35話 : 所定亡きバシュルス(3)

 クレーエンは元々魔剣士で、魔法も剣技も優れた男である。

 王国の騎士団に拾われたものの、正式に騎士団には所属せずに傭兵に近い形で戦いに参加することが多かった。

 魔物や魔族と戦った経験は多い一方で、オシュテンに指摘されたように対人戦には慣れていない。


 また、ラメッタが作った魔剣には魔法のような技(ほぼ魔法であるため、魔法とも呼んでいる)を使えるように仕込みがされている。そのため、クレーエンは魔剣を使うことで従来の魔法と剣で戦う方法を限りなく再現できるようにと期待していたのだが、結局優れた使い手の魔法ほど速く撃つ遅く撃つ、威力は強め弱め、近く遠く、どの魔法を応用して組み合わせるか、などの融通が利かないため、クレーエンは戦い方を変えるしかなかった。


 ラメッタはバシュルスとの戦いを眺めていた。

 逃げるべきではない。ただただ祈るべきでもない。

 バシュルスが使う加護を解読しなければ、せめて対処を考えなければ。

 問題はどこまで加護で、どこまでが魔法か。


 魔族の魔法は人間と異なって『何か』から与えられた力ではない。

 エアデ王国とその周辺では『世界樹』から魔法を与えられているように。

 だが魔族は自らが元々有しているため、人類が知らない魔法を使うことも少なくない。

 もちろんバシュルスがそのような未知の魔法を使うならばそれも対処しなくてはならない。今は目の前で起きている加護だ。


「クレーエン」


 空間が歪むとバシュルスは消えてクレーエンの背後に現れる。

 だが蹴りしか使わない。なぜ魔法を?

 いや、使えないのだろう。


「魔法を使いたくないのじゃな。それとクレーエンの魔剣を介した魔法が目の前で消えている。空間内をワープしておる。魔法を持ち込めない、魔法を準備していると気づかれてしまうから嫌だってことじゃろか?」


 待て。

 注目してみると、……。

 まさか。


 ラメッタはクレーエンが何度もバシュルスに蹴り飛ばされる様子を見ていた。

 クレーエンの傷が増えていく。

 バシュルスは魔法を使わず、クレーエンの魔法は打ち消されるため、ほとんど肉弾戦であった。ただ問題があるとすればバシュルスは不意打ちで腕を切り落とした以外での攻撃が通っておらず、クレーエンはバシュルスの回し蹴りを何度も受けてしまっていることだ。


「クレーエンッ! そやつが消えてから現れるまでの時間が同じじゃ。場所もほぼ同じで、今のそやつとクレーエンの直線上のみ。対応できるか?」


 ラメッタが叫ぶ。


 バシュルスに気づかれた。

 クレーエンは剣を介して風を放つ。バシュルスは風を打ち消すと振り返ってラメッタに迫る。


「この違和感。もしかして」

「ふーん。このガキ、」


 そのとき、クレーエンの魔剣がバシュルスの腹部を貫く。

 バシュルスは地面に前から倒れて全身を痙攣させる。


「勝ったか?」


 クレーエンがバシュルスに刺さった魔剣を抜いた。


「ここから」


 バシュルスはスッと立ち上がってクレーエンの首を掴もうとする。

 ラメッタがクレーエンの胸に飛びつくとクレーエンは後ろに倒れかけて、足を退くことで体制を整える。


「ラメッタ、邪魔だ」

「掴まれたら即死じゃ。あやつの力は強いて言うなら空間消去。存在をなかったことにする力、じゃろ」

「ばれたかあ」


 ラメッタにバシュルスの手が向けられる。

 空間消去は、空間を消去することでワープできるがすぐ近くしか使用できない。目の前の空間を消去して、さらに奥の空間を消去して、と繰り返すことで瞬間移動ができるが、回り込むのが難しいため直線状になる。魔法を準備しても空間消去と身体の転送をしている間に消えてしまうため意味がない。


