第2話 カップル成立!

 カップル棚を作成した翌朝、わたしは店のことが気になりながらも、いつものように登校した。

 

「おはよう、早苗」


 一年一組の教室に入るとすぐに、小学校からの親友、松田有紀が挨拶してきた。


「おはよう。有紀がわたしより先に来てるなんて珍しいね」


「一時間目の授業、数学でしょ? 私今日、当てられる可能性大だから、早苗に教えてもらおうと思って待ってたのよ」


 有紀は数学を大の苦手としている。


「そういうことね。で、どの問題?」


「これなんだけど」


 有紀は教科書に書かれている、ある問題を指定してくる。


「ああ、この問題はね──」


 式を書きながら、解き方を丁寧に教えてあげると、有紀は「早苗、愛してる!」と叫びながら、わたしに抱きついてきた。

 有紀の大げさな愛情表現は、まさに外国人並みだ。



 やがて一時間目の授業が始まると、有紀は自らの予想通り先生に当てられ、さっきわたしが教えてあげた問題を前に、腕を組んで、さも考えているような振りをしている。

 そんな有紀を可愛く思いながらも、わたしの視線はある男子生徒に向けられている。


(はあ。壮馬そうま君、相変わらず、かっこいいな)


 思わずため息が出るほどの美貌の持ち主は、名前を西口壮馬といい、クラス一の──いや、学校一のイケメンだ。

 壮馬君は顔はもとより頭も良く、そのうえスポーツもできるから、当然のように女子たちから好かれている。

 抜け駆けなんてしようものなら、たちまち女子たちから総スカンを食らい、いじめに遭うことは目に見えている。

 だから、このように遠くから観ていることしかできない。

 けど、わたしはそれで十分満足している。

 どうせ、わたしみたいな至って普通の女の子が、壮馬君に相手にされるわけないんだから。


 そんなことを思っていると、不意に壮馬君が振り向き、わたしと目が合った。

 その瞬間、胸の鼓動が爆上がりし、たちまち息苦しくなる。

 わたしは咄嗟に目をそらし、何事もなかったような顔で、黒板の前で問題を解いている有紀に視線を向けた。

 

(もう、ほんと心臓に悪いよ。目が合っただけで、こんなことになるなんて……)


 同じクラスになってもう半年経つというのに、わたしはまだ壮馬君と話したことすらない。

 今後もし、そういう機会が訪れたら、わたしの心臓は一体どうなってしまうんだろう。




 帰りのホームルームが終わると、わたしは走って店に向かった。

 学校がスマホの持ち込み禁止のため、今現在、店がどんな状況になっているのか、さっぱり分からないからだ。

 今までと変わらず、閑古鳥が鳴いている状態なのか、それとも──。


 やがて店の前まで到達すると、わたしは胸の高鳴りを抑えながら中に入った。

 すると、雑誌を立ち読みしている二、三人のお客さんがいるだけの、いつもと変わらない光景に、わたしは正直がっかりした。


「あれ? どうした、今日はやけに早いな」


 そんな中、父が暢気のんきな顔で聞いてきた。

 わたしはそれに答えず、気になっていることを聞いてみる。


「ねえ、カップル棚を利用した人っている?」


「今のところ、一人だけだ。さっき男子高校生が、ミステリー小説を持ってきたよ」


「そう。まあ、まだ始めたばかりだし、すぐには来ないよね」


 自分に言い聞かせるように言うと、父が不安げな顔を向けてくる。


「こういうのって、スピード感が大事なんじゃないのか? 始めたばかりと言っても、宣伝してからもう丸一日経ってるわけだし、それで客が一人じゃ、この先が思いやられるな」


「みんなまだ様子を見てるんじゃないかな。ほら、日本人って、そういうところあるでしょ?」


「様子ねえ。まあ、そうであることを祈るしかないな」


「そのうち、店が埋まるくらいお客さんが集まるから、大丈夫よ」 


 わたしは笑いながらそう言ったけど、本当は不安で仕方なかった。




 それから二週間が経過しても、店の状況はあまり変わらなかった。

 カップル棚を利用するお客さんはいるにはいるけど、カップルが成立したという話はまだ聞いていない。


(このままだと、カップルが成立する前に、企画自体が終わってしまう。なんとかしないと)


 店番をしながら、そんなことを考えていると、高校生くらいの男性が声を掛けてきた。


「あのう、ちょっといいですか?」


「なんでしょう?」


「実は俺、カップル棚を通じて知り合った子と付き合うことになって、今日はその報告がてら、お礼を言いに来たんです」


(キター! ついにこの瞬間が訪れた!)


 わたしは小躍りしたい気持ちを抑え、男性に感謝の言葉を伝える。


「お礼を言うのはこちらの方です。今日はわざわざ報告に来てもらい、ありがとうございます」


「いえ。俺の方こそ、出会いの場を設けていただき、本当にありがとうございました」


 男性はそう言うと、清々しいほどの笑顔で店を出て行った。



「お父さん、やっとカップルが成立したよ」


 出先から父が帰ってくると、わたしはすぐに報告した。


「そうか。で、そのカップルは、若いのか?」


「女性は分からないけど、男性は高校生くらいだった。それが、どうかしたの?」


「連絡先のデータはまだ消してないよな?」


「うん。一応まだ残してるけど」


「よし! じゃあ、その彼に一肌脱いでもらうとするか。あと、お前にもな」


 ニヤニヤと笑う父に、わたしは胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。





 

 



 


 

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