49話 : 血も亡きプローベ

 ラメッタたちは『血も亡きプローベ』と対峙した。

下半身は虫のように多足で、胴は人間らしく、首は自在に伸びている。

 宙には五つの球体がある。

 そのすべてを壊すしかないらしいが、その球体を破壊すれば呪殺される。

 そこでラメッタが考えた作戦は、砂漠に住む大蛇の群れにプローベを襲わせることだった。

 既にラメッタが開発した魔道具によって、大蛇をラメッタの真後ろまで誘導できている。

 ただ匂いによる誘導であるため少しだけ臭い。


「異形じゃな」

「ん? 子供? 子供と青年か。前線に? オレは驚くよ、ぷくくく。だってさ、未来のために守るべき子供たちをここに、」

「うるせえッ!」


 クレーエンは魔剣を抜いて加速し、プローベの腹部を狙った。

 刃がプローベに触れる。


 火花が散った。


 クレーエンは自身の身体が後方に倒れかけていることを感じて、剣が見事に弾かれたことに気づく。

 プローベの尾が迫ってきた。

 クレーエンは咄嗟に魔剣から風を起こして翻し避ける。

 一歩下がって追ってくる尾を剣で受け止め、刃の向きを変えて流す。

 その隙に、再び懐に潜って、炎魔法を放った。

 煙が上がって視界が消える。


「無傷だよ、強者くん。毒か何かを掛けてきてるようだけど」

「聞いていた通りだな。無敵か」

「魔王様の力、四天王となればなかなかだよねえ?」

「無敵なのは知ってる。だが俺がすべきことはそうじゃない。ラメッタ、」

「おんぶしろ、わしは加速魔法逃げてじゃ! あれは想像以上、本当どうしろというのじゃ」


 煙が落ち着く。

 クレーエンはラメッタを抱えてプローベの後方へ走っている。

 目的は四天王の討伐ではないのか?

 どうして逃げていく?

 せめて自身の拠点ではないのか?


「よそ見せぬようにじゃ。クレーエンがおぬしに使ったのは毒ではないからな。それはだな、」


 大移動をしていた大蛇はプローベを見ると身体を持ち上げる。


「オレを見下すなよ、害獣風情が」


 プローベの尾に黒い球ができる。

 轟音と吸い込むような風を螺旋状に起こしながら、その球は急激に成長する。


「ギャアアアア」


 大蛇の腹部に穴を空ける。

 まだ動けるようで、長い舌でプローベを拘束しようとする。

 プローベが二発目の球を舌に投げると、口に入る。

 大蛇は異様に膨らみ、弾けると口から出血する。


「生きてる? でも弱すぎるからあ、オレの弱点はこんな蛇じゃ無理だけどなあ。もっと本気で絶望を与えてやるよお」

「できるか、クレーエン」

「俺はな、ああいう化け物ばかりと戦っていたんだ。人型よりも慣れている。まあ、味方でもない大蛇を援護しろとは馬鹿らしいが!」

 

 戦況は優勢。


 魔族とシュヴァルツたちトゥーゲント連合、バオム国の軍隊が衝突している。

 プローベに大蛇を興奮させる匂いを付けたことにより、トゥーゲント連合との戦いの場には大蛇の影響はなさそうだ。

 トゥーゲント連合と軍は問題なく魔族を倒している。

 プローベが一体だけ強すぎただけで周りの魔族は弱そうだ。

 バシュルスやファグロのような大魔族は全くいない。


「もう大蛇が一匹やられた」

「仕方ないじゃろ、プローベの把握もある。頼むぞ」

「厄介な呪いだな、全く」


 ラメッタにはプローベの倒し方を模索する役割がある。

 他にも大蛇をどのように誘導するか考えるのもラメッタの仕事だ。

 だがプローベは容赦をしない。

 大蛇を狙いながらも、何度もラメッタへ魔法を放つ。

 その度にクレーエンが魔剣で弾いたり、ラメッタを抱えて避けたりした。


 大蛇とプローベの戦力さがありすぎる。


 プローベに匂いを付けることで大蛇を興奮させて襲わせたとしても、プローベの弱点である核を壊すことはできない。

 このまま長期戦になれば大蛇は全滅し、プローベを倒す術を失ったまま撤退をするしかない。


「クレーエン、大蛇を守れ。プローベが硬いのは分かったが押し倒したりはできぬか?」

「傷は作れないだろうな」

「その隙に大蛇に攻撃させる」

「無茶言ってるぞ。魔道具で操れたりできないのか?」

「大蛇は凶暴で、もともと相当強い魔獣じゃからな。オシュテンに加護を与えていたのとおそらく同じ種類じゃ。死してなお加護を与えるだけの力を持っておる。操るのは困難じゃ、誘導が限界」

