40話 : クレーエン、戦う。

 クレーエンは警戒態勢に入って鞘に手を置いていた。

 ラメッタとクレーエンの視線の先には黒い布を纏った五人組がいる。

 出店で肉の串を購入して話し合いながら食べているように見える。

 二人は魔族に気づかれないようにゆっくりと近づく。


 クレーエンは驚く。


 目を向けていたそれは、黒い目をしていたり角を生やしていたり皮膚に棘を持っていたりした。

 クレーエンの様子を見てラメッタも違和感を抱く。

 黙ってさらに近づくとラメッタも気づいた。


 人間として社会に紛れるというのが魔族の常套手段であったはずだ。

 つまり紛れることが、潜伏して暗躍することが目的ではないということ。


「ラメッタ、ここまでだ」

「うむ。気を付けるんじゃぞ。何をする相手か分からぬ」

「ああ。もう死の匂いがする。殺し慣れている。仕留めてもいいか?」

「どこまでが魔族かは分からない。ここから指示を出すかもしれない。それと、仕留めていい」

「任せた」


 ラメッタは魔族を殺してはいけないという考えを捨てた。

 ここにいる魔族は人間を殺しすぎている。

 オシュテンの言うように、魔族を殺さない決断をして重大な失敗をするのは駄目なのだ。


 クレーエンは剣を抜いて地面を蹴る。

 迫った。


 魔族は驚いて一歩引くが、クレーエンは容赦なく二体の胴を斬り終えた。

 ドサッと精気が抜けた身体は勢いのまま倒れる。

 慌てた魔族は布を剥いでクレーエンに手を向ける。

 黒い煙のようなものがクレーエンに伸びる。

 クレーエンは剣の力で風魔法を使い、加速して背後に回って斬った。


 クレーエンの強さに残り二体は魔法を乱射する。

 先回りして剣を当てて弾く。

 周りにいる人間を狙えばクレーエンは仕掛けてこない、魔族は味をしめて。


「もっと狙うぞ。隙を作って……」


 クレーエンは足で蹴り上げて、魔族は舌を噛んだ。

 痛みに悶える隙に頭と首を切り離す。


「化け物が」

「ここは人間の国。お前は何を言ってるんだ?」


 勝てないと悟った最後の一体は喚く。

 そのとき、魔族は振り返った若い娘を見つける。

 布を取ったこともあって怯えた表情に変わる。


 クレーエンに庇わせろ。

 その間に。


 魔族は頭を回して作戦を練る。

 しかしクレーエンからすればできるはずもない作戦を練る時間というのは無防備と呼ぶ。

 クレーエンはさっさと頭を落とした。

 その頭は少女を見て笑ったままだった。


「きゃっ。ま、魔族ッ!」


 少女は涙を流して膝から崩れる。

 

「全く何が化け物だ。人間の住む場所だぞ」


 クレーエンはやれやれと剣を背に戻した。

 放置しても良かったが、泣き崩れる少女を見捨てるのは夢見が悪い。

 地面に座り込む少女に手を伸ばした。


 それは隙だった。


「クレーエン、その店主。魔族だ」

「店主?」


 魔族が食べていた串の店主か。

 正体に気づいたときには小刀が首に向かっていた。

 クレーエンはラメッタの声を聞くと息を吸って。

 刃が届く前に竜巻でも起きそうな勢いで魔族を回し蹴りして意識を刈った。


 少女のスカートは一瞬上がって水色の下着が見えてしまう。

 魔族を見た恐怖で震えていてそれどころではなかったが。


「クレーエン、女の子の下着見たじゃろ?」

「痛いな。わざに見えるか?」


 ラメッタはクレーエンに追いつくと、クレーエンの肘を摘まむ。

 皮が余っている部分であるため、いくら抓られても痛くはない。

 クレーエンが痛いと呟いたのは条件反射のようなものだ。


「おぬし、大丈夫か? ここにいる魔族は倒した。わしらはディーレ姫の申請で派遣されたエアデ王国の者だ。魔族を倒すためにここにいる。無事か?」

「無事です」

「怖い思いをさせてしまったの」

「ここは元々治安が悪い国で、こうして出掛けるのはつい最近のことで。祭りなんていつぶりか。油断していた私が悪いんです」

「そうなのか。もう少しだけ不自由させるな。じゃが、わしがいるうちに好きな日に出掛けて友人や恋人、家族と気軽に会える国になる。任せろ」

「あ、ああ。そうですね、お願いします。あなたがラメッタ様で、助けてくれたのがクレーエン様ですね」

「そうじゃな」

「ありがとうございます」


 ラメッタの手を借りて少女は立ち上がった。

 それから落ち着くまで一緒にいて。

 少女は一礼して帰った。


「ラメッタ、どうして人間の姿ではない?」

「今日仕掛けるつもりってことじゃな。オシュテン、シュヴァルツ、ディーレ姫に伝えなくては」

「魔族は人間の姿よりも本来の姿の方が強い、みたいなことか」

「おそらくな。魔族を探しながら城に戻るぞ」

「ああ」


 クレーエンとラメッタは城を目指した。

 気味悪くも魔族を一体も見つけられない。


「ディーレ姫、ってことじゃが。オシュテン、シュヴァルツどうして居間にいるんじゃ!」


 クレーエンとラメッタが城に着くと、ディーレだけでなくオシュテンもシュヴァルツも椅子に座っていた。

 二人とも魔族を探すように話していたはずだ。


「俺はラメッタ様の言うように魔族を見つけて気絶させ、今は仲間に見てもらっている。それきり魔族が全く見えなくなった。それに見つけた魔族はほとんどがそのままの姿だった。違和感を伝えるためにここで待った。来るだろうと思ってたからな」

「僕はね、魔族は皆殺し。でもクレーエン兄さんを見ると怒られないって分かって良かった。あいつら人間を殺し過ぎてるからね。僕もね、魔族が準備してるって気づいたから指示をもらいに来たんだ」


 シュヴァルツもオシュテンもラメッタが気づいた気味悪さと違和感に気づいていたらしい。ならば、後は簡単だ。


「魔族を探してバオム国から魔族を根絶やしにする。いいよね、ディーレちゃん、ラメッタちゃん」

「オシュテン。わしもそのつもりじゃ。オシュテン派、トゥーゲント連合ともに魔族のなり替わりがいないといえる範囲で動かしてほしい」

「僕は準備できてるからね」

「俺もラメッタ様の支持を待っていた」


 こうして、魔族との全面戦争を選んだ。

 街はまだまだ賑わっている。

 だが魔族がいる以上、戦うしかない。

 



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