第6話 地底の村①
その扉を開けっぱなしにするんじゃねぇ!
……いや、悪かったよ。急に怒鳴ったりして。ただあれ以来、敏感になっちまってよ……。警吏さん、あんたもその話を聞きに来たんだろう?
俺はその日暮らしがやっとのしがない冒険者、職業は
あんた、「坑道」って呼ばれているダンジョンを知っているか?
ドワーフだよ。あれは採掘のための坑道なんかじゃない。地面の遥か奥底、ドワーフたちの住んでいた国が道の果てはあるんだ。まぁ、誰も確かめた奴はいないんだけれどな。でも手掛かりはある。
与太話じゃない、でなければ誰がわざわざあんな穴倉へ行くもんか。……見ろよ、この剣。拵えもそうだが、この刃。波みたいな模様がいくつも重なって見えるだろう? 「クルーシブル鋼」つってな、あえて複数の金属を混ぜきらずそのまま素材として作った鋼だそうだ。俺達の技術力じゃ作れはしても、マトモな刃は形成できない。こいつが作れたのはドワーフどもだけだ。
クルーシブル鋼でできた武器はいくら使っても刃こぼれせず、また錆びることはない。実用品としてだけじゃない、この拵えに施された彫刻も見事なもんだろう? じっと見てると吸い込まれそうになる。慣れないうちはあまり見るなよ、悪酔いするから。一部の軍人はコイツを腰に佩びているかどうかで出世に響くんだとよ、馬鹿みたいな話だよな。……まぁ、そのお陰で随分儲けさせてもらったが。
俺達みたいなチンピラは、この剣を「亡国のファルシオン」って呼んでいる。これが一本拾えれば一カ月は遊んで暮らせるだろうさ。こんな宝物があの坑道にはごまんと落ちている、俺みたいなゴロツキは永遠にそんな夢を追いかけているんだよ。
「亡国のファルシオン」の話はもう広がっているし、浅い階層は商売相手が多い。俺の狩場は主に第4階層だった。危険は多いがその分見返りも多い。ファルシオンはどっからともなく湧いて来る歩き
●
(今日は一体どういう訳だ……?)
手にした矢を無意識に弄びながら訝しむ。いつもなら10分もすれば歩き骸骨に出くわすはずが、今日は静寂が耳に刺さるほど静かだった。どこまで行っても聞こえるのは足音だけ。普段は鬱陶しいだけの吸血コウモリすら見かけない。
とはいえ坑道まで来るのもタダじゃない。通行料、矢を聖別してもらうための僧侶への布施、消耗品、ワープポータルの使用料。「亡国のファルシオン」以外に歩き骸骨が落とす武器や防具でも拾って帰ればそれなりの足しにはなるが、今回はそれすら望めなかった。
俺は脳内で坑道の地図を思い浮かべる。元から入り組んでいた坑道は冒険者どもが都合の良いように拡張したせいで、子供が出鱈目に書き散らした迷路のようになっていた。正確な地図は誰も把握しておらず、冒険者はそれぞれが独自のルートを持っている。地図に残してしまわないのは、万が一紛失して他の冒険者に拾われた場合、商売敵に塩を送る羽目になるからだ。
歩き骸骨の発生源と徘徊ルートはあらかた回った、後に残っているのはさらに奥。踏み込んだことのない第5階層以下だ。下へ行けば行くほどスケルトンの発生数は増えるが、当然危険度も増す。帰還用の"蝶の羽"は持っているが、不意打ちでモンスターから致命傷を受ければ何の意味もない。
「さて、どうする……?」
自分の命と危険度を天秤に載せ、算盤を弾く。結果は「命より値の張るものはない」。今日は諦めて帰ろうと、"蝶の羽"を取り出しかけたその時。
「ジンか?」
不意に背後から声を掛けられ、俺はとっさに矢を番える。だが間違いだと気付き、すぐに矢じりを下げた。
「……おじさん?」
そこにいたのは、伯父――親父の兄にあたる人だった。生まれてこの方郷里を出ずに家業を継ぎ、数年前に亡くなった祖父の家を継いでいたはず。当然冒険者ではないし、こんな冒険者崩れしか足を踏み入れないようなダンジョンにいるはずもなかった。
「何やってんだよ、こんな――」
「バカ野郎!」
俺の問いかけを遮ったのはおじさんの怒声だった。何年ぶりだろう、こんな風に本気で叱られるのは。
「もうこの村に戻るなって、あれだけ言っただろうが! 爺さんの葬式にだって呼ばなかったのに、それをお前は……!」
「この村って――」
そして俺はようやく気付いた。今いるのはどこまでも暗いあの坑道じゃない。親父が生まれ育った、そして折に触れては訪れていた、あの懐かしい村だってことを。ここは土くれと岩肌が無限に続く坑道ではない。ろくに舗装されていない田舎の畦道だった。道の両側には青々とした稲穂が延々と広がり、夏の気配を帯びた風に揺れてさらさらと音を立てている。
「嘘だろ……どういうことだ?」
"蝶の羽"を使った不具合か――そう訝しんだが、羽はまだ手の中にある。しかも羽根の片側は
「とにかく、来ちまったもんは仕方ねぇ。お前を無事に送り届ける方法を考えないと……とりあえずウチに来い」
言い方はぶっきらぼうだったが、その声色からは俺を心配していることが明確に窺えた。畦道を先に歩き始めた伯父の背中を追いかける。ずっと坑道にいたせいで時間は分からなかったが、どうやら今は昼下がりらしい。村の光景は俺の記憶に残っているそのものだった。田圃に突き立てられた案山子も、水面で光を反射する小川も、ガキの頃に遊んだ林も全てがそのままだ。
「ここは変わらないなぁ。おじさんの家はみんな元気?」
「あぁ、倅は村を出ちまったが休みにはいつも顔を出すよ。お前が帰ってきたって言やぁすぐにでも顔を出す、心配すんな」
「心配って大げさだなぁ、まるでみんなが戻らないと何かあるみたいに――」
伯父は急に立ち止まる。どうしたの、と俺が訝しむより先に振り返った。
「お前……何も憶えていないのか」
「憶えていないって」
何を? そう続けるより先に心がざわつく。俺も伯父も押し黙り、空白を夏の空気が満たした。俺は何を憶えていない? 何を忘れた? どうして俺はこの村に全然帰らないんだっけ、祖父ちゃんの葬式に顔も出さず――
「いや、憶えていないならいいんだ。あんなことは忘れちまった方がいい」
伯父さんは踵を返し、再び道を歩き始める。俺は置いて行かれないよう、小走りになってその後ろへ続いた。
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