50話 : 血も亡きプローベ(2)
靄が消えた。
そこには、クレーエンが立っていた。
プローベは首を伸ばしてクレーエンを見下している。
大蛇は自身よりは小さいプローベに威嚇するために身体を立てて、舌を出したり引いたりしている。
「ラメッタ、言ったろ。俺は人型よりもこういうのが得意だってな。技ごと剣で斬ってやった。核を斬れば呪殺されるのだろうが、技を斬るのは問題ないな」
「技を斬るだって? オレを馬鹿にしてるのかあ、ぷくくく」
プローベは首を伸ばして絡ませながらクレーエンに迫る。
「ラメッタ、撃て」
「もちろんじゃ!」
ラメッタが持つ銃から液体が飛び出す。
プローベの足に付くと、大蛇が激しく暴れる。
プローベは核を壊されまいと一歩引いた。
しかし大蛇は加速して伸び縮みしながら寄ってくる。
「もういい、殺す!」
プローベが紫色の波動を放つが、その直線上にクレーエンが飛び込んで魔剣で薙ぐ。
暴風で波動を吹き飛ばした。
その様子に興奮した大蛇が突っ込む。
「面倒だな、オレが害獣ごときに、」
大蛇は身体を起こして核に巻きつく。
プローベの表情が変わった。
余裕がなくなって笑みが消える。
大蛇を睨みつけたまま、炎を火の玉にして浮かせながら放つ。
ゆっくりと大蛇に向かう。
「ラメッタ、匂いを撒き散らせ!」
「じゃな!」
ラメッタは銃でプローベの身体に液体を発射する。
何をするのか察したプローベは血相を変えて紫色の波動を放つ。
ディーレ父が汗を額に流しながら大剣で受け止める。
「くそがあ!」
プローベが吠える。
大蛇が核を壊した。
大蛇は一瞬震えて地面に倒れる。
プローベの炎魔法が放射されて既に息絶えていた大蛇は焦げて灰に変わる。
残りの大蛇も焼き尽くされた。
「残り二つだけど蛇はもういない、二人は自ら死ぬしかない。オレを逃がすか?」
「わしが必ず策を見つける」
「ガキだな。臭い液体をぶっかけてきて。許さない、本気を出そう。闇の風、死の風、オレの力の前ではすべてが無価値、血も出ずに魂ごと死ぬ。それが、『血も亡き』の由来だ」
風が起こる。
竜巻は黒い靄を吸収して拡大していく。
分裂して増え、ラメッタたちを無数の黒の竜巻が囲んだ。
「ぷくくく。死ぬといい、呪いにはもう一段階ある」
クレーエンだけがその異様さを悪寒として感じた。
冷たい汗が背中をつたる。
……手が震える。
この感覚、周りを見渡してもクレーエンしか分かっていない。
誰もが迫る竜巻を眺めていた。
光を通さない黒の風。
ゾッとした感覚。
「触れるな、死ぬぞ!」
クレーエンは叫ぶ。
ラメッタが驚いたように目を見開く。
クレーエンの言葉を信じたらしい。
トゥーゲント連合、ディーレ父、バオムの軍、ごく僅かに戦っていた魔族を囲むように竜巻が発生している。
つまり、仲間もろとも殺すつもりなのだろう。
「無理よ、逃げられないわ」
剣を構えてディーレは言う。
拠点でもらった剣を握りしめる手は震えるあまりすぐにでも剣を滑らしそうだ。
「だから私は、この国のために、私は」
ディーレはプローベに剣を向ける。
走って跳ぶと、プローベの核を斬ろうとする。
「あの馬鹿」
クレーエンは地面を斬って加速する。
死の竜巻に追い詰められたディーレは、命を投げて戦うことにしたらしい。
しかし、プローベは四天王だ。
近づくのは容易ではない。
「オレは雑魚に斬られないよ?」
核を高く上げてディーレから離すと、虫のような多足でディーレを蹴った。
ディーレが地面に転がる前にクレーエンが受け止める。
その間も死の竜巻は間隔を狭めながらゆっくりと近づいていた。
「さあ、死ぬのは誰?」
プローベが笑う。
クレーエンはラメッタの姿を見た。
呆然とプローベを見ていて魂が抜けたように固まっている。
「ラメッタ、俺が戦う。国を豊かにすることがお前の仕事で、作戦を立てるのがお前の仕事で。戦うのは俺だ」
「クレーエン?」
ラメッタは意識を戻してクレーエンの言葉を聞く。
泣きそうな目でクレーエンを見る。
クレーエンが何をしようとしているか分かっているようだった。
ディーレ父は何も言わない。
クレーエンに抱えられているディーレは、音割れのように聞き取れない声で怒っているようだった。
「なあ、一つだけ言いたいことがある。今、思い出したんだ。言い忘れてたって」
「クレーエン、また今度聞こう。な、今度スイーツを食べてゆっくり。戦いに集中しよう、策を考えるべきじゃ。あの竜巻だって本当に死ぬのか、」
「策が尽きた。それでも楽観視するのは無謀だ。より生き残れる策で行く」
「生き残る? クレーエンもじゃろ!」
ラメッタは訴える。
クレーエンは微笑む。
ラメッタと会ってからのガキだと言い合う日々も、バオムに来てからの刺激的な日々も、喧嘩した日々も、仲直りして想いを聞いた後も、クレーエンは嬉しかったのだ、楽しかったのだ。そのためなら、戦う者として。
「ラメッタごめん。自慢のお団子ツインテールを斬ってしまって」
「そうじゃろ! せっかく今はクレーエンという大好きな人がいるのに自慢の髪型が、一番かわいいわしの髪型が披露できないんじゃぞ? 待ってくれないと見てくれないと気が済まぬ。クレーエンッ!」
「子供らしい騒ぎ方も今までの経験による知恵も、ラメッタの魅力だ」
「クレーエン、行かないで」
ラメッタは手を伸ばす。
クレーエンはラメッタお手製の魔剣を撫でた。
「プローベ、お前を討つ」
「馬鹿だねえ。核を殺したら死ぬ、どうやって……」
プローベが言いかけた瞬間、クレーエンは姿を消した。
実際には高速で地面を蹴って、魔剣を介した魔法を放出してその反作用で軌道を変えながら、加速して残像しか追わせなかった。
プローベはクレーエンが全力ではなかったことに気づく。
そうか。
核を壊したことによる呪殺を恐れていた、それで加減するしかなかった。
だがどうして急に?
