33話 : 所定亡きバシュルス(1)

 魔族の中には人間の身体に入り込める種が存在する。

 バオム国に潜む魔族は一人残らず人間の身体を借りて社会に馴染む種であった。特に、国自体が荒れていて国民を把握できていない国家であれば潜伏は容易である。


 人が死ぬことは珍しくないため、簡単に身体が見つかる。

 バオム国にいる魔族は魔王軍四天王『血も亡きプローベ』の部下で、本来プローベたちはエアデ王国を支配して世界樹を我が物にしようとしていたが、前線に来るのはエアデ王国の従属国であるバオム国であった。


 そこで、バオム国を占拠し、エアデ王国を責めるうえでの拠点にしようと、部下である『均衡亡きファグロ』と『所定亡きバシュルス』を送り込んでいた。

 しかし血気盛んなファグロは潜伏を面白いと思っておらず、手下の魔族には街に出たら一人は殺せと命じていた。


 そんな魔族ファグロがいるのは建物の地下室で埃が溜まっている部屋だった。魔族はハウスダストなるものが存在しないが、人間の身体を使うとどうしても症状が出る。

 メイドでもあるバシュルスに、ファグロは命じるが嫌がった。

 そのため、人間の身体を壊して脅し、ようやくバシュルスは掃除をする。


 身体がなければ魔族であることがばれてしまうし、お気に入りの身体を失ったバシュルスには新しい身体が必要になって。外に出たファグロが代わりの身体を持ってきたのだが。


「私、気に入りません。せっかく手に入れた黒縁眼鏡が似合いませんし? なんですか、女の子の身体のラインがなくて筋肉質で」

「俺はあ、強い身体がいいと思ったんだあ」


 ファグロは自分の黒髪を指で弄る。

 力が強そうな女、バシュルスは機嫌を悪くした。


「そういうことですか! 自分がほしい身体があって、そのために私も一緒にいた人間ですか? かわいいのが良いって言ったと思いますが」

「そうかあ? これから人間と全面戦争強くないとなあ」

「そうですが。魔法をなぜか使えない人間に負けますか?」

「オシュテンが魔道具を持っている。あまりに動きにくい身体だと少々手こずるだろうな」

「人間に?」

「可能性の話だ」


 ファグロは外出したら最低一人は殺せだの、慎重な情報集めをしずに今からでも人間と全面戦争だの言う割には、人間と戦うことに関して警戒しているように見える。

 それがメイドのバシュルスからすると面白くない。


「慎重ですね、臆病ですね。負けないでしょ」

「不意打ちで負けるのが最もあり得るが、最も馬鹿らしい死に方だ」

「魔法も使えないのにですか?」

「魔道具がある。小国で独立国ですらないバオムにどこまでの力があるのか怪しいものだが」

「ですよね? もういいです。私は行きますね、この身体気に入らない」

「勝手にしろ。だが、外に出れば一人は殺せ」

「もちろんですとも、ファグロ様」


 バシュルスにとってかわいいは正義だ。

 筋肉ムキムキの女性は動きやすいのかもしれないが楽しくない。


 バシュルスが外に出る。

 所々、統一祭という看板や幕が上がっている。

 まだ準備期間だが国民は浮かれていて既に騒がしかった。

 今も出店をしていて、もう祭りは始まっている。


 統一祭、その言葉にバシュルスは苛立つ。

 もうすぐ魔族に支配されるというのにのん気なものだ。


「おお、いい身体しているね。うちの肉、脂が少なくて肉の厚みがあって、きっとぴったりだよ。試食をあげるよ」

「?」


 バシュルスが歩いていると、縞模様の帽子を被ったお爺さんが背骨を曲げて話しかけてきた。

 バシュルスは店主に聞こえないように舌を打つ。

 かわいい好きのバシュルスにしてみれば筋肉を見て接客されるのが面白くない。


「美味しい」

「だろ?」

「もう一本、いや十本買う」

「まいど!」


 肉串を腕で抱えることになった。

 確かに悪くない味だが、買った理由は店主を黙らせるためである。

 

