39話 : ラメッタ、想う。

 ラメッタとクレーエンは城へ来なかった人物を探しながら祭りを堪能していた。

 手に持っている指揮棒のようなものは、一度認識させた人物以外に向けると仄かに赤く光る仕様となっていて、ラメッタが作った魔道具である。

 この魔道具やオシュテン派やトゥーゲント連合のすべての幹部に渡している。


 姫や従者、執事は安全のため城でじっとしている。

 ラメッタはディーレにお土産を買おうかと考えながら、指揮棒で紙の容器に乗っている肉を突いて食べていた。

 クレーエンはその様子を白い目で見ている。


「いいのかそれ」

「大丈夫じゃよ? クレーエンも肉食べるか? 炭火じゃよ」

「必要ない。というか何の肉だ?」

「騎士団に養われておったおぬしなら多様な肉を食べていると思うが」

「見たことないんだよ」

「そう? 魔獣とか魔物とか呼ばれるやつ」

「げっ」


 クレーエンは苦そうな顔をして吐き気とともに舌を出す。


「……ではないことは確かじゃ。保存肉じゃな、城で保存していた」

「保存用の魔道具か?」

「王族なら持っていて当然じゃろ。じゃが結構な量じゃな。もう城には肉がないかもしれん。ディーレ姫が他国から輸入してくれていると思うから一時的になくなるってだけじゃな」

