第6話 強面の彼

 今日からアルバイトの木本さんが店に来るということで、わたしは一週間ぶりに部活に参加している。わたしが所属している文芸部は、活動自体は毎日してるんだけど、出られる時だけ出ればいいという、割と自由なクラブなので、一週間くらい休んだところで、先輩や顧問の先生からとやかく言われることはない。

「早苗が休んでる間に、今話題になっている小説の読書会が始まってるよ」

 まったく予想していなかった有紀の言葉に、わたしは目を丸くする。

「嘘っ! わたし、あの小説めちゃくちゃ好きなんだけど」

「知ってるよ。だから、先生にそう言って、途中のままにしてるから」

「えっ、じゃあまだ、わたしも読書会に参加できるの?」

「もちろん。今日から再開するはずだから、意見や感想をどんどん言えばいいよ」

「有紀、ありがとう。やっぱり、持つべきものは友ね」

「早苗には、数学のことでいつもお世話になってるからね。このくらいは当然だって」

 いたずらっぽく笑う有紀に、わたしは満面の笑みで「それもそうね」と返した。

 その後、行われた読書会で、わたしはその本の好きなところを立て続けに語り、充実した時間を過ごすことができた。


 部活を終えると、わたしは帰宅する前に、アルバイトの木本さんを一目見ようと、店の方に寄ってみた。すると、今朝父が説明した通りの容姿をしている男性がそこにいて、お客さんを相手にテキパキと仕事をこなしていた。

(あの人が木本さんね。確かに見た目はインパクトあるけど、接客態度は問題ないし、手際もいい。お父さんの言うように、人を外見で判断してはいけないかもね)

 しばらく店の入口付近で木本さんを観察しながら、そんなことを思っていると、レジ作業をしていた父がわたしに気付き、手招きしてくる。わたしは嫌な予感を抱えながらも、レジへ移動した。

「何か用?」

「この人が今朝話した木本君だ。ほら、ちゃんと彼に挨拶しろ」

 お客さんでごった返している中、父は周りの空気を読まず、そんなことを言ってきた。

「秋元早苗です。大変だと思いますが、頑張ってください」

 周りの目を気にしながら簡潔に済ませると、木本さんは軽く頷いただけで、すぐに仕事へと戻った。わたしは、父なんかよりよほど空気の読める彼のことを気に入り、この人になら店を任せられると思った。


 日曜日の朝、いつものように図書館へ営業に行っている父の代わりに店番をしていると、開店してすぐに高齢の女性が来店し、見覚えのある一冊の本を差し出した。

「すみません、この本が気に入ったので、これを店に持ってきた人の連絡先を教えていただけませんか?」

「あっ、はい。少々お待ちください」

 驚いた顔を見せては失礼だと思って、なんとか堪えようとしたけど、隠し切れた自信はない。だって、まさかこんな高齢な女性がカップル棚を利用してるなんて思わないもの。そのまま平静を装いながら、本の元の持ち主をパソコンで検索していると、山田八郎という名前が出てきた。

(あっ、そうだ。この本、前に山田さんが持ってきたやつだ。……でも、山田さんは若い女性に興味があるみたいなのよね)

 わたしは先週の日曜日に、山田さんが二十代の女性が持ってきた本をまじまじと観ていたことを思い出して、複雑な気持ちになったけど、無論それは女性に言わず、連絡先だけを教えた。

「あとは、ご本人同士の問題です。相手の方に連絡される時に、その本の良かった点を熱く語ってあげてください。そうすれば、相手の方もお喜びになられて、その後の流れがスムーズにいくと思います」

「分かりました。貴重なアドバイス、ありがとうございます」

 女性はこっちが恐縮するくらいの丁寧な礼を言うと、晴れやかな顔で店を出ていった。わたしは相手の連絡先を教える時の決まり事を言っただけなので、なんとも気恥ずかしい思いだった。

 女性が帰った後、程なくして木本さんが出勤してきた。考えてみると、彼と一緒に働くのは今日が初めてだ。

「木本さん、おはようございます」

「おはようございます。あれっ? 今日は店長はいないんですか?」

「今、父は図書館へ営業に行ってて、帰って来るのが昼過ぎになるので、それまではわたしが代わりを務めます。というわけで、今日はよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ。ところで、こういうことって、よくあるんですか?」

「はい。日曜は大体こんな感じですね」

「早苗さんって、まだ中学生なんでしょ? 友達と遊びたいとは思わないんですか?」

「まあ、思わなくはないですけど、店のことを考えると、そうも言ってられないんです。わたし、この店が好きで、この先もずっと守っていきたいと思ってるから」

「へえー。それは立派な志ですね。俺が中学の時は、メシのことくらいしか考えていませんでしたよ」

「いえ。ただ、本が好きってだけで、そんな大層なものではありません。あと、この話、父にはまだしてないので、内緒にしといてくださいね」

「なんでまだ言ってないんですか? 娘が店を継いでくれると分かったら、店長きっと喜びますよ」

「言ったら、父が益々わたしを頼るからです。今でさえ、あれやこれやと仕事を押し付けられてるのに、これ以上頼られたら、さすがにわたしもキツいですからね。父には自分の力で、もっと頑張ってほしいんです」

「なるほど。早苗さんもいろいろ大変なんですね」

「はい。出来の悪い親を持つと、子供は苦労します」

「はははっ! それ、凄く気持ちがこもってますね」 

 木本さんは笑うと目が無くなり、とても穏やかな表情になった。ここで働くには断然こっちの方がいいので、これからもどんどん笑わせられたらいいな。







 


 

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