 ……殺してしまってもいいが、かわいいが手に入らずに問題を起こすのは損である。


 女性を見つけなければ、眼鏡が合う高身長系、いやそうでなくとも似合う女性がいるかもしれない。髪は長い方か短い方か、胸や尻は大きい方がいいか控えめな方が良いか。

 できればファグロがかわいいに屈して悔しがらせることができるような極上の女性がいい。


「ふふふ、見つけた」


 白い三角巾を頭に被って水玉模様のエプロンをした少し幼い女性。

 父親と思われる店主と一緒に揚げ物を売っている。

 人気らしく行列ができているが、ほとんどは若い男性で女性の懸命に働く姿に紅潮してしまっている。


 ほしい、魔族バシュルスは思う。


 一通り客が捌けると、三角巾娘はエプロンだけ取って三角巾を着けたまま店を離れる。

 手には木材で編んだバッグを持っていた。

 バシュルスは尾行を開始する。


「付いていくわ。機会は人混みがないところよ、身体ほしい」


 店では三角巾娘は男性の目線を多く集めていた。

 身体を奪った後は店で働いて熱い視線を浴びるのも心地良いかもしれない。


 バシュルスが妄想の世界に囚われんとしたとき、三角巾娘は建物と建物の間を抜けていった。バシュルスは頬を叩いて意識を戻し付いていく。

 そこには一軒の家があった。

 

 三角巾娘が玄関の扉にある鐘を揺らす。


「よく来たね!」


 爽やかそうな金髪の男。

 三角巾娘の年上か同学年くらいで、三角巾娘が高揚して足取りが軽そうなところを見るとさしずめ意中の男といったところだろう。


「ふーむふむ」


 男がいるのはそれはそれで楽しめるかもしれないが、ここで待たせるのはなんとももどかしい。ほしい身体だから仕方ないだろう。


「面白くないけど」


 バシュルスは跳んで三角巾娘が入った家の向かいにある家の屋根に上った。

 足を伸ばして三角巾娘が出てくるのを待つ。


「遅い、実に遅い。また今度? でも見失うかも」


 バシュルスは待ち続ける。

 そのときだった。

 三角巾娘がいる家に赤髪の女性がやって来る。

 長髪で背も高くて艶やかな雰囲気を醸し出す。


 三角巾娘がいなければ身体の候補にしていたほどの美人であった。


 三角巾娘でも赤髪女でも思ったが、女性が一人で堂々と歩いているのを見ると治安は良くなったらしい。統一祭を開催するのも頷ける。バオム国は治安改善をきっかけに発展していくつもりなのだろう。魔族が潜伏しているというのに。

 だが、一部は魔族の存在に気づいている。

 人間のふりができるのもおそらく知っているだろう、魔族が捕まったらしいのだ。


 とバシュルスが考えていると、建物から先ほど三角巾娘と話していた男が出てくる。

 手を合わせて何度も頭を下げている。

 赤髪女は機嫌悪そうに腕を組んでいるらしい。

 男は頭を掻くと扉を開けて赤髪女を招き入れようとする。

 しかし、男は振り返って家の中から外が見えないように遮って何かを言っている。

 男は少し待たせて赤髪女を家に入れる。


 ……バシュルスは男が何をしているか気になった。

 意味を理解して呆れた。


 どうやら男は少なくとも二股していて、二人同時に来てしまったらしい。

 追い返すわけにもいかず二人とも家に入れて、誤魔化しながら赤髪女を帰らせる。


 ちなみにそれをバシュルスが知っているのは男が何をしているのか気になって、家周辺の家の屋根に乗って中の様子を覗いていたからである。

 二人の女性が会ってしまった場面は男が必死に説明していて驚いた。

 盗み聞きした範囲では、三角巾娘には赤髪女を姉だと、赤髪女をには三角巾娘を妹だと説明していたらしい。


「……ええ」


 バシュルスは人間の嫌な部分を見て引いていた。

 そのせいで三角巾娘が男の家を出ても余計なことを考えてしまって見えていなかった。

 バシュルスは三角巾娘を見失った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る