「保存してたものか」

「香辛料も使ってな。美味いぞ」

「だから見たことないのか。香辛料に知らないものが使われてるってことだな」

「そ。十七才若いの。わしは知ってる」

「見た目は十三才のガキのくせに」


 クレーエンは文句を言いながら香辛料が効いた炭火焼き肉を手で掴んで食べる。

 脂が表面に浮かんでおらずさっぱりとした印象で、炭火の香りと引き締まった肉の歯応えがより美味しく感じさせる。


「美味しい」

「じゃろ。クレーエン、心配するな。しっかり魔族は探しておる。じゃから楽しもう」

「気楽なものだ」

「せっかく男女で出掛けてるのじゃから」

「ガキが何か言っているな」


 クレーエンはラメッタが調子に乗るものだから意地悪のつもりで言った。

 ラメッタは黙っている。

 クレーエンは心配になってラメッタの横顔を見た。


 寂しそうに、悲しそうに、どこにも視線を合わせずに、どこか遠くを思っているようだった。

 クレーエンは何も言えなくなって、でも気まずいからと置いていくこともできずに、沈黙の中でラメッタの隣に居続ける。


「食べ終わった」

「まだ何か買うのか?」

「フルーツ飴も美味そうじゃな。クレーエン、一緒にどうか?」

「二人で一つを買うのか?」

「違うわいっ。串に刺さったものを二人で分け合うのは難しいじゃろ! 一緒に同じものを食べようってことじゃ」

「ラメッタ」

「ん?」

「今日は一体どうしたんだ?」

「どうもこうもないじゃろ」

「様子がいつもと違うような?」

「そっか。そうかも」


 ラメッタは出店を見つけるとクレーエンの手を取って駆けていく。

 身長差からクレーエンとラメッタは兄妹のように見えた。

 出店の店員はオシュテン派の人間でラメッタを見たことがないらしく。

 兄妹のような二人を見て微笑ましく思っていた。


「これとこれ!」

「まいど」


 ラメッタは握り拳ほどのフルーツ飴を見て嬉しそうに笑う。

 それぞれ赤色と緑色の飴のコーティングがされていて、ラメッタは緑色の飴を齧りクレーエンに渡す。


「これはわしのじゃが。一口どうじゃ」

「はあ?」

「共有して二種類食べよう」

「分かったよ」

「恋人みたいじゃな」


 ラメッタはつま先立ちになって背伸びをする。

 クレーエンはしゃがんで口で飴を迎えに行った。


「何を言ってるんだよ」

「わしも分からぬ。分からぬが、わしは」


 ラメッタは続いて赤色の飴を大きく開けた口で食べた。

 それでも歯形はクレーエンよりも一回り小さい。

 その飴をクレーエンに渡す。


 間接キスだ、クレーエンは思う。

 果たしてラメッタは気づいていないのか、気にしていないのか、それとも。


 ラメッタはクレーエンの歯形を見ると小さな舌を出して、歯形の反対側を舐める。

 クレーエンはそれを見て身体が僅かに熱っぽくなる。

 ラメッタも気になっているらしい。

 自然な様子で齧って飴を渡してきたと思ったが。

 どうしてわざわざ苦行のような真似を。


「わしはクレーエンのことが好きじゃ」


 ラメッタは俯いて言う。

 落ち着いた聞き取りやすい口調から、高まって失敗しないようにと慎重に語っていることが伝わる。


 何を言っているんだ?

 クレーエンは焦りと驚きで一歩下がりかけた。


「バオムも好きじゃ」

 

 続けた言葉を聞いて、クレーエンはホッとする。

 何に安堵しているんだ?

 クレーエンは分からない。


「ディーレ姫たちもシュヴァルツたちも好きじゃ。オシュテンは苦手じゃが頼りになる。わしはどうすればいいんじゃろ。あと間接キスはすまぬ。二つ食べたいという好奇心が勝って気づかなかった」

「好奇心が勝つか。狂乱科学者らしくて良いな。世界樹を暴走させただけある」

「あれは予想外じゃがッ!」

「バオム国ごと救うだけだろ。潜伏している魔族を見つけて倒す。魔王軍四天王を倒しながら国王様を見つけてディーレ姫のもとに返す。すべきことは決まっている」

「そうじゃけどな、わしは。まだクレーエンに言うべきか決断を迷っていることがある」

「決断して言うべきと思ったら聞かせてくれ」

「じゃな。そうか、今言っておくか。わしは、心も恐らく十三才のままとか。知識は増えても大人になれていないところがある。わしの生き方が悪いのか世界樹の花粉を浴びたことによる不老の呪いによるものか分からぬが?」


 ラメッタは重大なことをようやく言ったつもりでいた。

 だからびくびくしながら窺うようにクレーエンを見るが。

 クレーエンは真剣な眼差しで聞いていた。


「知ってる。だから形だけでも大人になるんだろ? ラメッタが頑張ってるのは分かる。じゃあそろそろ魔族探すぞ」


 クレーエンは速足で進む。

 だが後ろから付いてくるラメッタを置いていくような速さではない。


「わし、内緒じゃけどな。聞いちゃ駄目じゃけどな」


 ラメッタは前にいるクレーエンに聞こえないように。

 そっと心の内を零す。


「わし、クレーエンがお兄ちゃんみたいで。でも強くて良いやつで。クレーエンのことが好き」


 ラメッタは最後に甘い吐息を漏らす。


「聞こえてない、大丈夫じゃろ。わしは本当にクレーエンが大好きじゃな、えへへ」


 頬を緩めて幸せそうに呟く。

 がクレーエンの身体能力は想像を遥かに上回る。


「聞こえてる」


 クレーエンの嬉しそうで、でも消えてしまいそうな声はラメッタには聞こえるはずもなく。


「聞こえてるぞ。一体どうしろって。このガキ」


 クレーエンが後ろを振り返る。

 少しだけラメッタとの間隔が開いていた。

 ラメッタは肉が入っていた空の容器を落として。

 指揮棒のようなものを右方向に向けていた。


 光っている。

 つまり。


「クレーエン、当たりじゃが。光が強いから一体じゃない。向こうの出店に集まっているのがすべて魔族だとしたら、まあそうだろうが。何かが起きる前に潰したい」

「分かった。戦う、それが俺の仕事だ」


 クレーエンは一転して覇気のある眼差しに変わる。

 背中に触れて鞘の位置を確認した。





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