 当然目の前に迫る魔法を消せる。

 距離があるほど空間消去は弱くなるため生命体を消すためには触れる必要がある。したがって、逆に生命体は消えないため後ろに回り込むことが可能である。


 触れても消去される。

 存在ごと消去される、空間ごと壊す力だ。

 だからこそ。


「クレーエンは剣を振れ。わしらは勝つ」

「魔族に魔法撃たれるんだぞ。しかもラメッタが俺の身体に体重かけるように乗ってる。正直動けない」

「にしては余裕そうだな」

「ああ。ラメッタ、答えてやるよ」

「ほう?」


 ラメッタは笑う。


 剣が風で飛んでバシュルスの胴を斬った。バシュルスは倒れてすぐに胴を繋げて再生する。しかし、襲ってくる様子もない。

 その隙にクレーエンとラメッタは起き上がって、クレーエンは剣を回収しラメッタは離れた。


「何が起きて」

「俺とラメッタにお前は攻略された。負けるんだ」


 風魔法で飛んでくる剣を空間消去で消すつもりだった。

 クレーエンの手元になく、軌道が読みきった状況であれば剣が胴を貫く暇もなく消えるはずだった。


「私が? どうして? だが聞きたいことがあるわ。その剣はなぜ消去されない?」

「魔族に教える必要はないだろうが、そうだな。この剣はラメッタが作った。俺が全力で振っても絶対に壊れない剣だ。最強の剣だ」

「壊れない剣? 私の加護は薄いとはいえ魔王様からのもの」

「大物が連れたわけか。俺は剣にも自信があるからな。それが防げないならさっさと斬る。それにどこに瞬間移動するかも割れている」

「だから? 私が身体に触れれば一撃で葬れる。まだ有利だわ」

「そうか?」


 バシュルスの片腕が斬れた。

 瞬間移動したはずが移動したときには地面に落ちていた。


 予想されていた?

 後ろに回らずに正面から迫るような瞬間移動だった。

 なぜ?


「空間を消すのを連続でやる、しかも高速で。つまり時間を数えれば分かる。消去した空間は数秒で元通りになるがそこにあった物質は戻らない。空間が消えている場合はそこには何も存在できない。といったところだろうな。つまりは空間を消した以上はそこに移動できない、瞬間移動できるのは一か所だけだ。いくらでも予想できる」


 バシュルスが空間を消去して瞬間移動の準備をする時間は一秒を切る。

 どうやって時間を数えている?

 どうやって空間消去の行動を読んでいる?

 分からない。

 だが、目の前の魔剣士が。


「次は足か?」


 バシュルスよりも強いことが分かった。

 少なくとも今の状況では勝てない。


「人間の身体のままでは動きにくい、避けられない。人間の形を捨てて戦うしかない、潜伏用の人間の状態では」


 バシュルスは両腕を落とされた。


「くそ。巻き込め!」


 バシュルスは視線の向こうに人混みを見つけると走り出した。

 瞬間移動を使いながら人混みに紛れる。


「急げクレーエン。今姿を失えば」

「ああ。腕がないやつなんて簡単に見つかるはずだ」


 夜が近づいてきて酒を飲み歩く人が増えたらしい。

 ラメッタたちが治安を良くしたのもあってお酒を飲んでいるそうだ。

 アルコールを飲めないラメッタが酒を栽培することは考えないため、元々持っていたものを飲んでいるのだろう。

 それが良くなかった。

 バシュルスは人混みに隠れ、気づけば見失ってしまった。

 クレーエンは必死に探したが見つからない。


 壁に空間消去を使えば穴が開くため追跡される。

 人混みを介しながらアジトに逃げていったのだろう。


「くそ」

「あと少しじゃったな」

「またあいつは人を殺すよな。ラメッタ、申し訳ない」

「次は倒そう。魔族を見分ける植物を作れたからな。祭りで見つけ出す」

「ああ」


 夜が近づく。


 クレーエンとラメッタは城に戻った。

 急いでバシュルスについて情報共有すべきなのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る