42話 : ラメッタと二人で

 ファグロとクレーエンの力は拮抗していた。

 クレーエンの剣が届くとファグロが受ける。

 そして、ファグロが身体を反らして剣を流すと一突きする。

 一方クレーエンはファグロの突きを跳んで避ける。

 地面に着地すると槍の柄を蹴ってよろけたところを剣で仕留めにかかる。

 しかし、いつも残像しか捉えられず、結局その剣を受け止められる。

 その繰り返しだった。


「俺の得意とする魔法は振動だ。魔法が使えるときのお前と戦いたかった。少し予想外だ、予想外に」


 ファグロの槍が二つに見える。

 クレーエンは何とか受け止めたはずが、その刃先がぶれてクレーエンの肩を突く。

 地面を踏んで堪えることもできた。

 クレーエンは続く刺突を見定めて敢えて吹き飛ばされる。

 あの刺突は確実にクレーエンの首を貫いていた。


「予想外に弱いなあ!」

「うるせえよ」


 クレーエンは唾を吐く。

 服の砂を払った。


「続くぞお!」

「いつまでもぐちぐちと。舌でも噛んでいろ」


 ファグロの槍を受けると、急激に力が加わってクレーエンの剣が弾かれる。

 刺突、クレーエンは風魔法で後方へ加速し、炎と水を放って煙とともに姿を消した。


「下手な時間稼ぎよな」


 ファグロは地面に手を置く。

 揺れた。

 クレーエンはバランスを崩しそうになって跳んで体勢を整える。

 額に汗が浮かぶ。


「振動の魔法か?」

「煙、小賢しいなあ」


 一瞬辺りが黒くなる。

 黒い靄のようなものが消えると煙も消えていた。


「呪いの闇。小さいものを飲み込む力、煙くらい簡単に消せる。正々堂々としないなら呪いも使うだけだあ」

「お前が勝手に決めてるだけだろ、騒がしい」

「元気だなあ。行くぞ」

「黙ってかかってこいよ」


 刺突、クレーエンが避けても肩を、腕を、腿を貫く。

 頭や胸、腹部を避けることはできているが外傷が増えるのは苦しい。

 クレーエンは一度下がった。


「臆病だな」

「無謀でないだけだ。振動の魔法、少しは分かった。だが」


 弱点までは分析できていない。

 攻略法が分からないまま続ければ負ける。

 ラメッタがいれば作戦を練ってくれただろうか?

 いや、戦いの専門はラメッタではなくクレーエンだ。


「さっさと終わらせるのも手だなあ」

「仕方ない。魔法が使えないんだ」

「諦めたかあ? 逃がさないぞ」

「いや。戦うのが俺の専門だ。だから魔剣にあまり頼りたくなかった。頼ればあいつの小さい背中に並べない気がしてたから」

「切り札か?」

「ああ。俺がラメッタに頼らないことで力を示したかった。だがあいつからすれば魔法を再現するだけではなくて、魔剣ゆえにそれ以上に戦いやすくなるのを期待してたらしい。この剣は魔道具職人ラメッタの最高傑作だ。相棒を信じる、二人で勝つのも一興だ」

「絆ってやつか、美しいなあ、散らしてやるかあ」


 ファグロは槍を構えてクレーエンに迫る。

 風が吹いた。


「力が良く分からないなら、強さだけで捻じ伏せるッ!」

「急に元気になったなあ」


 槍がクレーエンの頬から僅かに逸れる。

 そして、槍は頭一つ分下がるとぶれながら、視線で追えないように振動しながら、クレーエンの目を貫かんとした。


 クレーエンは笑う。


 ファグロは下がろうと振動魔法を発動して地面と空気を揺らそうと考えるが間に合わない。

 ならばいっそ。

 槍の先に魔法を集中する。

 逸れた刃先でも全力の魔法を放てばクレーエンの攻撃を避けられる。

 振動魔法を受ければクレーエンも無事では済まないはずだ。


「?」


 何も起きない。

 クレーエンはそこに剣の刃を横に向けたまま立っているし、ファグロは槍をクレーエンの頬から反らしたままじっとしている。


 ん?


 どういうことだ?


 何も起こらない?


