第3話 動画配信の影響

 カップル棚をきっかけに、初めてカップルが成立したことが判明してから三日後の夜、わたしは当人である森さんにインタビューを行い、その様子を動画配信することになった。


 事の発端は、父がSNSでカップル棚の成功例を発表しろと言ったから。

 そうすることで多くの人にカップル棚のことを知ってもらえ、店に来るきっかけになると踏んでいるみたい。

 わたしもその意見には賛成だけど、自分でインタビューの内容を考えたにもかかわらず、わたしにインタビューをさせるところがなんともズルい。

 けど、カップル棚の発案者であるわたしが逃げるわけにはいかない。

 わたしは店の休憩室のテーブルにスマホをセットし、生配信を始めた。


「早速ですが、森さんが彼女と付き合おうと思った決め手を教えてください」


「そうですね。最初に会った時からいいなと思ってたんですけど、何度か会って本の話をしているうちに益々好きになりました。決め手となったのは、やはりお互いの趣味が合うというところですね」


「なるほど。ちなみに、お二人はどんなジャンルの本が好きなんですか?」


「ミステリー小説です。二人とも謎解きが好きで、本を読んでいる間は何もかも忘れるほど夢中になるんです」


「その気持ち、よく分かります。わたしは恋愛小説を読んでいる時に、そのような状態になることが結構あるので。あと、森さんは17歳ということですが、彼女は何歳なんですか?」


「同い年です。彼女は本を選ぶ時に、年齢も参考にしたと言ってました」


「なるほど。やっぱり、年齢は大切ですよね」


「そうですね。特に僕らみたいな学生だと、一歳、二歳の差がとても大きく感じられますからね」


「本以外だと、普段彼女とどんな話をされてますか?」


「映画やドラマの話ですね。この作品は、あの小説が原作なんだよとか言い合ってます」


「それは楽しそうですね。では最後に、今この動画を観ている方たちにメッセージを送ってもらえませんか?」


「分かりました。お互いの趣味が合うと、会話をしていてとても楽しいので、皆さんも一度カップル棚を利用してみてください」


「それでは、以上でインタビューを終わります。今日は本当にありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうございました」


 インタビューが終わると、森さんは父とがっちり握手を交わし、満足そうな表情を浮かべながら帰っていった。


「早苗、よくやったな。ほぼ俺の台本通りだったぞ」


「あれだけ練習すれば、誰でもうまくいくって」


 インタビューを行う前、わたしは森さん役の父を相手に、リハーサルを何度もさせられていた。


「これで明日から忙しくなるぞ。もしかしたら、俺一人では客を捌き切れないかもしれないな」


「あまり期待しない方がいいんじゃない? 前みたいに、お客さんが来なかったら、がっかりするからさ」


「いや。今回は絶対そんなことにはならない。若者を中心に、客が殺到するのは間違いないさ。はははっ!」


「…………」


 能天気に笑う父に、わたしは不安を覚えずにはいられなかった。



 

 翌日の夕方、学校から一目散に帰ってきたわたしは、異様な光景を目の当たりにする。なんと、店の中がお客さんで溢れていたのだ。


「おおっ、早苗。なんとかしてくれー」


 父はわたしに気付くと、弱々しい声で助けを求めてきた。

 わたしはすぐに父の隣で会計を手伝い、それが一段落すると、次にお客さんが持ってきた本をカップル棚に並べ始めた。

 カップル棚の前に群がっていたお客さんは、わたしが並べ終えるとすぐに本を手に取り、一ページ目にセロハンテープで貼り付けたポップに目を向ける。    

 それを見てすぐに購入する人や、逆に別の本を探す人、そのまま本文を読み進める人など、反応は様々だ。


 その後も会計の手伝いと棚整理を繰り返し、気が付くと閉店時間の八時になっていた。


「ありがとうございました」


 最後のお客さんが退店するのを見届けると、父はレジカウンターに突っ伏した。

 放っておくと、そのまま眠ってしまいそうだ。


「ちょっと、こんなところで寝ないでよ。わたし、お腹すいてるんだから、早く帰ろうよ」


 そう促すと、父はようやく顔を上げ、おもむろに口を開く。


「こんなのが続くと、とても体が持たない。こうなったらもう、バイトを雇うしかないな」


「その方がいいよ。わたしも毎日手伝えるわけじゃないしね」


「それにしても、動画配信の影響力は凄まじいな。まさかここまで反応があるとは思わなかったよ」


「ただ宣伝するだけじゃなく、成功例を見せたことがよかったんじゃない? やっぱり、お父さんの判断は正しかったんだよ」


「でもそのせいで、こんなことになったんだけどな。バイトが決まるまで、今日みたいな日が続くと思うと憂鬱だよ」


「何言ってるのよ。今までのことを考えると、そんなこと言ってられないはずよ」


「まあそうだけど、俺ももう45だしな。年齢的にもきついんだよ」


「じゃあバイトが決まるまで、塾を休んで手伝ってあげるから、頑張ってよ」


 塾を休むというワードが効いたのか、父は小鼻を膨らましながらも、ようやくやる気になってくれた。

 暇なのは嫌だけど、忙しかったら忙しかったで文句を言う。

 ほんと、父はわがままな人だ。


  


 





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