34話 : 所定亡きバシュルス(2)

 人間の二股現場に出くわした魔族バシュルスは三角巾娘を見失った。

 出店に戻ったが店主しかいない。


「あのくそ男が。せっかくほしい身体を見つけた。もしあの男のせいであの娘を逃したとなれば怒りが収まらないわ」


 バシュルスは茜色の空の下、しょんぼりと品物を片付ける店主を眺めていた。

 最後の望みとしては、この店主を尾行する。

 おそらく一緒に住んでいるだろう、だが家が集合している場所で騒ぎを起こすべきではない。身体を奪うところが見られてしまえばせっかく身体を手に入れても潜伏できない。

 したがって、目的は家を見つけることだ。

 家さえ分かれば襲う機会は格段に増える。

 ファグロのように正面から暴れたいという気持ちもあるが、四天王であるプローベを裏切るわけにはいかない。


 諦めて窺うしかない。


「失敗だ」


 つい言葉が溢れた。

 三角巾娘を見たときは嬉しかった。

 だが今日中に手に入れることはできなくなった。

 ファグロが外に出たものは一人以上殺せと命令してくる。だが、今の苛立ちを押さえつけるにはちょうどいいかもしれない。


 バシュルスは人通りの少ない狩場へ行くことに決めた。

 もちろん三角巾娘の家を突き止めてからだが。


「おぬし、元気ないの」

「子供? と、髪ぐちゃぐちゃ男?」

「ほれ、言われておるぞ。どうしていつも散らかっておるんじゃ」

「うるせえ。そういう髪質だ」

「ふーむ。わしでも対処の術がないかもしれないし、あったとしても直してしまったらクレーエンの個性がなくなってしまうし。お姉さんは困ってる」

「お前はガキだ、それかおばあちゃんだ。絶対お姉さんではないな。それとこの髪は個性じゃない、直せるなら直せよ?」

「じゃが面白いぞ?」

「だがってなんだよ、だがって」


 薄赤色のショートカット、円らな瞳で柔らかそうな頬の幼女と、髪をぼさぼさにした背中に剣を背負う少年。先ほど見た三角巾娘と同じ程度の年齢だろうか?


「仲良しですね」

「そうじゃろ? じゃがわしはクレーエンのこと何とも思ってないからの?」


 幼女は挑発的にクレーエンを見て言う。


「ガキが。俺だってどうでもいいわ」

「え、ほんと。……本当に?」


 続いて幼女は縋るようにクレーエンを見る。

 クレーエンは頭を掻きながら視線を反らした。


「ラメッタがなんでもないって言ったからだろ。仕返しだ」

「そっか。えへへ」


 ラメッタは指を絡ませるように手を組んで、潤んだ瞳、僅かに上げた口角といった実に嬉しそうな表情のまま固まった。


「じゃあ私は帰りますね」

「おぬし。幸せの花じゃ、やる」

「これは?」

「花冠じゃ。どうじゃ?」

「それではもらいます」


 白い小さな花が茎同士で編まれ冠を模した輪を作っていた。

 ラメッタの無垢な笑みで差し出されると、受け取ってすぐに頭に乗せてみる。

 まだ筋肉女だが花冠があればかわいく映るだろうか?