 ファグロは異常さに気づくのに遅れた。

 今、クレーエンに刺突を避けられたファグロは再び振動魔法を乗せて攻撃した。

 しかし僅かに逸れてしまい、隙を作ってしまう。

 クレーエンの会心の一撃を受けることを恐れたファグロは振動魔法を槍の刃先に集めて放つ。

 一瞬の判断だった。

 その結果が何も起きない?


「まずは一発ッ!」


 クレーエンの剣がファグロを斬って吹き飛ばした。

 ファグロは地面に倒れる。

 立ち上がったときには、二本の角と鱗を露わにしていた。


「隠し玉か。辛いなあ」

「魔力消費は少なくないからな。だがもう大丈夫だ」

「そうかあ? 俺は魔族本来の身体を取り戻したが?」

「斬られて使い物にならないだけだろ」

「強いなあ。時間稼ぎをして良かったなあ。仲間の『所定亡きバシュルス』はオシュテンを倒すために動いている。クレーエン、行かなくて良いのかあ? 死ぬかもしれないぞ」

「あいつは図太い。それに、お前もあの魔族も俺を警戒しているようだが、一番警戒すべきなのはラメッタだと思うぞ。この魔剣も、魔族を調べる花も、魔族を炙り出すための統一祭、戸籍作りもあいつの作戦だ。魔族はな、あいつに負けるんだ」

「つまり?」

「オシュテンは負けるわけがない。あのガキが行く、ラメッタがいる。諦めろ」

「まさかあ。この戦い次第で負けるかもしれないのか。責任を押し付けるわけか」


 大地が唸る、空気が鳴り響く、風が吹き荒れる。


「ならばこれで」

「読んだ」


 クレーエンが駆ける。

 揺れる大地で必死にバランスを保ちながら走る。

 ファグロは槍から振動を出して斬撃のように飛ばす。

 クレーエンをすり抜ける。

 すぐにクレーエンが目の前に来た。

 刺突、しかし簡単に避けられて剣で槍の柄を斬られる。


 ファグロは拳に魔力を込めて殴ろうとする。

 クレーエンは槍の刃先を掴んでいた。

 その刃を拳に刺すと、ファグロは高速で回転しながら後方へ飛ばされる。

 その間も高速で回転して皮膚が剥がれて空を舞い、骨は砕けて、折れた角が横たわる。

 クレーエンはファグロが槍に振動魔法をその場で込めていると考えていたが。

 既に振動魔法を取り込んでいて、適宜解放していたらしくクレーエンの対応が遅れていた。


 だが、槍自体に魔法が込められてると分かれば、クレーエンの対応力に叶わない。


「生きてるか?」

「身体は丈夫だ。だがこのたった一撃で勝負は決してしまった」

「なぜ諦めた?」

「分からない。俺は自分にがっかりだ。槍に魔法を込めすぎた、利用された。つまらない負けだ。命乞いはしない」

「僅かな時間だけ俺の存在が認識されなくなる。まあ一瞬互いに干渉できなくなる技らしい、ラメッタの発明品はよく分からないな」

「その技術、魔王軍にあれば人類はとっくに滅ぶかも」

「魔法が使えたらそうはいかないはずだ。人類には先鋭がいる」

「確かにそうだ」

「素直だな」

「ああ。お前たちはこの国の英雄になるだろうな」

「知らないな」

「それにこれから魔王軍四天王『血も亡きプローベ』と対峙する。やつの呪いは完全攻略不可能だ」

「いいのか、そんなに話して」

「どうせ死ぬんだ、勝手にさせてくれ。だがな」


 ファグロは青い血を流していた。

 目を閉じる、開けているのが苦しいらしい。


「お前たちなら、四天王様をも倒してしまうのだろうな」

「そのつもりだ」

 

 クレーエンが魔剣を立てて皮膚が大きく剥がれて鱗がない部分に突き刺す。

 もしすべて鱗に包まれていれば斬るのは困難だったはずだ。

 刺されたとき、その魔族は少しだけ笑っていた。


 四天王幹部『均衡亡きファグロ』は、最後は静かに撃たれた。


 クレーエンは服を破って止血をする。

 痛みを堪えながら来た道を戻ることにした。

 早期決着はたまたまだ。

 あのまま続けていればクレーエンは無事だっただろうか?

 終わった戦いばかり反省しても意味はない。

 バオム国にはまだ魔族がいるのだ。




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