第8話 老人たちの熱いバトル
日曜日の昼間、父が営業から帰って来ると、わたしは木本さんと共に休憩室へ移動し、今から山田さんのお供をすることを告げた。
「はははっ! それで朝から浮かない顔してたんですか」
「他人事だと思って、笑わないでくださいよ!」
「そんなに行くのが嫌なら、今からでも断ればいいじゃないですか」
「山田さんは古くからのお得意様だから、そういうわけにはいかないんですよ」
「じゃあ、もう腹をくくるしかないですね。もし、その男性に危害を加えられそうになったら、すぐに連絡してください。俺がすぐに駆けつけますから」
「えっ! ……はい。そうします」
木本さんの冗談とも本気ともつかない言葉に、わたしはドギマギしてしまった。
強面なのに、こんな優しい言葉を掛けてくれるなんて、反則だと思う。
その後、わたしは山田さんの車に乗って、待ち合わせ場所の喫茶店を訪れた。
すると、お相手の林節子さんは先に来ていて、隣には見るからに体格のいい男性が座っていた。
「山田さん、こちら前に話した安岡さんです」
「初めまして。ただいまご紹介にあずかりました安岡です」
安岡さんは、ご丁寧に立ち上がって挨拶した。
「初めまして。節子さんとお付き合いさせてもらっとる山田です。で、この子は知り合いの娘の秋元早苗ちゃんです」
山田さんに紹介され、わたしは安岡さんに軽く頭を下げた。すると、安岡さんは不思議そうな顔で、わたしを観てくる。
「お嬢さんは、何をしにここへ来たんだい?」
「…………」
どう答えていいか分からず、困惑するわたしを、山田さんが透かさずフォローに入る。
「話し合いをスムーズに進めるために、わしが連れてきたんじゃよ」
「なるほど。当事者だけで話すより、第三者がいた方が冷静に話せるというわけですね。でも、なぜ子供なんですか?」
「こんな状況じゃ、あんたが取り乱す可能性があると思ってな。さすがに子供の前だと、そういうわけにはいかんじゃろ?」
山田さんの言葉に、安岡さんは一瞬ムッとした表情になったけど、すぐに元の表情に戻り、冷静に対応する。
「私はもう六十七歳ですよ。取り乱したりなんかしませんよ」
「まあ、そうじゃろうけど、用心するに越したことはないじゃろ? それより、あんたの方こそ、今日は何をしに来たんじゃ?」
「あなたが節子さんにふさわしい人物か、見極めるためです。もし、ふさわしくないと判断した場合、私はこれまで通り、節子さんを追いかけるつもりです」
「なんじゃと? なんでわしが、そんな審査みたいなことをされんといけないんじゃ?」
「もちろん、節子さんのことが大切だからですよ。節子さんを、ろくでもない男に任せるわけにはいきませんからね」
「ふん。そういうのを、おせっかいというんじゃ。このストーカー野郎が!」
「私はストーカーなんかじゃない!」
話し合いはまったくスムーズに進まず、それどころか、このままでは二人が殴り合いを始めそうな勢いだ。
「子供が見てるんですから、二人とも、もっと冷静になってください」
節子さんがたしなめるように言うと、二人はようやく落ち着きを取り戻したようで、二人はわたしに謝った後、再び話し合いを始めた。
「では、節子さんのどこを好きになったのか、聞かせてください」
安岡さんの突っ込んだ質問に、山田さんは一瞬、困惑の表情を浮かべたけど、それをかき消すように流暢にしゃべり始める。
「そうじゃな。まあ、いっぱいあるんじゃが、一番は料理が上手なところじゃな。特に、この前作ってもらった肉じゃがは絶品じゃったよ。逆に、あんたは節子さんのどこを好きになったんじゃ?」
「言葉遣いや仕草が上品なところです。人間性って、そういうところから出てくると思うんです」
「確かに、それはあるかもな。言葉遣いが悪いと、それだけで嫌になるしな」
「そういうことです。ところで山田さんは、他の男性と比べて
「そうじゃな。まあ強いて言えば、釣りの腕くらいかのう」
「なるほど。ちなみに私は、この体です。昔、レスリングでオリンピック候補になったことがありまして、今も毎日ジムで体を鍛えています」
「年寄りがそんなに筋肉をつけても仕方ないじゃろ? それともあんた、ボディビルの大会でも目指してるのか?」
「私は年寄りではありませんし、ボディビルも目指していません。私が体を鍛えているのは、いざという時、女性を守れるようにするためです」
「はあ? いざという時って、どんな時じゃ?」
山田さんが不思議そうな顔をしながら聞く。それは、わたしも知りたいかも。
「例えば、デート中に悪者にからまれた時です。非力な男だと、彼女を置いて逃げてしまいそうですが、体を鍛えていれば対抗することもできます」
「あんた、自分のことをいくつだと思っとるんじゃ? わしらみたいな年寄りにからんでくる奴なんて、おるわけないじゃろ」
「なぜそう言い切れるんですか? 中には年齢の見境なく、からんでくる輩がいるかもしれないでしょ」
「だから、そんな奴おらんって。つまり、あんたがやってることは、すべて無意味なんじゃよ」
「なんだと! じゃあ無意味かどうか、分からせてあげますよ」
「何をする気じゃ?」
「今から相撲をとりましょう。負けた方は、潔く節子さんから身を引くということで、どうですか?」
「望むところじゃ! 相撲は体格のいい方が有利だと思ってたら、大間違いじゃからな!」
結局、話し合いは決裂し、なぜか山田さんと安岡さんが相撲をとることになってしまった。
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