エピローグ

51話 : クレーエンとラメッタ

 魔王軍四天王『血も亡きプローベ』はラメッタによって討伐された。

 処刑を延期してもらうためにはラメッタが魔王軍と戦うことが求められていたため、クレーエンではなくラメッタが倒したことは幸いである。


 拠点に戻って。

 食料の残りも少ないため慌ててバオム国に戻ることにした。

 しかしながら魔王軍も大蛇もいなくなった砂漠は、足場の悪い渇いた砂が鬱陶しいだけで、二台しかない馬車の代わりに加速魔法で走って帰っても一晩休むだけで戻ることができた。


「これが、バオム」


 国王は驚きながら国の発展に嬉しそうだった。

 出店には果物、野菜が並んでいた。

 肉についてはまだ希少だが、ディーレは調達する手段を既に進めていただろう。


「パパ、城へ行こう。ベリッヒも、チルカもいる。会いたいだろうから」

「そうしよう」


 城門に付く。

 日傘を差す黒髪の少女がいた。

 ボーイッシュでショートカットヘアの少女は緩めの服装を着ていて、緩んだ皺が女性らしい輪郭を際立たせる。ロングスカートを合わせて艶っぽい雰囲気もある。


「ラメッタちゃん遅いじゃないか。ベリッヒ姫もチルカ姫も政治ができない。僕に任せきりで疲れてしまったよ。でも勝ったんだ。この国は変わるのか」

「オシュテン、助かった。魔王軍四天王の討伐に成功した。魔族に勝ったのじゃ」


 オシュテンはラメッタに抱きつく。


「君はこの国の英雄だ。ありがとう」

「素直じゃな、気持ち悪い。じゃが、バオム国が好きなオシュテンらしい」

「だろう?」


 国王も軍人たちもオシュテンとラメッタが仲良く話す様子をじっと見ていた。

 ディーレやラメッタからバオム国が安定したという話は事前に聞いていたが、厄介者だったオシュテンが城にいることは新鮮だ。


「ラメッタちゃん、宴だね」

「フルーツパーティじゃな。準備しよう」


 タルト、ケーキ、フルーツパイ、紅茶、果実水、フルーツ飴……。


 テーブルは箸に寄せて、金属製の皿に盛りつける。

 相変わらずラメッタは紅茶に角砂糖を入れる。

 四つ入れたが飲むと苦いらしい。

 それでもそのまま飲もうとして。


「美味しく飲むのが一番だと思うぞ」


 クレーエンが角砂糖を三つ追加した。

 ラメッタはムスッと頬を膨らませる。


「子供舌じゃけど。急いで克服するから」

「今も楽しめよ」

「楽しいわ、フルーツパーティじゃから」


 少し遅れてベリッヒ、チルカ、執事と従者も来た。

 チルカは慌てて国王の元に駆けていく。

 国王が膝を着いて腕を広げる。


「パパ、……。あ、ラメッタ様ッ!」


 チルカがラメッタを見つけるとすぐさま方向転換してラメッタの元へ。

 国王は魂が抜けたように動かなくなった。


「ハハ」

 

 クレーエンはつい吹き出してしまう。

 国王はぎょろっとした恐ろしく鋭い目つきを向ける。

 相手がクレーエンと分かると、クレーエンが視線に気づいて国王を見る僅かな時間に、国王は寂しそうな表情に切り替わった。

 従者や執事は怒っていた表情も悲しそうな表情も捉えていた。

 国を救ったエアデ王国の人間であるクレーエンしか笑える状況ではなかった。


「わたくし、パパが無事で嬉しいです」

「ベリッヒ。立派になったな」

「わたくしが立派に見えるなら目の病気ですから。わたくしは何も変わってません。臆病で、変わっていくバオム国を追えていない」

「奇遇だな。わたしもだ。ベリッヒ、一緒に知っていこう」

「手加減お願いしますわ」


 パーティは国王と三姫、いや三人の娘を中心に騒がしく始まった。

 シュヴァルツもオシュテンも同時に立ち上がる。


「ラメッタちゃん。僕は仲間と騒いでくるよ」

「ラメッタ様、仲間の元へ行きます」

「そうか? 連れてきたらいいじゃろ。な?」


 ラメッタの提案を断る人間はいない。


 トゥーゲント連合もオシュテン派もそうでない人たちも城のすぐ外に集まってパーティをした。それは三日間も続いた。


 ようやく落ち着いて。

 一日は、ラメッタが野菜や果物の栽培の様子見で、クレーエンは街の様子を見ていた。

 特に、ファグロが家をいくつも壊してしまっていて、そこに新しく家を建てるらしく、クレーエンは率先して手伝っていた。


 二日目は二人とものんびり過ごして。

 三姫とおしゃべりしてスイーツを作って食べた。

 

