48話 : 伝えきれないこと

 前線である砂漠には大蛇の群れがいる。

 ラメッタは音や匂いを使ってプローベの元に誘き出し、プローベの五つの弱点を砕いてもらうことにした。

 そのための魔道具を作るために天幕に籠る。

 クレーエンが食事を持っていくとラメッタに飛び付かれる。

 ラメッタはクレーエンの想いを吐露した。


 クレーエンは、以前ラメッタのクレーエン大好き発言が聞こえてしまったことで、自身への想いを知っていたが、今伝えられるとは思っていなかった。

 天幕の中といっても二人きりに空間で、互いに熱を帯びていく。

 爆発しそうな状態の中、クレーエンはラメッタの発言を反芻していた。


「わしはおぬしが大好きじゃから、大嫌いだからって、タイプじゃないからって振ってくれ」


 振るとどうなる?

 分からないがクレーエンに積極的に振るという覚悟はなかった。

 振らなかったらどうなるか?

 ラメッタは振ることを前提に話している。


「子供なのは分かった」

「わしはガキやもん」

「やけに素直になったな」

「紅茶はそのまま飲めないからの。七十八才のガキってどうしたらいいんじゃ」


 ラメッタは一瞬頭を抱える。


「それはこれから考えればいいんじゃないか?」

「そうかも」

「近いな、離れていいか?」

「やっぱわし嫌い?」


 円らな瞳がクレーエンを見つめる。

 ラメッタが急に自分のことをガキだというものだから反応に困る。


「熱いんだよ」

「汗臭い?」

「熱いだけだな、俺は汗かいてて臭いだろうが。むしろラメッタは」


 良い匂いって変態っぽくないか?

 クレーエンは留まる。

 ラメッタは心配そうな表情から、拳を腕の前に構えてわくわくした表情でクレーエンを見る。

 無垢な視線が辛い。


「むしろいい匂いか? クレーエンも臭くない、強い感じじゃな」

「強い感じってなんだよ」


 素直モードなラメッタには強くなれないクレーエンであった。


「質問良いか?」

「いつから好きなのとか、どういった意味の好きか? みたいなことかの。わしの好きは一緒にいたいとか手を繋ぎたいとか一緒にお出掛けしたいとか。そんな感じ?」

「うん、分からんな」

「ふうむ、そうかの。男の人ってあれじゃろ、スケベ込みで恋愛じゃろ?」


 ラメッタの爆弾発言に、クレーエンは固まる。

 一瞬考えた末に反応しないことに決めた。


「俺が聞きたいのはな、一人で生きるとかエアデ王国に戻ったら逃げて生きていくとか。そういう楽しくなさそうな生き方を選ぼうとしているのが気に入らないって話だ。ほしいものはほしい、嫌なものは嫌。周りにちゃんと言えよ、意外と苦手だろ。自分のため他の人には特に利益がない、そういった願望を捨てるのが早い」

