46話 : そのわけを聞きたい

 清楚でしたたかな印象のディーレも父に抱き締められている姿は、いかにも子供といった感じで、愛に包まれて思わず頬が緩むようなあどけない少女の姿だった。


「パパ」

「ディーレ姫。わたしはバオムの国王、ツァヒカイト。パパはよしてくれ」


 と言いながらも、ディーレ父は我が娘を愛しそうに撫でる。


「国のこと、申し訳なかった。荒れたまま娘たちに託したことを謝りたかった」

「パパが謝る必要なんてない、生きてさえいれば」

「国はどうなった? 結局エアデ王国の方々はバオムに来てくれるのか?」


 ディーレは抱き締められたまま、父の胸に頬を当てて寄りかかる。

 一言告げる。

 ディーレ父は抱き締める手を解くと、ディーレは後ろにいるクレーエンたちを紹介した。


「エアデ王国から救援が来ました。パパに言いたいことはたくさんあるけど、今ね、バオムは豊かで平和になりつつあります!」

「それは一体」


 ディーレの言葉に父は戸惑っているようだった。

 

「この前線で魔王軍を退けることができれば私たちはバオムで国民とともに発展していくことができます。バオムは変わりました」

「やる気が出た、『血も亡きプローベ』を討ってさっさと帰ろう」


 ディーレ父の表情が変わる。

 真剣な眼差し、王としての威厳。


「勝てるのか?」


 聞いたのはクレーエンだ。


「勝つ。君は誰かね?」

「エアデ王国から魔王軍を倒すためにやって来た戦闘員だ。名前はクレーエン、育ちは悪い、というか騎士団に拾われた実際の出自は分からない。ろくに教育も受けていない、礼儀というものは苦手だがその分戦いなら役立てる」

「君が王国から来たのか」

「ああ。だから聞きたい。無策なら無駄死だろ。それと今の状況と聞いていた話が違いすぎる。ラメッタも気にはなっているだろう」

「まあの。補給部隊が物資を届けることができなくなって孤立していると聞いたわりにはこの拠点は近すぎる。それとなぜバオムと魔王軍は一進一退の攻防を続けている? この戦場には何かあるのかの?」


 ……。

 幼い、娘?

 ディーレ父は娘でもクレーエンでもなく、娘よりも幼い少女が前に出て話す状況に、どのように反応すればいいのか困っている。


「ラメッタ様を上手く伝えるのは難しそうです。嘘をつきます、許してください」

「お、おう」


 ラメッタは世界樹の花粉を浴びて老いることがなくなったため、見た目は十三才のまま止まっている。ただし実年齢は七十八才で、それをディーレ父に説明するのは困難を極める。


「ラメッタ様は立派な魔道具職人でエアデ王国から来てくれた方です。技術力はエアデ王国でも評価されていて、実際にバオムの食糧問題、水資源問題を解決してくださりました。それもあって、再び国民の支持を得られ、戸籍を作り直し、ようやくパパに会いに来ることができました」

「この方が」


 ディーレ父はラメッタの柔らかそうな小さい手、小柄な背、丸々とした瞳、薄赤色のショートカットを見る。

 子供にしか見えないが娘のディーレが騙す理由もない。


 一方、ラメッタは少々不機嫌だった。


 そりゃ、わしはまだ子供だし、成長したら傾国の美女やから呪いを止める薬は飲まなければならないが、でもバオムの食糧問題に取り組んだのはわしやし。

ディーレ父の混乱を避けるためだろうが、胡散臭い感じになるのが気に入らない。


「そうじゃ。じゃからこの拠点を近く感じた理由を、……」


 そのとき、ディーレ父の背後にいた部下たちが馬車を見て指をさしていることに気づく。

 部下たちは虚ろな目、頬も腹も痩せ型、動きは鈍い。


「食料不足は間違いないようじゃな。長く滞在する気はないし父娘の再会を祝してたくさん食べよう。わしがバオムに来てから作ったものばかりじゃ。すべてバオム産のもの、わしの実力を認めるにはちょうど良いのではないか?」