 バシュルスが期待した様子でラメッタを見ると、ラメッタは真剣な表情をしていた。


 ゾクッ。

 寒気が背中に走る。

 幼女は淡々と、


「あたり」


 言い放った。

 瞬間、爆風と錯覚するような気迫、その気迫を超えるような速度で一刀が視線の真横を区切る。

 ようやく。


「……っ!」


 バシュルスは片手が目の前の男に斬られたのだと認識した。

 まだ見ている人もいる。

 だがクレーエンはぎらつく剣先をバシュルスに向けて警戒したまま構えを解く様子もない。


「魔族だな」

「え、……あ」


 バシュルスは自分が咄嗟に身体を動かしたこと、クレーエンの剣が風を起こしたことによって花冠が落ちていたことに気づく。

 それを拾う。茎は枯れて茶色になって、花は萎れたまま紺色に変色している。


「こんなことで私を魔族だと。厄介だね、しかも躊躇がなかった。信じ合っているのも憎いね」

「そうじゃろ? 魔族よ、本当はわしは魔族だって殺したくない」

「おい、ラメッタ」

「大人しく捕まってくれるなら、それと人間をまだ殺していないなら、わしは君を、」

「ラメッタ! こいつは無駄だ。殺気が漏れてる、慣れている。鉄の匂いがする、洗っても血の匂いが取れないほどだ」

「じゃが、」

「ラメッタ、悲しいお知らせだ」

「なんじゃ?」

「俺は不意打ちをした。剣の力は使っていないが、それでも全力で振った。避けられた。こいつは強い。ただの魔族ではないな?」


 ラメッタは唇を震わせて殺し合いにならない選択肢を探していたが、戦いの中に生きた騎士団と共に暮らしていたクレーエンには、目の前の化け物が許容できない存在であることが確信できる。


「私は戦うの好きじゃないんだよ? かわいいを集めて一番かわいいになりたいだけ」

「じゃがおぬしは人を殺してなり替わる」

「そうだね。でも、かわいいって進化していきたいよね。女の子なら分かるでしょ?」

「分からない、魔族が何を考えて、」

「ラメッタっ。無駄だ、戦うぞ」


 ラメッタは唇を噛んでクレーエンとバシュルスから距離を取った。


「すぐ別の身体に帰るつもりだから。それに、仲間を捕まえて情報聞いてるみたいだから言ってしまうね。私は『所定亡きバシュルス』、四天王様直属の部下にして、メイドちゃんにしてかわいいを極めしもの」

「そうか、なら斬られろ」

「不意打ちで倒さなかったことは反省すべきだね。今日一人は殺さなきゃだから」


 バシュルスは地面に転がる腕を掴んで斬れた箇所にぐりぐりと捻りながら押し込む。

 すると泥のような粘着の音がして瞬く間に繋がった。


「殺すの、君で良い?」


 視界が歪む。

 クレーエンは退こうと一瞬よぎったが、後ろにラメッタがいることを思い出して剣を構える。

 風を起こして竜巻に変えてバシュルスに放つ。


「この空間ではあらゆるものが塵となる。この力こそ、所定亡きの所以ってね」


 バシュルスに迫った竜巻は寸前で消滅、まるで初めから何もなかったように静かに消えていった。クレーエンは苛立つ暇もなく氷の刃や火の玉を放つ。

 しかしどれも寸前で消えてしまう。


「面白いね、その剣。魔法を再現しているわけ? 魔法使えないからか。でもまだ慣れていない。私の加護に対応できる?」

「なぜ対応だ。強いやつがルールだ、対応できない理不尽に耐えるのはお前だ」

「そお? かかってきなよ?」


 クレーエンは地面を蹴ってバシュルスに迫る。

 途端、空間が歪むとバシュルスはクレーエンの背後にいた。

 クレーエンへ回し蹴りを決める。

 クレーエンは唾を吐いて吹き飛ばされた。


「人間って下等種族だから。私の方がかわいくないとでしょ?」


 バシュルスは微笑む。

 クレーエンは剣で支えて立ち上がった。


「クレーエンッ!」

「そこで見とけ。ラメッタが魔族を見つける、戦うのは俺の仕事だ」

「相棒ってことじゃな」

「ああ。だから見てろ」


 どうしてこの男はラメッタを逃がさない?

 自信があるのか? それとも一人で死にたくないのか?

 でもどっちでもいいか。


 バシュルスは笑う。

 今日は三角巾娘が手に入らなくて、家の特定も邪魔された。

 男もガキも殺してすっきりしよう。







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