第5話 苦手なタイプ
翌朝わたしは、壮馬君にどんな風に話しかけようかと、頭の中でシミュレーションしながら、通学路を歩いていた。
『昨日は助けてくれてありがとう。ところで、なんでわざわざウチの店に参考書を買いに来たの?』
これだと、お礼より聞きたい心の方が勝っている。あくまでも、お礼のついでに聞いているように見せないと。
『昨日は西口君のおかげで助かったわ。もし西口君がいなかったら、多分わたし泣いちゃってたと思う。そうなったらもう、お客さんの対応ができなくなってたわ。本当にありがとうね。で、昨日はなんでウチに来たの?』
これだと悪くはないけど、お礼を言った後の流れが不自然だ。もう少し、ナチュラルにしないと。
結局、考えがまとまらないまま学校に着いてしまい、登校してすぐ壮馬君に話しかけるというわたしのプランは、早くも崩れ去った。
教室に入ると、壮馬君の周りは女子たちでいっぱいだった。どっちにしても、この状況では話しかけることはできなかったなと思っていると、今までほとんど話したことのない渡辺さんが声を掛けてきた。
「秋元さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「いいけど、何?」
警戒するあまり、つい言い方がきつくなる。はっきり言って、わたしは彼女が苦手だ。特になにかされたわけじゃないけど、醸し出す雰囲気というか、とにかくわたしと合わないのは、しゃべらなくても分かる。
「秋元さんの店って、カップル棚っていうのを始めたんでしょ? それについて、聞きたくてさ」
「ああ、そのことね。渡辺さんは、カップル棚のことを誰に聞いたの?」
「この前、カップル棚に関する動画を生配信してたんでしょ? 三組にいる私の友達が、たまたまそれを観てたらしいの。それで興味を持ったみたいで、秋元さんに詳しく聞いてくれって頼まれてさ」
「ふーん。でも動画を観たのなら、わたしが説明しなくても、どんなものか分かってると思うけど。それにカップル棚のことは、ちゃんと店のホームページに書いてあるから、それを見るといいよ」
「まあ、それでもいいけど、それだけじゃ分からない現場の雰囲気とかも聞きたくてさ」
「それ、友達じゃなくて、渡辺さんが知りたいんでしょ?」
わたしの言葉に、渡辺さんは一瞬戸惑いの表情を見せたけど、すぐに諦めの表情に変わった。
「なんだ、バレてたのか。じゃあ遠慮なく聞くけど、カップルは今どのくらい成立してるの?」
「今のところ、分かってるのは一組だけ。もしかすると、わたしの知らないところで、何組か成立してるかもしれないけど」
「それって、カップルが成立した時点で報告させるようにすれば、正確な数が分かるんじゃないの? 数が多ければ多いほど宣伝になるんだから、その方がいいと思うけど」
「それはわたしも考えたけど、それだと干渉し過ぎかなと思ったの。お客さんの方から言ってくれる分はいいけど、強制するのはよくないかなってね」
「ふーん。一応、客に気を遣ってるわけね。あと、カップル棚を利用する人って、やっぱり学生が多いの?」
「うん。一番多いのが高校生で、次に大学生や専門学生。わたしたちと同じ中学生も結構いるよ」
「へえー、そうなんだ。で、その中に、知ってる子とかいた?」
「ううん。わたしに知られるのが嫌なのか、今のところ誰もいないわ」
「まあ、それはあるかもね。じゃあ、またなんか新しい情報が入ったら、教えてね」
聞きたいことだけ聞くと、渡辺さんはさっさと自分の席に戻っていった。彼女の様子を見るに、たぶん自分もカップル棚を利用したいのだろう。それならそう言えばいいのに、あんな嘘までついてカップル棚のことを探ろうとするなんて……本格的に話したのは今日が初めてだけど、やっぱりわたしは彼女が苦手だ。
バイトの募集を始めてからちょうど一週間後に、ようやく大学生の木本和也という人に決まり、今日の夕方から働いてもらうことになった。
「その木本さんって、どんな感じの人なの?」
登校前の朝、トーストをかじりながら父に聞くと、父は一瞬顔をしかめた後、おもむろに口を開いた。
「まあ、はっきり言って、見た目はよくないな」
「どんな風によくないの?」
「髪は金髪で、ピアスの穴は三つくらい開けてるし、おまけに
「えっ! なんで、そんな人を採用したの? 応募者は他にもいたんでしょ?」
「人を外見で判断するのはよくないと思ったのと、彼にやる気を感じたからだ」
「でも、客商売なんだから、見た目は大事でしょ? お客さんが怖がって、店に来なくなったらどうするのよ」
「それなら大丈夫だ。彼は見た目と違ってしゃべり方はやわらかいし、前にカラオケ店で二年間バイトをしてるから、客の扱いには慣れてるんだ」
「ふーん。まあ、お父さんがそう言うのなら、それでもいいけど、実際に会ってどんな人か分かるまでは不安だな」
「お前も心配性だな。ほんと、誰に似たんだか」
「私に決まってるでしょ。あなたは、それとは真逆の人なんだから」
突然、母の紀美子が割って入った。
「母さん、それはないだろう。それじゃあ、俺がまるで何も考えていないみたいじゃないか。はははっ!」
能天気に笑う父の姿に、わたしは益々不安が募る思いだった。
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