってたなんて……だって、モテモテの西口君には必要ないでしょ?」

「言うほど、モテないって。それに、自分が好きじゃない人からモテても、そんなの意味ないからな」

「そうなんだ。わたしは無条件に嬉しいのかと思ってたわ」

「そういえば、この前、客にからまれてただろ? ああいうことって、よくあるのか?」

 壮馬君にそう言われ、わたしは彼に助けられたことを鮮明に思い出した。

「ううん。あの後、強面の大学生がアルバイトに入ってきてね。それからは、まったく無くなったわ」

「強面? そんな人、客商売には向かないんじゃないのか?」 

「わたしも最初はそう思ったけど、話してみると、とても物腰の柔らかい人で、まったく問題ないわ。それより、もう一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「なんだ?」

「この前の合唱コンクールでわたしと目が合った時、ずっと視線を外さなかったでしょ? あれ、どうしてかなと思って」

「逆に聞くけど、なんで秋元は視線を外さなかったんだ?」

「えっ! ……わたしは、西口君がすぐに外すだろうと思ってたのに、なかなか外さないから、なんかタイミングを失ったっていうか……」

「俺もまったく一緒だ。だから、秋元の方から視線を外した時は、正直勝ったと思ったよ」

 誇らしげに笑う壮馬君を尻目に、(そのゲームに勝てる女子なんて、有紀くらいしかいないよ)と、心の中でツッコミを入れていると、不意に戸が開き、隣のクラスの女子が入ってきた。そのタイミングで、壮馬君は彼女と入れ替わるように出て行き、わたしは何事もなかったような顔で彼を見送った。


 カップル棚を始めて一ヶ月。先月に比べ売り上げは飛躍的に伸びたわけじゃないけど、それでもカップル棚に置かれたもの以外の本もそこそこ売れたおかげで、久しぶりに今月は黒字となった。そのお祝いに、今日の夕食は家族みんなが大好きな焼肉だ。

「客が増えたおかげで、全体的に売り上げが伸びた。まさにカップル棚さまさまだな。はははっ!」

 上機嫌で肉を頬張る父に、母が透かさずツッコミを入れる。

「あなた、カップル棚を考えたのは早苗だということを忘れないでね」

「分かってるよ。早苗はまさに店の救世主さ。はははっ!」

「その割に、扱いがまったく変わってないんだけど」

 相変わらず、日曜の午前中に働かされていることを嫌味っぽく言うと、父は急に真顔になった。

「それは悪いと思ってる。でも、今は店にとって大事な時期だから、営業をやめるわけにはいかないんだ」

「それは、わたしも分かってるよ。別に働くのが嫌なわけじゃないから、カップル棚が定着して売り上げが安定するまでは、今のままでいいよ」

「そうか。ほんと、お前は俺に似て、よくできた娘だな。はははっ!」

 能天気に笑う父に、母が再びツッコミを入れる。

「あなたじゃなくて、早苗は私に似たのよ」

「はははっ! 母さんは相変わらず手厳しいな」

 食事をしている間、父はずっと上機嫌だった。このまま順調に売り上げが伸びて、父の笑顔をずっと見ていられればいいんだけど。


 




 




 







 

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