【朗読OK】どちらもたいがい悪い関係【フリー台本】

雪月華月

どちらもたいがい悪い関係

 大学でこんな話を聞かされた。童顔な外見で大学生に見えないけど、雰囲気がずいぶん落ち着いてて大人で、それが魅力的だと。軽口の瞳の言うことだから、ほんとかな? って思ったし、実際自分のことをそう思わないから、なるほどね、って軽く笑って受け流した。


 僕はそんなに大人になれない。って最近分かってしまった。好きな人に自分を見てもらいたくて、不毛なことを繰り返してる。自分でもどこか、モヤモヤしてるのに、ヤメラレナイ。そんな割り切れない逢瀬を繰り返す僕のどこが、大人なんだろうか。


「あれ、何してるの……」


 するりと、毛布の落ちる音がした。後ろから彼女の声が響く。彼女は、バーで知り合った子の一人で、クズみたいなモラハラ彼氏から逃げ出すたびに、僕のところに来ている。

 さっきまで泣いていた彼女を抱きしめていた。彼女は声をあげて泣かない。ただハラハラと涙を落とす。それを手の甲で拭っている。肩を抱きしめるとようやく声を出す。そして泣き疲れて寝るまで、一緒にいた。

 何度も彼氏からモラハラを繰り返されているのに、それでも別れない、悪いものを切り捨てられない彼女の弱さすら、僕は愛おしかった。そしてその彼氏からのモラハラがあるから、彼女がここに来る。


 つまり、相手さまさまなのだ。


 彼女は不思議そうに僕を見ている。

暗い部屋、ぽぅと光が浮かび上がるパソコン、その前に座って何かをしている僕。僕は曖昧に微笑んだ。


「お絵描きしてた」


 彼女はクスッと笑った。

まるで金平糖のような甘さを感じる微笑みだ。

その笑みを見るだけでご褒美を与えられたような気分になる。


「お絵描きしてるんだ。どんなの描いてるの?」


 僕はこんなの、と言いながら彼女に絵を見せた。

野菜を描いてた。ピーマンや、ナス、トマトなどなど。

 僕は精密な絵は描けなかった。ド下手な素人の絵だ。そのくせ、いっぱしにお絵描きソフトを、ちゃんとパソコンにインストールしてるんだから、ますます形から入ってしまっている。


「なんだか、可愛い絵」


 彼女が目を細めて褒めてくれるので、なんだか恥ずかしくなって目を逸らした。お世辞かもしれない。でも好きな人の言葉を正直に信じたかった。


「ありがと……」


 小声でお礼を言ったが、言葉に宿った熱が彼女に伝わってしまったようだ。彼女はそっと寄り添ってきた。甘えるように、縋るように。僕という細い帆柱に。


「絵を描く趣味があると思わなかった、いつから描き始めたの……? きっかけとかあったの?」


 僕は彼女から向けられる視線に気づいて、目を逸らした。

大した理由から書いてるわけじゃないけれど、僕が絵を描きたくなる時の多くは、彼女がいる時だ。


「うーん……いつからだったか、わかんないけど、いつの間にかって感じ。考えても仕方ないことを考えてしまう時とかに描いてる」


「そうなんだ」


 彼女からスッと潮が引くように感情が消えてくのを感じる。彼女は僕の感情に気づいているだろう。そこを深追いするのは彼女側からすれば恐ろしいことなのだろう。


 僕に求められてることがあるとすれば……。


「お姉さん、唇カサついてるね、泣き疲れてしまったから、また潤さなきゃ」


 唇から顔を離し、僕は言った。求めるようなキスというよりは、与えるキスだったと思う。彼女は愛情を求めてるところはあるけれども、自分から欲しい欲しいと手を伸ばすタイプじゃなかった。据えた匂いのする街の片隅で、立ち尽くして相手を待つような、そういう哀れさがあった。