 翌日、ラメッタとクレーエンはディーレの部屋に呼び出される。


「ラメッタ様、クレーエン様。ご活躍認められました。エアデ王国に帰ってこいとのことです」

「そろそろか。わしはもうバオムには来ない」

「え?」

「バオムはもう大丈夫じゃ。それに、わしはすべきことがある」

「ラメッタ?」


 クレーエンは仮面を被ったような作った笑みのラメッタを見ると胸が痛む。

 ラメッタの真意を悟ってしまったクレーエンは、それ以上何も言えない。

 ディーレはラメッタとの別れを考えていなかったらしい。

 バオムの人々は英雄といっても過言ではないラメッタが大好きだ。


 ディーレの部屋を出る。


「支度する。クレーエンもじゃぞ」

「分かってる。分かってるけど、もうバオムに来ないなんて」

「わし不器用じゃから。こうでもしないと、」

「駄目だ、いつかまた来よう」

「嫌じゃ、嫌じゃ。クレーエンもじゃぞ、わしはエアデに着いたら逃げるもんっ。だからおぬしともお別れじゃ」

「それでいいのかよ」

「不老不死じゃから。わしは世界樹に呪われているのじゃから、みんなわしより若く大人になっていく、わしを置いていく。寂しいって気持ちを最小限にしたい。一人ぼっちになりたくないのじゃッ!」

「世界樹の研究、今のところ失敗に限りなく近い成功なんだろ」

「うむ」

「寂しかったんだろ。世界樹の研究が上手くいったらどうするつもりだ?」


 ラメッタは俯く。


「不老不死の薬ができる。誰にも飲ませられないくせに、でもあると少しだけホッとするんじゃ」

「なら、」


 クレーエンはラメッタの腕を掴んで引く。 

 足の浮いたラメッタを貪るようにぎょっと抱く。

 ラメッタの身体は火照って熱くなっていく。


「俺を、不老不死にしてくれ。寂しいときは終わりなく一緒にいてやる。どうだ、相棒」

「死なない身体になる、老いなくなる、一人ぼっちに」

「違う、二人ぼっちだ。いや、二人ぼっちにもならない、ラメッタを尊敬してくれる人はいつだっている、俺と一緒に尊敬してくれる人に会いに行こう」


 ラメッタは涙を流して、クレーエンの袖にシミを作る。


「馬鹿、馬鹿。年上好きじゃろ、何十年も生きて、何百年も生きたら年上が存在しないぞ」

「身体の年齢は止まる。お姉さんはそう考えればいる。それにな、」


 ラメッタの身体は震えている。

 クレーエンに傷ついてほしくない、それだけで強がっていた。


「好きなものってのは、増えていくものだ。生きたら生きただけ良いものが分かるようになって、好きが増えていく。年上のお姉さんが好きだ。でも好きなものが増えるから大丈夫なんだ。俺を不老不死にしろ、一緒に生きよう」

「わしみたいな呪いでおかしなガキも好き? 好きになれる? わしと一緒に生きていける」

「それは、」


 クレーエンは思い出す、ラメッタがクレーエンを好きと言ったとき。

 ラメッタは振ってくれと懇願してきてクレーエンは保留したのだ。


「最近増えた好きに含んでいる、と答えておこう」

「わしで十分満足できる? スケベになる?」


 ラメッタがうるうるした瞳で見つめてくる。

 顔が近い、クレーエンも顔が赤くなる。


「浮気する?」

「浮気?」

「するんじゃな、でもいいもん。クレーエンはわしと生きる、わしとクレーエンだけが不老不死じゃから」

「勝手に盛り上がるな。だから、一緒にいるって言っただろ。分かってくれ」

「わしのこと好き?」

「答えたくない」

「なぜじゃっ。もう!」

「恥ずかしいからだよ、気づけよッ!」


 クレーエンは叫ぶ。

 ラメッタは笑う。


「えへへ」


 緩んだ頬は実に嬉しそうだった。


「じー」


 お熱い二人を見る視線が一つ。

 ここはディーレの部屋のすぐ外、二人が盛り上がって声を大きくしていたのだから、ディーレは気になってしまった。

 だがここで邪魔するわけにはいかず。


「お幸せに、バオムの英雄」


 姫は静かに祝福するのだった。





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