47話 : 決戦の前日譚

 ラメッタの涙が落ち着いたのは食事を終えてからだった。

 食器を片付けると作戦会議に移る。

 ラメッタとクレーエンが気になったことは作戦を立てて実際に動いていくためには必須に思えた。

 なぜ魔王軍の侵攻が遅いか。

 押している、にしては補給が途切れて孤立するという危機的状況を聞いていたことから想像できない。

 やはり魔王軍が攻めきれない理由があるのだろう。


「この砂漠には大蛇が潜んでいる。近年活発化した。補給部隊が互いに襲われる。魔王軍は軍を何度も補給拠点まで後退しながら前線に戻ることを繰り返している。大蛇は賢い、『血も亡きプローベ』がいるときは襲わずに砂の中に潜む。大蛇は集団で動いていて実際は何度も遭遇する。補給部隊が何度も壊滅するくらいにはな。だがお前たちは強者と判断された、だからたった二晩で到着した」

「それでも近いじゃろ?」


 ディーレ父の言葉に、ラメッタが質問をする。


「わたしたちが後退を決めた。食料が尽きたんだ、どうにかして食料が得られないかと」

「大体分かった。なら少しは押している?」

「『血も亡きプローベ』が攻略できていない。魔族の部下は補給拠点に戻る度に増えているが対処できる」

「魔王軍四天王じゃから。幹部と戦ったし相当な手練れじゃな」


 ラメッタは顎に手を添えて考え込む。


「幹部? どこでだ?」

「パパ、バオム国に魔族が潜んでいました。先日戸籍を作成しながら国にいるすべての魔族を倒しました。そのときに幹部が混ざっていたそうです」

「そんなことが。オシュテンが魔道具を作れる魔族を倒したはずだ。あのときは対立を激化させようとしていて逆に利用して殺したと。あの頃からそれなりに潜んでいたのか。対処、感謝する」


 ディーレ父はディーレと話を進める。


「そういえば、向こうで話を盗み聞きしてる大男がシュヴァルツなんだが混ざっても良いか」

「ラメッタ殿、バオムが再統一をなしたのは本当らしいな。来てくれれば良い。ディーレの話を聞く限り立派な国民になったみたいだからな」

「そうじゃ。『血も亡きプローベ』のことを知りたい。攻略できないとはなんじゃ?」

「やつの魔法は高威力だ。加えて速射性に優れる。だが一番は呪殺」

「呪いかの」

「球体を五つ浮かばせていて、プローベはそれ以外の攻撃を無力化している。その真っ白な球体を五つとも壊すと死ぬ、つまりは勝ちだが。一つでも壊すと壊した人間が呪殺される。遭遇時は八つあったが残り五個。大事な仲間が自らを犠牲にした。やつの懐に入れる強者でなければならない、一つでも破壊したら外傷もなく強制的に死ぬ。何かルールがあるのかもしれないが分からない」


