36話 : 敗走
バシュルスは息を切らして地下室に戻ってきた。
ファグロはバシュルスを見ると表情を歪ませる。
「おい、何をしている? なぜ人間を殺さずに帰ってきた」
「……死にかけた」
普段ならファグロは失敗したバシュルスを追及するはずだった。
だが、バシュルスの怪我や余裕のない表情を見て、ファグロは非常事態が起きたと察する。
「逃げるしかなかったのか。興味が沸いたなあ」
「ファグロ様。私たちは全面戦争を避けてより情報戦をするか、せめて人間の身体を捨てて戦うべきです。人間の身体では動きが鈍く戦えません」
「潜伏して情報を集めろと言った四天王様の命令が正しかったということかあ?」
「人間の身体は便利でしたが魔法はなぜか使えないため、人間に紛れる以外ではおもりにしかなりません」
「それはそうだなあ」
「それといくら人間の身体を使っても魔族か調べる術を持っていました」
「魔族が人間の中に入っている以上癖の違いでばれるのはあるだろおよお」
「白い花を渡されて。それを私が触れた瞬間に青色に変わって、そのまま躊躇なく斬られました」
「ふむ。それは面白いなあ。統一祭で浮かれているところを皆殺しだあ。だがそれまでにメイドの新しい身体を探す余裕はない」
「そうですね。統一祭で必ずディーレかオシュテンの身体を手に入れましょう!」
「少しは元気出たみたいだなあ」
「え? まさかファグロ様が私の心配を?」
澄ました表情でファグロは、
「戦力のためだが? 全力で戦うべきだからなあ」
「そうですか。期待した私が馬鹿でした」
「魔族だと色が変わる花には気を付けるべきだなあ。連絡部隊によれば、先に侵略しておけと四天王様も言ってるみたいだなあ。全くどうしてのんびりしているのか」
「ということは派手に暴れられますね!」
「そうなるなあ」
「ところでファグロ様」
「なんだあ?」
「ファグロ様は四天王様の味方ですか?」
「敵ではないなあ。だが、四天王様が撃たれてもそれはそれで面白いなあ」
「四天王『血も亡きプローベ』様はいくら強い人間でも簡単には攻略できません。より強力な加護を持っていますし」
「強力な加護を持っているだけのやつだろうがよお。人間の身体を使うこともできないくせに潜伏して情報取集することを任せるなんて」
ファグロは機嫌が悪い。
仲間の魔族を殺して床に転がしている。
それを片付けるのはメイドでもあるバシュルスの仕事だった。
「仕事増やしてますし」
「外に出たら一人は殺せ。破っている魔族が増えてきた。身を引き締めろ。メイド、お前もだ。ルールを破った以上は屍に変えるべきだが今は戦力が足りない。代わりに片づけで許してやるよ」
「分かりました」
バシュルスは死体を集めて積み上げると手から炎を出して時間をかけて焼いていく。
灰に変えると雑な塵取りと箒で灰を集め、一階に上がり扉を開けて外に灰を捨てる。
地下室に戻ると人間の姿の魔族を招集していた。
「ご苦労だったな。今から人間たちとバオム国についての情報を話し合った後、統一祭での暴れ方を考えることにした」
「はい! ディーレ、オシュテンほしいです!」
バシュルスはクレーエンに殺されかけて気分が落ち込んでいたが、ファグロが目的であるディーレやオシュテンの身体を手に入れることを考えてくれていると分かって嬉しくなる。
「オシュテン派とトゥーゲント連合が正式に国の組織になった。それゆえの統一祭だが、今の豊かさはどこから来ている? 誰か知ってるかあ?」
「バオム国の人々は魔法がほとんど使えないことが確認されています。僕は魔道具の影響ではないかと考えています」
「うちの馬鹿がトゥーゲント連合とオシュテン派の対立を深めるために魔道具を配っていたやつだろお? 最終的にオシュテンに騙されて殺された。哀れなだけでなく厄介な人間に魔道具を渡してしまったなあ。大蛇の骨を使った日傘は馬鹿な魔道具職人の最高傑作だ」
「はい、ですから。その中に食料を生産するような、……」
部下が続けると、ファグロは顔を近づける。
「ない。あいつにそこまでの技術はない。バオム国の土地は栄養がもう残っていない、食料を量産するには適していない。その状況であいつの魔道具を揃えたところで食料生産はできないんじゃないかよお」
「つまり、ファグロ様は魔道具を作れるやつがいると言いたいのですか?」
バシュルスが答える。
予想通りの指摘を受けて、ファグロは口角を上げた。
「その通りだなあ。白い花が青になる。この仕組みを確立させたとなると捕らえられた間抜けな魔族で実験したんだろうな。優秀な魔道具職人が相手側にいる、それも以前捕まって殺されたうちの魔道具職人とは大きく異なるな。バオム国の支配となれば魔道具職人は殺しておくべきだあ」
「そうですね! ファグロ様、私たちはいつまで人間の姿でいるべきでしょう?」
「相手は国民を傷つけるわけにはいかないだろお? 紛れて戦う方が有利だ、一部魔道具で魔族だと判断されてもその方が良いがあ、戦闘部隊には動きにくい人間の身体はやめて本来の姿で戦う。だよな、バシュルス」
「はい。私は剣士に襲われて死にかけました。今のこの身体で。人間の身体では上手く動けませんから」
バシュルスの話を聞いていた魔族たちは騒がしくなる。
それもそのはず魔王から加護を受けている大魔族が人間に敗北したということだ。
「私は元々戦闘員ではないですが、それでも続ければ死んでいました」
「四天王『血も亡きプローベ』様は自分への圧倒的自身から戦闘員の部下をほとんど持っていないからなあ。でもそれは役職の話で実際の戦闘は引けを取らないが」
「はい。だからこそ強い人間がいることを認識するべきですねッ!」
「そういうことだあ。お前ら、暴れるぞ。こんなじめじめした地下室生活も終わりだあ」
埃が舞った。
バシュルスが必死に掃除をしたが塵取りや風魔法ではまだ取り切れないらしい。
「くしゅんっ」
そして、『均衡亡きファグロ』はかわいらしいくしゃみをして。
締まらないなあ、とバシュルスは愉快そうに思うのだった。
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