本屋の娘

丸子稔

第1話 カップル棚大作戦

 九月も半ばに入り、朝晩がだいぶ過ごしやすくなってきた今日この頃、わたし秋元早苗は、日曜日に父の幸次郎が営む【秋元書店】で店番をしている。

 中学一年生のわたしに、こんなことをさせるのはどうかと思うけど、店の経営状態を考えると、そうも言っていられない。

 電子書籍の普及や若者の本離れのせいで、売り上げは年々右肩下がりに減少しており、このままではいつ潰れてもおかしくない状況だ。


 父はこんな状態になるまで、手をこまねいていたわけではなく、これまで様々な作戦を実行してきた。

 まず最初に考えたのが『ドリンク作戦』。これはドリンクサーバーを買って、お客さんに無料でドリンクを一杯サービスするというもので、お客さん自体は増えたんだけど、ほとんどの人がドリンク目当てだったため、売り上げの増加にはつながらなかった。


 次に考えたのが『ポップ作戦』。これは、お客さんの目を引くポップを書いて、購買意欲を掻き立てようとするもので、最初の頃は評判もよかった。

 しかし、本を読むことに疲れた父が、読んでもいない本のポップを書いたことがお客さんにバレて、それからポップに釣られる人はまったくいなくなった。

 ちなみに、そのポップはこれ。


【この本を読んで、親に勘当されても何とも思わないくらい感動しました!】


 本の内容にまったく触れていないうえに、いまいち意味が分からないところがバレた原因だろう。


 その次に考えたのが『営業作戦』。これはまさに今実行していて、父がいろんな場所に出向いて、本をアピールするというものだ。

 ちなみに今、父は図書館に行っている。そのせいで、わたしが店番をさせられているわけだ。

 まあ営業がうまくいけば、その甲斐もあるんだけど、こればっかりはどうなるか分からない。

 

 父にばかり期待するのは悪いと思って、実はわたしも一つだけ作戦を考えている。

 それは名付けて『カップル棚大作戦』。具体的に言うと、まずカップル棚という男女別の棚を二つ作り、それをSNSで伝えた後、独身の男女限定で、自分の気に入っている本に手書きのポップと年齢の書いた紙を添えて、当店に持参してもらう。

 例えばそれが25歳の男性で推理小説の場合、その本はカップル棚の男性側に置かれ、そこから更に年齢を十歳ごとに区切った21~30歳の欄のミステリージャン ルに並べられる。

 その際、本の買取代金は棚代と相殺し、こちらが料金を支払うことはない。 

 カップル棚を目的とした女性が店に訪れた場合、その女性は男性側の棚からポップを見て気になった本を購入し、それを読んで気に入ればその旨を当店に伝える。

 わたしたちスタッフはその時点で、あらかじめ聞いていた男性の連絡先を女性に伝え、その後のことは当人同士に任せるという仕組みだ。              

 逆に気に入らなかった場合は、女性に本を返却してもらい、カップル棚に戻す。

 その際、料金は発生しない仕組みなので、すんなり一回でカップルが成立するより、複数の人に何回か返却してもらった方が店にとっては有難いってわけ。


 とまあ、これがわたしの考えた作戦なんだけど、これってけっこう面倒なんだよね。

 まずカップル棚を作るために棚を二つ空けないといけないし、お客さんの連絡先をデータ管理することも必要だ。

 更にもしこの作戦が好評でお客さんが殺到したら、わたしたちだけでは対応しきれなくなるかもしれない。

 店番をしながらそんなことを考えていると、父が出先から帰ってきた。


「どうだ、俺のいない間、少しは売れたか?」


「ううん。お父さんの方は?」


「こっちもダメだ。俺の勧める本は、ことごとく大型書店に先を越されててさ」


 苦笑いする父に、わたしは思い切って打ち明ける。


「お父さん、わたし前から考えている作戦があるんだけど」


「ほう。一体どんな作戦だ?」


 興味津々に聞いてくる父に、わたしは作戦の一部始終を説明した。



「なるほどな。確かに面倒な部分はあるけど、やってみる価値はありそうだな」


 反対されると思っていたわたしにとって、父の言葉はまったくの予想外だった。


「じゃあ、さっそく宣伝しようよ。わたしSNSに書き込むから、お父さんは店中に張り紙を貼って」


 わたしは嬉しさのあまり、つい父に命令してしまった。

 けど父はそんなわたしを怒るわけでもなく、逆に笑顔を向けてくる。


「なんか楽しそうだな。お前のそんな顔見てると、俺まで楽しくなるよ」


 不意にそんなことを言われ、わたしの頬は自分でも分かるくらい赤くなる。


「何それ? 急に変なこと言わないでよ」


「なんだ、照れてるのか? なかなか、可愛いところあるじゃないか。はははっ!」 


「もう知らない!」


 居ても立っても居られなくなったわたしは吐き捨てるように言って、店を飛び出した。

 わたしはそのまま家に帰り、スマホを操作しながらカップル棚のことをSNSに書き込んだ。


(さて、これでやることはやったわけだけど、果たしてお客さんは集まるだろうか……あっ! その前に、本棚を整理しないと)


 わたしはすぐに店に戻り、カップル棚を確保するため本の整理を始める。


「俺も手伝うよ」


 さっきわたしをからかったことを悪いと思ったのか、父は年齢を十歳ごとに区切った見出しプレートを作り始めた。



「ふう。これでいつ客が来ても問題ないな」


「そうだね」


 ようやくカップル棚を完成させたわたしたちは、男性用と女性用の二つの棚を見ながら一息つく。


「さてと、じゃあ今度は張り紙を作るか」


 父が紙に何やら書き始める。

 気になって覗いてみると、『カップル棚始めました』という文字が見えた。


「なんかそれ、ラーメン屋の冷やし中華みたいだね」


「はははっ! お前、面白いこと言うじゃないか。冷やし中華は夏限定だけど、このカップル棚はそうならないようにしようぜ」


「もちろんよ。このカップル棚は、この店の救世主になるんだから」


「そうなることを願うよ」


 その後わたしたちは、この冷やし中華もどきのキャッチコピーの書かれた紙を、店内の至る所に貼っていった。


 


 


 


 


 


 




 








 

 

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