 モラハラする彼氏によって彼女は大事なところを壊されたのか、それとも元から壊れてて、彼氏によって悪化したのか。僕にはよく分からなかった。


 ただ、僕は彼女が欲しかった。

でも乱暴なことをすれば、彼女は怖がって壊れて、二度と会えなくなるだろう。


 僕は話を切り替えるように、明るく言った。


「お姉さん、何か、リクエストある? 描けるもんならなんでも描くよ」


 彼女はしばし迷ったようで、うーんと眉を寄せた。その仕草がなんだか子供っぽくて愛らしい。レストランのメニューで一生懸命決めようとしているような真剣さだ。

 しばらくして、彼女はようやく決まったようで、僕に言った。


「好きな料理を描いて欲しい」


「好きな料理かぁ」


 僕はうーんと考え込んだ。僕の好きな料理は、子供の好きそうなものが多いのだ。何にしようかと思いつつ、ペンを液タブに走らせる。そんな複雑な絵は描けないことを踏まえると、これしか思いつかなかった。


「チキンライスに、薄い卵のベールをかけて、オムライス」


 ちゃんとケチャップも添えているんだから上出来だろう。


「お姉さんはオムライス好き?」


 僕が聞くと、彼女はそうだなと小首を傾げた。


「そこそこかな」


「そこそこなんだ。じゃあさ、昼間に会うことあるなら、今度美味しいところ連れて行くよ。びっくりするくらい美味しいから、絶対大好きになるよ」


 ずいぶん饒舌に言ってしまったものだ。彼女と昼間に会ったことなんて一度としてなかった。彼女と出会ったのは真夜中のバーで、彼女が家に来たいというのも、真夜中、0時過ぎ。昼間は仕事もしてるし、彼氏と会っているのだろうと、想像がつく。ため息が出そうだった。寂しい、寂しいなと思った。


 彼女に希望を託そうとする自分がすごい嫌だ。

そうしてもかなわぬ夢に、悶々として、また絵を描こうとするのだろう。


「いいね、いつか、行けるといいね」


 もう離さないと言わんばかりに、強く抱きしめたくなることを言わないでくれよとなった。彼女は人にすぐに迎合する。

 ダメならダメって、希望を感じさせないでくれよとなった。その甘さは、絶望的に心を苦くして、心臓に悪い。


「お姉さんはオムライスとか作れるの?」


 彼女は急にびくりと背筋を伸ばした。明らかに聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。彼女がこんな顔をするときはいつも決まっている。彼氏だ。


 僕はわざと茶化すように言った。


「その反応、彼氏に、オムライスまずいとか言われた感じだね」


「すごいね、よくわかる」


「そりゃ、お姉さんのことを見てるからね」


 そう、顔をこうして合わせるときはいつだって見ている。

君が好きで、たまらないから。そう、たとえ君が、どんなに。


 ひどくても。


「僕ね、君の彼氏が羨ましいよ」


「羨ましい?」


「どんなにひどくても、君に愛想つかされなくてさ」


 彼女は押し黙った。重たい感情が雰囲気だけでも伝わってくる。僕には彼女が、彼氏にどんな感情を抱いているのか分からない、愛してるのか、憎いのか、嫌いなのか、寂しいのか、悲しいのか。


「でも、あまりに彼氏が辛くなって、逃げ場所として使えてもらえるのは、嬉しいよ」


「あなたってどうしてそんな大人なの、なんでこんな私を……」


 フッと笑ってしまった。僕は自分を完全に嘲(あざ)けていた。だってあまりにおかしくて……。

 僕が大人? そんなわけないじゃないか。もし大人だったとしたら。


「大人じゃないよ、モヤモヤするたびに、君への感情で苦しむ度に、絵を描いてるんだから」


 僕は一息ついた。


「でも、君に会えるのが嬉しいから、続けてるんだ、こんなこと」


 彼女は唇をグッと噛んだ。なんで、って言わんばかりの顔をしている。もしくは自分のことを恥じているのかもしれない。彼女はそういう女だった。真面目さは彼女の美徳で、真面目さは彼女を突き刺すナイフだ。


「呪ってもいいよ、あなたなら……罵られても仕方ない」


 ああ、ねぇ、なんでそういうことを言うのと思った。僕が君にいうことがあるとしたら、そんなものじゃないのに、彼女は気がつかないのだろうか。自然と体が動いて、僕は彼女の耳元で囁いた。


「あのね、君にいうことがあるとするなら」


 僕は彼女の耳にキスをした。


「大好きだよ」

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