「クレーエンほしい、一人は嫌じゃ」

「そう言われたからには俺が決断する、判断する。でも言わないと何もできないだろ」

「うむ。クレーエンがほしいって言った。で、どうしてくれるんじゃ、おぬしは」


 クレーエンはラメッタを持ち上げてずらした。

 立ち上がって服に着いた砂を払う。

 乾いているからか簡単に取れた。


「ここからじっくり考えるんだよ。肉も強火で一気に焼くよりも時間をかけて好みの焼き加減になったか確認しながら楽しむタイプだから」

「俺たちは厄介だ、の発言に焼き肉のこだわりが強いみたいな、一緒に食事行くときの厄介さを含めないでくれるかの?」

「辛辣だな」

「一人になりたくない。わしはまだ一人ではなかったから」

「そういうことだ。で、ラメッタの告白は保留だ」

「けち。女の子を弄ぶなんて」

「それは申し訳ない」

「分かったぞ、他に好きな人がいるんじゃな。いないならわしでいいのに」

「急に積極的になって。でも保留だ」

「待っておるから。わしはいつまでも待てるからな、老いないから」

「そこまで待たせる気はない」

「ドキッとした」

「いちいち言うなよ、恥ずかしい」

「すまぬ」


 翌日、作戦会議を開いて立ち回りを確認した。

 少数精鋭で動いていた情報部隊が魔王軍の後退を見たらしい。

 作戦はすぐに決行になる。

 食料も多くは持ってきていない、機会は一度。


 ラメッタは耳にいわゆるイヤホンと、胸辺りにマイクを装着する。

 指示を出しながら大蛇を誘導するのだ。

 クレーエンとラメッタはともに行動する。

 残りは六チームに分かれて大蛇を探す。


「ラメッタ様、あれでは!」


 ブラオンが叫んだ。

 強固な皮膚、溝がいくつも見える長く太い舌、三階建ての城よりも長い胴体、それが六体で身体をくねくねと伸び縮みしながら高速で動く。

 砂埃で正確に見えたのは僅かだった。


「地中に潜る可能性も考えていたが、ここは匂いを使う。気持ち悪くならないように注意せよ!」


 マイクを通して言う。

 一斉に銃のようなものを取り出した。

 大蛇は匂いを検知すると高速で離れていく。


「回って匂いを出し、ひたすら魔王軍の方向に誘導じゃ!」


 大蛇の移動速度が上がっていく。

 軍隊の人々の加速魔法で追い掛ける。

 前線にいた人々が魔法を使えたのは嬉しい誤算だった。


「クレーエン、上手くいっておる」

「ここで苦戦したら魔王軍もくそもないな」

「匂いをここまで嫌がってくれて良かったの」

「戦わなくて済むのは良いな」


 クレーエンに加速魔法を掛けているのも軍人だ。

 国王が前線に出たのは正解なのだろう、一体感がある。

 ちなみに、ラメッタには魔法を掛けずにクレーエンが抱えて走っていた。


「あの蛇疲れないのか?」

「ああ」

「この匂いがあれば襲わえないのか?」

「嫌がるだけじゃろ。最終的にプローベの元まで行けば逃げ場を失う。暴れるじゃろうな」

「そこまで上手い話はないか」


 クレーエンが大蛇を追って走っていると軍隊が見える。

 角や尾、体中に棘を生やしているのが見える。

 魔族だ。


 大蛇を見た魔族は慌てて魔法を放ち始める。


「大蛇の耐久力は?」


 ラメッタがマイク越しに聞く。


「このままでは先頭の大蛇は死んでしまうと思われます」

「援護が必須か。行けるか、クレーエン」

「誰がラメッタを護衛するんだよ」

「わしも付いていく。だから飛び切りの加速魔法を掛けるのじゃ」

「持つのか?」

「そこまで弱くないわ」

「あまり加速するなら酔うと思うぞ」

「本当なの?」


 ラメッタが悩んでいると緑の光に覆われ始める。


「あれれ?」


 ラメッタは戸惑う。

 後方にいた軍人は祈るように魔法を放った。

 クレーエンは抱えたラメッタをゆっくり下ろす。

 ラメッタが走ると足が止まらなくなる。


「こわああああああ、どうすんじゃあああああッ!」


 絶叫。

 ラメッタは加速して魔族に衝突しそうになる。

 魔族が炎魔法を放つ。

 クレーエンは剣を抜いて炎を弾くと、魔族を真っ二つに斬った。


「酔うだろ?」

「酔わない、酔わない。逆に酔わないわ、怖いじゃろ、早すぎじゃろ!」


 ラメッタは(足が止められず)走る、走る、走るッ!

 ただし直線であるために魔族に読まれる。

 その度にクレーエンが前に出て斬り続けた。


 が、ラメッタは急激に速度を落として止まる。

 耐えきれずに前に倒れて手を着いた。

 じんと染みる、血が滲んでいた。

 手を擦りむいたらしい。


「あ、うう」


 ラメッタの前に黒を纏うムカデのような多足で角を三つ持つ怪物がいた。

 全長は大人二人ほどで、無数の足が生えている胴は人型の魔族のように背を

伸ばしている。


 ムカデと人のキメラのように見える。


 上を見上げると白い頭程度の球体が浮かんでいる。

 地面に膝をついたままラメッタは手を白く浮かぶ幻想的なそれに伸ばす。

 瞬間、尾が迫った。

 クレーエンがラメッタを片手が抱えて、剣の力を使う。

 一瞬クレーエンとラメッタの存在が薄くなった。

 尾が通り抜けると色が戻ってクレーエンは加速する。


 それに対して距離を取る。


「ラメッタ、あいつだ」

「そうか」


 その魔族は首を伸ばして上から見下ろしてくる。

 口角を上げて笑う。


「ぷくく、ぷくく。オレは『血も亡きプローベ』、魔王軍四天王が一人。こう見えても乾燥が苦手だからあまり時間稼ぎされるとまた帰らなきゃだよ」


 プローベはクレーエンを見て嬉しそうだった。

 大蛇ももうすぐ辿り着く。

 前線の戦いが始まった。





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