9章 『血も亡きプローベ』

45話 : 父を探して

 ラメッタがオシュテンとともにクレーエンの元へ向かっていると、既にシュヴァルツたちは戦いを終えていた。シュヴァルツたちは余裕があったのか魔族たちを拘束している。


「よくやった」


 走りながらトゥーゲント連合の者を褒めると、切り替えてクレーエンを目指す。

 オシュテンは不機嫌ながらもラメッタに付いていくのは、ラメッタの安全を確保するためだ。


「ラメッタちゃんはクレーエン兄さんのことになると必死だね。あれほど強い人間ならまだ生きてると思うけどね」

「オシュテンはまだ戦えるか?」

「追加料金が発生するかもね。キスとか」

「それでも頼むかもしれない」

「嫌じゃ! と叫んでくれた方が僕の心は安寧だよ。全く乙女な感じ?」

「そういうことじゃなくて、あれでも最高戦力じゃから」

「ふうむ。好きな人の好きな人ってのは複雑なものだね」

「おぬし苦手じゃ!」

「怒らないでほしいね。僕かクレーエン兄さんしか倒せないようなのと戦ったんだ」


 人通りの少なく建物が林立する区間に入った。

 そこを抜けると、更地だ。

 ラメッタは悪寒がした。

 オシュテンは興味深そうに足を止める。


「さて、どういうことだろうね」

「あ、ああ……。クレーエン、どこじゃ。一体どこに」


 ラメッタは何もない場所で走り回る。

 見渡す。


「あ、魔族の亡骸」


 その刺さった跡に何があったのか、ラメッタは察する。

 オシュテンはやれやれと、それでも愉快そうに笑っていた。


「で、あやつはどこ行ったんじゃ?」

「ラメッタちゃんを置いて逃げたんじゃない?」

「逃げてどうするんじゃ。クレーエンはわしの監視が仕事なのに」

「う? 監視ってなんだい?」

「ん?」

「何を隠しているのさ。魔道具職人として腕があるから牢を出してもらって魔王軍と戦うことになった罪人みたいな感じかな?」


 ギクッ、ラメッタの肩が震えた。

 オシュテンがその隙を逃すはずがない。


「狂乱科学者だからね、何をしたの?」

「言わぬ」

「分かったよ。城に戻ろうか」

「そうじゃな」


 城に戻ると広間にはトゥーゲント連合の長であるシュヴァルツと幹部であるブラオン、筋肉ムキムキのヴァイス、痩せ型のグリューンがいた。

 拘束した魔族は気絶したまま床に並べてある。


 ディーレ姫と執事、従者もいて。

 傭兵も二人腕や足に切り傷を作りながらも戻っていた。

 ちなみに、傭兵もシュヴァルツたちと動いていた。


 オシュテン派は長のオシュテンを除いてここにいない。


「クレーエンはどこじゃ?」

「自室で休んでいます。ラメッタ様、って」


 ディーレが答えるとラメッタは慌てて行ってしまう。

 

クレーエンは無事か?

魔族には勝利した、でもクレーエンを実際に見なければ安心できない。


「クレーエン、大丈夫かッ! ……大丈夫そうじゃな、ふふふ」


 ベッドでクレーエンはベリッヒを抱き締め、チルカがクレーエンに抱きつくような体制ですやすやと眠っていた。

 クレーエンは人が心配しているというのに女性陣と一体何をしているのか?

 年上好きと言いながら実際は女の子ならば何でもいいのか?

 でも自分は駄目なのか、身体が十三才、年齢は七十八才という複雑さから自分だけがあの距離感では、と考え込んで必死に振り払う。


「チルカ起きたの」

「うむ。何をしておる?」

「ベリッヒ姉も含めてね、頑張ったクレーエン様によしよししてたの」

「ほう?」


 ラメッタは無意識にも眉をぴくりと動かした。


 これは怒り?

