44話 : 統一祭の決戦

 バシュルスの空間消去で注意すべきは二つである。

 一つ目は触れられると身体の一部を消去できることである。

首や胴を消去されると即死攻撃になってしまう。

 二つ目は空間消去によって消えた空間は元に戻るまでの数秒間存在しないものとなるため瞬間移動するときに利用されることである。つまり、バシュルスは瞬間移動で容易に攻撃を避けたりオシュテンの背後を取ったりすることができる。


 加えて、バシュルスは周りに空間消去の力を張っているため、魔法攻撃やオシュテンの大蛇の加護である赤い光はバシュルスに触れる前に消えてしまう。


 オシュテンはバシュルスに傷一つ付けられないまま、一方的な蹴りを受け続けていた。

 汗をかいて息を切らす様子からオシュテンには余裕がないことが分かる。

 今立ち向かっているのはバオム国を好き勝手したことに怒りを覚えているからである。


「オシュテン。やつは直線状にしか瞬間移動できぬ」

「らしいね」


 オシュテンは背後やすぐ前方に現れるバシュルスから繰り出される蹴りに何度も飛ばされる。その度に日傘の先の小さな翼を動かしてバランスを取って着地する。


「瞬間移動の直後は空間消去が使えない。数秒。確かにクレーエンと戦っておったときもそうじゃった。もし空間消去が使えるなら蹴りを入れれば即死のはずじゃ」

「そうだね、変だ。で、僕はどうやって攻撃したらいい? 瞬間移動後の僅かな時間しか機会がないのなら流石の僕でも厳しいよ」


 オシュテンの背中に赤い光が羽のように広がっているのが見える。

 バシュルスが瞬間移動してオシュテンの背後に来ると回し蹴りを決める。

 オシュテンは赤い光でできた羽を動かして威力を軽減する。

 そのままバシュルスに向けて赤い光を放ち拘束した。


「ラメッタちゃんの言うように隙を突いた」

「悔しいが上手くいかないだろうな」


 ラメッタは憎たらしそうにバシュルスを見る。

 赤い光はバシュルスと触れているすべての部分で消滅した。


「空間消去が使えない時間があまりに短いね。クレーエン兄さんはどうしてたのさ?」

「空間消去はいつも使えるわけではない。クレーエンのわしが作った魔剣は消せなかった」

「ふうん。それってラメッタちゃんが作った特性だよね、僕は妬いてしまうよ」


 オシュテンはムスッと頬を膨らませて言う。


「日傘ならどうじゃ?」

「丈夫だし上手くいくかもね?」


 バシュルスがオシュテンの目の前に瞬間移動してきた。

 オシュテンは傘を閉じる。赤い光を帯のように操ってバシュルスへ伸ばす。

 光がバシュルスに触れると消えた。


 その刹那。


 オシュテンは傘を突いてバシュルスを吹き飛ばした。

 地面に尻をつく。


「いけるのか。いいね!」


 オシュテンが傘を突くようにして追い打ちをかけようとすると、バシュルスは瞬間移動でオシュテンの背後に回っていた。

 敵が背後にいるにも関わらずオシュテンは落ち着いている。

 鷹揚と獲物を狙う強者の余裕、笑みを浮かべて後ろを振り返る。


「魔道具、その三。ここまでの隠し玉を使わせるのは大したものだ。昔買い付けたものだけどね、ラメッタちゃん見たことある?」


 棘の生えた栗の塊のようなものをバシュルスに投げる。

 閃光を放った。


「飛びきり優秀な魔道具だから例の魔族ではない、予想通りかな?」


 オシュテンはラメッタに語りかける。

 ラメッタは懐かしそうにその棘を見た。


「わしのじゃな」

「だと思ったんだ」

「オシュテンは勘が良いの」

「好きな人のことは注意深く見てしまう。そういうものだろう?」


 強烈な閃光を浴びたバシュルスはふらつきながら、頭痛に耐えようと手を頭に添える。


「何が起きて」

「この道具、面白いよね。広範囲に強烈な閃光を放つ。その後、最も近い対象を除いた生命体は閃光の影響を回復させる。変わってるよね」


 オシュテンは日傘でオシュテンを薙ぐ。

 バシュルスは上手く空間消去が使えずに僅かにしか動けず、オシュテンによる打撃を受けて地面に膝をついた。


「魔族さん、これはどうかな?」


 バシュルスは何度もオシュテンの日傘に殴られる。

