41話 : 均衡亡きファグロ(2)

 クレーエンとラメッタは茜色の空の下で魔族を探していた。

 登録してない(まだ戸籍を作成していない)人物に向けると光る棒と、魔族が触れると色が変わる花をカプセルに入れたものをいくつか持っている。

 基本的に家にいる場合は魔族かそうか分からない。

 一軒一軒探すのは元々非効率だが重要だと考えていたラメッタは、戸籍作成のついでに住居登録もしておいた。

 そのため、指揮棒のような棒を向けることで、登録していない建物に対しては棒が振動することになっている。オシュテンにもシュヴァルツにも持たせてある。


「もう十軒くらい未登録の家があったが誰もいなかった。日が暮れるぞ」

「そうじゃな。ちとまずい」

「ああ。前に戦った魔族をまだ見ていない。なかなか強かった。死人が出てもおかしくないな」

「クレーエン、わしは間違えているよな。もっと安全に魔族を倒す方法もある気がする」

「分からない。だがバオムから魔族を消す方法としては悪くないように思う。俺は文句を言える立場でもない」

「そうか。わしはどうするのが正解か。やっぱり分からぬ」

「ラメッタのこと何でもできる化け物だと思っていた」

「できぬ」

「できないからこそ、今は親近感がある」

「だから愛おしいと思ってくれるのか?」

「そんなこと言ってないが?」

「言ってくれてもいいじゃろ」


 冗談で言っているのか分からない。

 でもクレーエンはラメッタが自分を認めてくれていることを知っている。

 ラメッタが自分のことを兄のように思って、大好きというのはさておき。それに関しては聞かなかったことにしてもいいくらいだが。


「あ、震えた。ここじゃ」


 ラメッタに言われて、クレーエンは扉を開ける。

 埃っぽくかび臭い。

 湿っている、……赤い、鉄臭い、それは。


「魔族じゃ、持ってた花が広がって」


 カプセルに詰めていた花はカプセルを割って、中から枯れた青い花を出していた。

 目の前の男はその花を見ながら微笑んで顎を触る。


「ふむ。魔族を見つける花かあ。知ってるなあ」

「知ってるか。じゃが、すべて花の色を変える違和感。一体どういうことじゃ?」


 ラメッタが下がって、クレーエンは剣を構えて前に出る。

 男はクレーエンを見ると頭を掻きながら扉を指差す。


「ここは狭いなあ、強者よ。外で遊ぼう」

「ここで、斬るっ!」


 クレーエンが男の首に刃を当てる。

 男はにやりと口角を上げた。

 剣が弾かれる。


「俺は、『均衡亡きファグロ』だあ。この国にいる魔族で一番偉いことになってるなあ。強者、外で戦いたい。この家が消えるかもしれないからなあ」

「分かった、行こう。その代わりに、この娘を逃がさせてくれ。戦闘員ではないからな」

「甘いな。だが許そう」

「行かせてくれるらしい。ラメッタ、逃げろ」

「はあ? 何を言っておる」

「前の魔族よりも強い。またラメッタを狙われたら負けるかもしれない」

「足手まといなのは分かっておる」

「やるべきことがあるはずだ」

「わしのことは庇う必要はないんじゃ。だってわしは、」

「行け。ラメッタにはすべきことがある。あの魔族を探せ、攻略法を理解してなければ負ける。行ってこい」

「クレーエン、任せる」

「相棒、それはこっちの台詞だ」


 ラメッタはクレーエンに言葉を遮られて諦めた。

 クレーエンに言わなければならないことがある。

 でもその余裕がないのであれば、仕方なくバシュルスを探しに行くしかない。

 ラメッタが駆けていく。


「あいつは足が速くない。少し待ってくれ」

「そうかあ? まあいいが。お前は強い、足止めするだけでも価値があるからなあ」


 ファグロは足元に転がる青い花を踏みつけて地面に擦った。


「あいつが魔道具職人かあ。優秀でなにより」

「そうだろ」

「今、大量の魔族を放った。逃がしたのはお前と戦いながら殺すよりも外の魔族に殺させる方が容易だと思ったからだあ」

「なら間違いだ。バオムは魔族に勝つ」

「そうかあ? あの娘と姫を殺す。余裕があれば憎きオシュテンを殺す。国の機能を止めるんだ」

「オシュテンは強い」

「あいつはうちの魔道具職人を騙して殺してるからなあ。肝が据わっている」

「だろうな」

「でも俺たち魔族はよお、身体能力も魔法も人間より上位の存在ってことだからよお。みんなお前みたいに強いわけじゃないからなあ」

「ラメッタは誰よりも強い。戦えるぞ」

「肉体のつくり、魔力の流れ。見ても強く見えないなあ」

「その誤算は高くつくぞ」

「威勢がいい。そろそろやろう」

「ああ」

「お前呼びは盛り上がらないなあ。名前は?」

「クレーエン」

「改めて、『均衡亡きファグロ』だ。クレーエン、良い名前だなあ、親に会いたいなあ、殺すけど」

「捨て子なんだ、あまり言うな」

「魔族相手に面白いなあ」

「だろ?」

「娘を逃がすために動くクレーエンと、娘を殺させるために動く俺があ、互いに時間稼ぎとは面白いものだあ」

「変わってるな。負ける気でいるのか?」

「何が起きても任務は全うする。埃だあ、」


 ファグロが締めようとしたときだった。


「くしゅん」


 『均衡亡きファグロ』はくしゃみをして、掃除嫌いのメイドを思い出す。

 そして、憎んだ。


 建物を出る。


「ここら一帯は魔族もいない。人間もだろお?」

「そうだが?」

「なら良し。許せ」


 ファグロが地面に手を置くと轟音と共に建物が崩れた。

 煙が立つ。

 落ち着くと更地になっていた。


「建物をバラバラにして、さらに小さくして闇に取り込む。闇が俺の呪いだ」

「呪いだの、加護だの俺には分からない」

「魔王から受けた力だあ。闇は一定以下のサイズの物質を消す。殺した人間の痕跡を消すこともできる、死んだ人間を行方不明だと、どこかで生きているはずだと喚くのは滑稽だあ。とまあ、バシュルスの下位互換に思える力だが範囲と速さが段違い」

「なぜ全部言うんだ?」

「魔王への忠誠心が薄いからなあ。戦いではまずこの力を使わない。そういうわけだ」

「分からない。だが、人間を殺し慣れたくそ魔族だと分かった」

「それが仕事だからなあ」


 クレーエンは剣の先をファグロに向ける。

 ファグロの武器は槍だ。

 沈黙が続く。


 夜が近づく。


 風が不意に吹く。

 優しい風は砂埃を巻き上げて膝下まで煙らせた。

 クレーエンはそれを合図に剣を介した風魔法で飛ぶ。

 ファグロは下がってその剣を槍で受けた。

 火花が散る。


 ファグロは強者と戦えることに喜びを感じて、クレーエンは強者と交えることに苛立った。

 以前のクレーエンであれば嬉しかったかもしれないが。

 バオム国の行く末を思うと少しだけ焦りを覚えるのだ。






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