 それをクレーエンに押し付ける理由にはならない。

 年上が好きと言っておったじゃないか! なんて言っても唖然とするだけだろう。

 ただの死刑囚(笑)と監視の関係でしかない。


「元気そうならいいんじゃ」

「応急処置だけですわ。魔法薬作れるなら傷もどうにかできますか?」

「できるが、有効期限が短いからの。回復薬というのはすぐ劣化してしまう。今から作るのじゃ」

「ラメッタ様、わたくし。戸籍を作ってくれたのも、魔族を倒してくれたのも、豊かにしてくれたのも感謝していますわ。クレーエン様を返します。ラメッタ様、クレーエン様はたくさん考えてますわ。ラメッタ様のことたくさんです。ラメッタ様もクレーエン様を考えています」


 ラメッタは察して身体を熱くする。


「な、何を言ってッ」

「人の恋路は邪魔しませんわ。バオムが良くなれば姫として他国に嫁ぐこともあるでしょう。その覚悟も決めたのです」

「おぬし、それはまだ気が早いじゃろ」

「そうかもしれませんわね。チルカ、行きますよ」

「やや、チルカね、ラメッタ様ともクレーエン様とももっと遊ぶのッ!」

「チルカね、それは今度。ここからがラメッタ様の使命ですよね。前線に出て魔王軍と戦う。どうかお父様を見つけてください。生死は問わないので……」

「生きておる、無責任だがそう言わせてもらおう。統率者がいないならもっと早く信仰されているはずじゃ。まだ間に合う」


 ラメッタはチルカの頭を撫でる。


 チルカとベリッヒが起き上がると、クレーエンも目を擦っていた。

 二人の姫がベッドから離れる。

 目を開けたクレーエンの先にいたのは、腕を組んで仁王立ちのラメッタがいた。

 クレーエンは驚いて飛び起きる。


「なんじゃその反応。やましいことでもあるんか?」

「俺は勝ったけど身体はボロボロだったらしい。オシュテン派の人たちに見つかってここまで運んでもらった。心配かけた」

「別に心配などしておらんし」

「怒っているのか?」

「違うわい! で結局バシュルスはオシュテンが倒した」

「あのとき逃がさなければ良かった」

「もう終わったことじゃ。あと包帯、怪我してるんじゃな。今から回復薬を作る」

「作り置きとかないのか?」

「劣化しやすいからの。大量に作ってやる。それでチルカ姫、ベリッヒ姫の父を探そう」


 ラメッタは広間に戻ると指示をして材料を集めた。

 調合したそれは怪我の痛みを一瞬にして癒す。

 傷口も塞がっていく。

一方で猛烈に痒くなるため、文句を言うやつもいて、オシュテンが睨みを利かせていた。


「オシュテン、前線には来るな。シュヴァルツも三姫もじゃ」

「私は戦えますわ。ラメッタ様、行きます。姫の仕事です」

「じゃがその間国はどうする?」

「大丈夫ですよ。オシュテンさんとシュヴァルツさんがいれば。でもまだ戦力はほしいので、」


 ディーレは困った顔をするが、シュヴァルツが応えた。


「俺は行こう。それに幹部連中も。再び反乱を起こさないようにするには頭も切れるオシュテンの方が良い」

「分かった。ディーレ姫も来るのか?」

「行きます。戦えます」

「クレーエン、どうする?」

「いいんじゃないか」

「楽観的じゃな」

「ディーレ姫は俺たちが何を言っても行きたがる。拒否をし続ければ荷物に紛れてでも来るだろ。一国の姫を荷物として鉾ぶのは憚られるだろう」

「極論じゃが、ディーレ姫に来るなというのは難しいか」

「私は前線を見たいです。戦います」


 ディーレの瞳には強い意志が宿っていた。


 結局前線には傭兵二人、クレーエン、ラメッタ、ディーレ、トゥーゲント連合で行くことになった。

 回復薬を使って怪我を治す。

 それから一日休んで荷物を纏めて。

 翌日には馬車を使って進む。

 馬はディーレがどこからか買い付けた。


 二台で向かう。

 たった二晩で前線に着いた。

 それだけ近かったらしい。

 拠点らしい天幕を見つけて馬車を止める。


 恐る恐る拠点に行くと、大剣を背に収める大男が出てきた。

 天幕から大声が聞こえてきて、ぞろぞろと鎧を着た男たちが現れる。


「パパ」


 ディーレの瞳には涙が浮かんでいた。

 パパと呼ばれた男はディーレを抱き締めて、


「どうしているんだ」


 と嬉しそうに、でも堪えながら言うのだった。

 ここは戦場、しかも前線だ。

 一国の姫が来ていい場所ではないだろう。






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