 オシュテンを睨んだ。


「私はお前の身体がほしい、かわいくなろう」

「来るぞ、オシュテン。魔法攻撃だが、オシュテンにとっては」

「そういうことね。僕の愛しき人、よく観察し判断できている」


 バシュルスは白と黄が混じった魔法を束ねながら放つ。

 激しく空気が割れるような音がした。


「悪手だね」


 オシュテンのピアスから稲妻が走る。

 バシュルスの魔法が薄まっていく。

 オシュテンは傘を前方に向けたまま広げる。

 魔法は傘に弾かれていて、オシュテンは駆けて迫っていく。

 赤い光がオシュテンの背から伸びてきて、ついにバシュルスを捉えた。


「ッ!」


 バシュルスは身動きが取れない。

 魔法が消えた。


「魔法攻撃中は瞬間移動できないって性質だね。理由は簡単」


 バシュルスは瞬間移動してオシュテンの背後に現れるが、オシュテンは予想通りで余裕の表情のまま振り返らない。


「空間消去を使うと魔法が消える。ゆえに格闘技術で戦うことになる。決定打にならないと考えて魔法に切り替える。僕を捉えることができれば空間消去は一撃必殺になり得るけど上手くいかないなら魔法の方が望みがあるってわけか」


 オシュテンの傘の先に小さな拳程度の翼が生える。

 風を掴んでオシュテンが浮いた。

 その浮力を利用して翻ると、そのまま後方のバシュルスの頭に傘を振り下ろす。


「この傘、加速魔法とかも付与されてて。便利だよね」


 バシュルスは地面に倒れる。

 続いて、オシュテンに蹴り飛ばされ、傘で腹部を突かれた。


「痛い、痛いよ」


 ラメッタは魔族をじっと見て口をパクパクさせている。

 まだラメッタは甘さを捨てきれていないのだろう。

 オシュテンは呆れて頭を掻く。


「こいつは人間を殺し過ぎている」


 オシュテンはラメッタのぼうっとした視線を浴びながらバシュルスに近づく。


「それで魔族に勝ったつもり? ねえ」

「僕の勝ちだろ?」


 赤い光が倒れているバシュルスに強く絡まる。


「この光は大蛇の加護。魂ごとを拘束する。もう何もできない」

「私はできないよ、分かってる。でもこのままバオム国が存続できると思うな。この国にはファグロ様がいる、四天王様も侵攻している。この国はどうせ終わりだ」

「負けといて何を言ってるんだい?」


 オシュテンの冷たい瞳がバシュルスに刺さる。

 傘の先でバシュルスの腹部を押す。


「ファグロ様がいる、ファグロ様があ!」

「そいつはクレーエンが戦っておる」


 バシュルスがもう戦えないと理解すると、ラメッタはバシュルスに寄る。


「勝てない、それに、『血も亡きプローベ』様が来る。なす術もなくお前らは負ける」

「勝つんだよ、僕たちは」


 ピアスから無数の稲妻が放たれる。


 バシュルスは死を悟った。

 天を見上げて、まだ何とか動く手を伸ばす。


「負けました、ファグロ様」


 もう既に愛する方を失っていることをバシュルスは知らない。


「私に幻滅しますよね。このメイドに、掃除が下手くそなのに弱くて。これでも頑張りました、幹部としてファグロ様の隣に並べるくらいには。私、ファグロ様が大好きッ!」


 その声は稲妻にかき消される。

 煙が上がった。


 こうして、『所定亡きバシュルス』はオシュテンによって倒された。


「行こうか、クレーエン兄さんのところへ」

「ああ」

「せっかく強そうなの倒したんだ。ご褒美に抱きついていいかい?」

「はあ?」


 ラメッタは白い目で見た。

 無言の圧をかけているつもりだが、オシュテンはラメッタがじっと見てくれるのが嬉しいらしい。笑顔で応えた。


「おぬし苦手じゃ、やっぱり苦手じゃ!」

「僕はこんなにも愛しているのにね?」


 オシュテンはラメッタの頬を撫でる。

 ラメッタは不機嫌になってムスッと頬を膨らませる。

 それでもオシュテンはラメッタの目を見ようと屈みながら顔を近づけてきて、ラメッタはオシュテンの苦手意識を強くするのだった。






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