 ディーレ父が辛そうな表情を浮かべる。

 脳裏には犠牲になって散っていった優秀な者がいるはずだ。


「ラメッタ、呪いを止める薬は?」

「試す気にはならないな。もしかしたら薬が負けるかもしれない。そしたら死ぬ」

「どうにか分からないのか?」

「全くないわけじゃないが、難しい。薬だって万能じゃないからの、四天王となれば魔王から強い呪いを授かっているじゃろう」

「どうするんだよ」

「一つだけ浮かんだ。大蛇じゃ。あと確認がある」

「わたしが答えられる範囲であれば」

「魔法はどこまで使えるのじゃ?」

「どこまでとはどういうことだ? わたしは国王、それなりに使える」

「今も?」

「そこまで老いていない。昨日を放ってきた」

「やはりじゃな。クレーエン、全力とはいかないが少しだけ魔法が使えるはずじゃ」

「本当か?」


 クレーエンが手を広げる。

 氷の礫が生成され、すぐに砕いた。


「どうして? 離れたからか」


 ラメッタが世界樹を暴走させたため、エアデ王国では魔法が一切使えなくなった。

だが世界樹から離れたバオム国では多少は使えた。

さらに離れた前線ではクレーエンも僅かに使える。

 元から前線にいれば魔法がほぼ全力で使える。


「ここにいる者が魔法使えるなら方法はある。大蛇を巻き込む」

「大蛇を? 上手くいくのか、想像もできないが」


 ディーレ父は引いているようだった。


「上手くいく、それがわしじゃ。バオム国の英雄に任せよ」

「本気で、」

「『血も亡きプローベ』と大蛇の攻略を行う。わしは大天才じゃからの、天幕を一つ借りる。開発の時間じゃ! わしらは必ず勝つのじゃからな」


 ラメッタはさっさと天幕の中へ消えてしまった。


「あいつに自信があるなら、俺たちはその自信に応える準備をするだけだ。あいつはバオム国に入国した瞬間にトゥーゲント連合に誘拐された。でも打ち解けて気づけば一緒にここまで来ている。飯も作って水も確保して、オシュテン派も味方に付けて戸籍を作った。あいつは本気でバオムの英雄になるつもりだ」

「そうか。わたしたちの方が諦めていたのかもな」

「パパ、わくわくするね。バオムがどうなっていくのか」

「ああ」


 ラメッタが道具を作る。

 一度日が暮れた。


 ラメッタの手が空かない。

 トゥーゲント連合の幹部たちで食事を作ることになった。

 ディーレ父、ディーレ、軍人たちも手伝ってくれた。

 クレーエンがパンと干し肉、野菜炒めを持って天幕へ。


「どうだ? ラメッタ。って臭いな」

「匂い、音で追い詰める。蛇の経路は予想すればおおよそ捉えられる。話は聞いた。もうすぐプローベが補給拠点から戻ってくるらしい。つまりプローベを避けた蛇はわしらの拠点とバオムの間に現れる。そこで誘き出して追い詰め、大蛇の群れを出す。じゃが、わしも指示を出すために前に出る。クレーエン頼むぞ!」

「難易度を上げるなよ」

「大蛇だけでは勝てない。おそらく大蛇は仕留められる。その後に弱点を潰す方法がなくなる。いくつか試したいことがあるからの」

「はいはい、分かりました」

「のう、クレーエン。それはわしの食事か」

「そうだ。俺はもう食べたが」

「待ってくれても良かったじゃろ。じゃが懐かしいの。鉄格子の中で食事を運んできたこともあった。レストランで一緒に食べたこともあった。バオム国に入ってから辛いこともあったな。魔族は殺すしかなかった。でも豊かになって、三姫とはスイーツパーティばかりして。楽しかったな」

「ラメッタ」


 食事を置く。

 ラメッタは作った魔道具をクレーエンに見せる。

 銃のようなそれは、先が棒状に伸びていて、その先に黄色の球体が付いている。


「ここから匂いとか音を出すんじゃよ」

「楽しそうだな」

「当然。開発は楽しい、大好きじゃ」

「俺たちは厄介だ」

「出会ったときも言っておったの」

「捨て子ゆえに騎士団に入れられないがその力は利用される俺と、老いないゆえに山奥で生きるがエアデ王国のために尽くすラメッタ。世界樹の実験などせずにゆっくり生きていけばいいと思ってた。だから初めはラメッタのことが、」


 ラメッタは立ち上がってクレーエンに飛びつく。

 クレーエンはわざと倒れた。


 クレーエンがラメッタの横腹を持って密着する身体を離そうとする。

 ラメッタの身体は熱くて、柔らかくて、甘い花のような香りがした。


「ひゃああ」


 くすぐったくて間抜けの声を上げていた。


「どうしたんだよッ!」

「クレーエン。わしはまだまだ子供じゃ。とっくに大人の年齢を超えているのに大人になれないのじゃ。いつまでも紅茶は砂糖入れないと飲めない、お酒はもちろん飲めない、年が大きく離れた人間に憧れてしまう、好きになってしまう。もうガキは嫌だ、でも大人になれない。またわしは一人になる、一人に慣れなきゃ駄目じゃから、」

「ラメッタ?」

「このどうしようもない心を否定してくれ。年上のお姉さんじゃないからって拒否をしてくれ。わしは、おぬしが大好きじゃから、」


 クレーエンの心臓がうるさくなる。

 それ以上にラメッタの鼓動が早い。

 このまま爆発するのではないか?


「大嫌いだからって、タイプじゃないからって振ってくれッ!」


 振るって? 振ったらどうなる? 振らなかったらどうなる?

 分からない。

どうしてこうなった?


 クレーエンとラメッタは互いがそれぞれ良き相棒だった、なのに。

 二人の湯気が天幕に立ち込める。

 蒸し暑くなる、汗が出てさらに湿気を帯びる。





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