そうか、死ぬつもりか。死の竜巻が迫っている、その絶望が制限を解いてしまったわけか。
「いいよ、君は強い。核あげるから死んで黙ってよ?」
クレーエンが動く軌道に核を浮かばせた。
魔剣が光る。
核が一つ消える、だが最強の目の前の男は死ぬッ!
プローベが勝ちを確信したときだった。
「お前も道連れだが?」
クレーエンの一太刀が軌跡を変えて歪曲し、二つの点を結んで丁寧になぞる。
プローベはゾクッと恐怖を感じて核を天に上げた。
確信する。
「二つ同時に斬るわけか。そうか、一つしか斬れなかったらオレの勝ち、二つ斬れたらオレの負けか?」
「少しは分かったようだな。行くぞ」
「ぷくくく。楽しい、楽しい、楽しいッ!」
「そうか、お前はここで終わりだ」
クレーエンの剣の軌跡から核を逃がす。
そして、一つの核をクレーエンへ。
クレーエンは魔剣に魔力を込めて身体を透明にすると、再び加速と風魔法を駆使して二つ同時に斬るための位置を探す。
「おぬしは強い。じゃが待て、それではおぬしは」
「ラメッタ、黙れ。戦いは俺の役割だ。俺が斬るッ!」
なあ、ラメッタ。
必死にならないでくれ、泣かないでくれ。
死んでも守りたいんだ、この覚悟が揺れてしまう。
不確かな希望に溺れるより、確かな絶望で渇いていたい。
だから、この魔剣で。
ラメッタが作ったこの剣で、プローベを倒す。
「終わりだ、プローベ!」
捉えた。
二つの核が並ぶ軌道、ここまで来たならどんな攻撃を受けてもクレーエンは退くつもりがない。風魔法だろうがなんだろうが打ち消して必ずこの一撃を、
「ぷくくく、経験値の違いだよお、加速魔法」
だが見えるなら確実に斬る。
加速して核を移動させても視界に入れば、
クレーエンは魔法の発動に気づいて速度を緩めた。
風魔法で移動の向きを変える。
そのときだった。
……っ。
クレーエンが風魔法を自身に当てる。
異常に加速して一直線に核へ向かっていた。
「核は脆くはないがそこまでの速度なら衝突とともに壊れる、ぷくくく」
クレーエンは目を閉じた。
負けた。
ごめん、ラメッタ。
「経験値ならわしも負けておらぬが?」
子供らしい高い声、嬉しそうな声が聞こえた。
針のようなものが核を貫いている。
プローベは銃を構えるラメッタの姿を見た。
黒い靄を発動したときに核を壊したのは、こいつの魔道具か?
だがこれは勝機だ、クレーエンはこの娘が大事だ。
呪殺で心が乱れる。そこで隙が生まれる。
「ラメッタ! 何をして」
クレーエンは叫ぶ、喉が枯れるまで。
「ふむ、驚くのは仕方ない。わしは死なぬ」
ラメッタは淡々と言った。
は?
核を銃で貫く様子を見て、誰もがラメッタの死を想像し絶望した。
プローベはその隙を狙ってクレーエンたちを仕留めるつもりだった。
「世界樹の花粉を浴びたわしはそもそも二種類の呪いを受けてるからの。不老と不死じゃ。クレーエンはいつも庇おうとしてくるから言おうと思っていたが、何度もタイミングを逃しての」
「不老不死か?」
「そうじゃな。だから、プローベはわしに任せろ。クレーエンのおかげで隙が生まれた、確実に討つための」
プローベは笑う。
不老不死を明かしたのか?
ならラメッタさえ警戒すれば良い。
愛する者が死なないとなれば命懸けで核を壊すことはないだろう。
勝機はある。
「死を前にしておかしくなったかの。見てみよ、魔力が尽きて透明化が解けるじゃろうから」
ラメッタの言葉を聞いたプローベは最後の核を見た。
無事では?
と考え込んだときだった。
核を針が貫く。
クレーエンの魔剣と同じく針は透明化していたらしい。
魔剣と異なって魔力を注ぎ続けることはできないため、一瞬しか透明にできず、ラメッタの射撃技術では動きが読めるものしか撃てない。
「そう。オレは負けたか」
灰になった。
砂漠の砂に混ざりながら風で飛ばされる。
その後、他の魔族も倒された。
こうして、『血も亡きプローベ』は討伐され、ラメッタは処刑延期のための当初の任務を達成したのだった。が、不老不死だったというのは衝撃のようで。
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