「大蛇とプローベの間に入って上手くやれと?」

「それが最も勝率が高い。死ぬなよ、クレーエン」

「ならもっとましな作戦にしてくれ。飛び込んでやるがな。ラメッタは誰が守る?」

「この場で次に強いやつじゃろ?」


 クレーエンが心配していると、後方から魔法で吹き飛ぶ音がした。

 風が風を切るような激しい音、そこにはディーレ父がいた。


「指示を聞いた。わたしに守ってくれというとは、ラメッタ殿は面白い」

「バオム国のためじゃよ、王なら黙って従うのじゃ」

 

 クレーエンはラメッタを任せて大蛇の前に出た。

 ラメッタは自身を国王に守ってもらおうとするとは肝の据わった少女だ。


「プローベの身体は傷つけられない。唯一切れるだろう核は斬れば呪殺される。その状況で上手くやれか。俺しかできないなッ!」


 クレーエンはひたすら大蛇に向かう魔法を打ち落とす。

 大蛇は口から紫色の波動を吐いた。

 瞬間、プローベの球体へ直線で向かっていく。

 プローベは急いで核をずらす。


「させるか!」


 プローベに魔法を撃っても、剣で斬っても傷つかない。

 だが。

 クレーエンは風魔法で飛んでプローベの背後を取る。

 剣を背中に当てた。

 加速するとプローベは前に倒れそうになる。


「人間のくせにっ」

「俺は戦いの中に生きている。だから戦いの中で惑わせる意味を理解している」

「無傷だ、オレは無傷だ」

「知ってる」


 プローベは前に倒れまいと堪えた。

 クレーエンの身体が透ける、魔剣に宿る力だ。

 プローベはバランスを悪くして後ろに倒れる。


 紫の波動が核を包む。


「くそ」


 プローベは叫ぶ。

 ひびが入っていた。

 慌ててプローベは緑色の光を放つ。


「クレーエン、おそらく癒しの力じゃ」

「だろうな」


 クレーエンがその魔法を受ける。

 そして、核が割れた。

 大蛇は泡を吹いて倒れて砂が舞った。


「残り四つ。プローベ、俺はお前を倒す」

「どうせこの男はオレを攻撃できないんだ。だったら、さっさと大蛇を殺せばいいな!」


 プローベは黒い靄を尾から出す。

 全体に広がって視界を悪くする。


「?」


 プローベは核に針のようなものが迫っていることに気づく。

 尾で弾いた。


「誰だ? だがあの針でオレの核は、」


 二つ目の核が割れて地面に転がった。


「オレを怒らせるんだ、ぷくくく」


 黒い靄は竜巻のように風を起こしながら集まって先端を尖らせる。

 その靄が大蛇を貫くと、たったそれだけで倒れた。


「誰が攻撃したか分からないが一人死んだ。命知らずもいるものだなあ!」


 大蛇が次々と殺される。


「クレーエン、大蛇を守れるか」

「あれは危険だぞ。やるけど」


 クレーエンは視界が悪い中駆けていく。

 ディーレ父はラメッタの前に出て警戒していた。


 来るッ。


 靄が濃くなる。

 ラメッタの前に現れた。

 よく見ると複数同時に迫っていた。


「ラメッタ殿、捕まってほしい。やるしかない」

「お、おう」


 ディーレ父の手を握る。

 刹那、ラメッタは打ち上げられるようにディーレ父とともに打ち上げられた。

 加速魔法を使ったまま跳んで風魔法で加速しながら上昇したらしい。


「人間って見えてないのお? ぷくくく。誘導したんだ」


 プローベは首を伸ばして、ラメッタたちに顔を近づける。

 瞳が膨らんでいて、にやけた口からは気味の悪い青色の液体が漏れている。


「君を狙うとね、ほら」


 プローベは顔を真後ろに捩じる。

 人間は真後ろを見るように首を回すことはもちろんできない。

 その奇妙さがラメッタに悪寒を感じさせた。


「クレーエンッ!」


 ラメッタが声を枯らして叫ぶ。

 ディーレ父の手を取って無防備なまま宙に打ち上げられている。

 後は地面に落下するのを待つだけで身体を動かす余裕もない。

 急降下が始まる、ラメッタの視線の先には大きく魔剣を振り下ろすクレーエンと、待っていたといわんばかりプローベの顔がある。

 靄が向きを変えてクレーエンの胴に向かう。


 駄目だ、魔剣の力で透明になれるのは一瞬だ。

 黒の靄に貫かれれば死ぬ、それを無効化するために透明になり続ければ魔力切れで負ける。

 クレーエン、どうか無事で。


 ラメッタとディーレ父は地面に急降下し、ディーレ父が魔法を掛けて減速しながら地面に着地する。

 視界が広がる靄で何も捉えられない。


「クレーエン」


 ラメッタは叫ぶ。

 そして、ラメッタは大蛇が反応する音や匂いを出すための銃を取り出した。


「わしはここで終わりたくないのじゃ」


 ラメッタは祈る。

 クレーエンは庇うために不利になってしまったのだ。

 何か引き返せないことが起きてしまったら。

 




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