「ラメッタ様私も手伝います」


 ラメッタは心配そうにクレーエンを見る。


「俺は手伝わない。応援だけしているから安心しろ」

「その、クレーエン拗ねたのか?」

「いや」

「人にはできることとできないことがあって互いを認め合えればいいからの。な、クレーエン」


 料理を含めた家事全般禁止令が出ているクレーエンを慰めたつもりが、ラメッタの言い方は煽りに聞こえてしまう。


「斬っていいか?」

「クレーエン怒った? ど、どうしてじゃ、わし何もしてないじゃろ!」

「分かったから。料理進めてくれ」


 クレーエンが折れて。

 トゥーゲント連合も呼んで料理を行う。

 ディーレ、ラメッタが作った野菜スープとパンが完成した。

 地面に容器を置く。

 ディーレやラメッタは足や服を汚さないようにしゃがんで、野郎どもは何も考えずに胡坐をする。

 拠点にいた方々はディーレ父を囲んで楽しそうに、ディーレの幼少期の話で盛り上がっている。ディーレは恥ずかしそうにしながら、先ほど話していた父や他の貴族たちの髪を千切って舐めたり手に巻き付けたりといった黒歴史をさらに話してしまわないか警戒していた。


「仲良い親子だな、会えて良かった」

「そうじゃな。わしは親を失うのが早かった。年を取らないわしを見て考えることもあっただろう。表面は平気そうだったが抱えるものが大きかった。クレーエン、呪いを一時的に止める薬は開発まで時間が掛かった。一番欲しいときに間に合わなかったんだ」


 クレーエンに話すラメッタは涙を堪えているようだった。


「俺は早く国王たちに混ざって話が聞きたい」

「わしもじゃ」

「だけど、もう少しだけ二人でいよう」


 ラメッタは自ら傷つく話をしたらしい。

 クレーエンはラメッタの好意を知っている、それがラメッタからするとどの程度からかは分からない。だがラメッタの気持ちが落ち着くなら、クレーエンは一緒にいたいと思った。


「ふえ?」

「驚いて変な声を出すなよ。俺なんか親の顔も知らない」

「そうじゃったな。この戦いが終わったら、わしはエアデ王国から逃げるのも手だと思う。そのときクレーエンにはわしを捉える仕事が与えられるかもしれない。でも私は逃げ切ろうと思う。痛いのは、もう嫌じゃから」

「捕まえるつもりだが、一体何を言ってるんだ。また魔族と戦う任務が与えられる。じゃなきゃ死刑執行だぞ」

「だから逃げ切るのじゃな」

「俺から逃げ切れると思うか?」

「無理じゃろ、忖度がなければな。クレーエンがわしを見逃すつもりじゃなければ」

「分かった。俺は監視失格かもな。この戦いが終わったら考えてみる。そのとき、もしかしたら俺は見逃す。だから自由に生きろ。だから、」


 ラメッタは、もう野菜スープは薄くて飲めたものではないと思う。

 パンは小麦の香りがしなくなって美味しくないと思う。


 ラメッタの手は震えている。


「だからラメッタ、泣かないでくれ」

「泣いてないもん。泣いてないもん、わしは子供じゃないもん、大人じゃから、クレーエンのことなんて知らないもん」

「ん? 俺? どうした」

「わし、一人で生きるッ!」


 やっぱりそうだ。


 この少女は、お人好しで好奇心が人一倍強くて、優しくて、いつも人のことを思って、クレーエンが拗ねたときもどうしたら許されるかと姫たちと大会議を開くような、国を一つ救ってしまうような、でも既にエアデ王国を豊かにしつつも悪者にされるような、まさに何年も子供のまま常に考え続けて生きてきた人だ。


 この人は、


「ラメッタ。世界樹を暴走させたのは段階的な開発をする余裕がいつもより少しだけなくて、それで失敗に限りなく近い成功になってしまった。焦ってしまう、できればいち早く成功したかった」

「そうじゃな」


 それって。


「今までずっと、さびし」


 寂しかったんだろ?

 その声が届く前に。


「ラメッタ様! クレーエン様に何を言われて、クレーエン様に泣かされたんだ」


 シュヴァルツが話に入ってきて。

 クレーエンは話どころではなくなった。

 





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