5章 オシュテン派

21話 : バオムの書庫

 バオム国はラメッタの魔道具を中心とした技術によって、三姫とその執事、従者、トゥーゲント連合の範囲では食糧問題と水不足を解決した。

 それもあって、ラメッタはバオム国の人々の尊敬を集めている。

 一方で、クレーエンは城にいるだけで役立たずではないかと感じていた。


 そんな中、ラメッタはトゥーゲント連合にもオシュテン派にも所属してない荒くれ者を捕らえることにした。ラメッタはクレーエンを連れ出して制圧する。


 無事に捕らえることができたが、クレーエンはラメッタが慈悲として与えた仕事だと考えてしまう。主に嫉妬から、クレーエンはラメッタに当たってしまい、ラメッタを避けるようになってしまった。


 クレーエンは罪悪感があった。

 しかし、やるせない、どす黒い感情が重くのしかかるのだ。


 そんなクレーエンは心機一転のため、城の仕事を手伝おうと決める。

 が。

 ラメッタが事前にクレーエンの不器用さについて伝えていたらしく断られた。


 やることがなくなったクレーエンが城の中を散策していると、三姫の次女にあたるベリッヒと出会って。

 ベリッヒは怖がりで臆病な性格である。

 少しでも、自分だけでも治安の悪いバオム国で安全にいたいと考えていた。


 よって、クレーエンを危険人物と判断しながらも、相当な手練れであることから、なんとか味方にできないかと考えているらしい。


「クレーエン様、わたくしを守ってください」


 と言うだけでなく、


「もう、いつまでもですわよ。か弱き乙女ですもの」

 

 わがままな要望を突きつけてくるものの、引き籠もりの姫の面倒をみることにした。

 馬鹿らしいが、どうせ暇なのだ。


「では、クレーエン様。本を読みたいです! 実はですね、私読書家ですの」

「俺は本が好きではないが?」

「嫌いですか?」


 ベリッヒは困って両手を胸に置く。

 ベリッヒが小さく感じてしまって、クレーエンは下を向く。


「読まないからな」


 控えて言う。


「ならばとっておきですわ。こっちこっち」


 ベリッヒは踊るように身体を揺らしながら歩く。

 軽やかな足取り。

 クレーエンはベリッヒの後ろに付いていく。


 広間に出る。


 さらにそこから調理場へ。

 従者に見つかったら何を言われるだろうか?


「ここ」


 食材の貯蔵庫があった。


 貯蔵庫は人ひとりが入れるほどの大きさで四個並んでいる。一番左にあるものは、扉の取っ手付近が剥がれて皮のようにめくれる。


 ベリッヒはそのボロボロな貯蔵庫を開けた。

 クレーエンは流されるままに、扉の中を、その向こう側を見た。


 隠し通路?


 視線の先には棘のような鍾乳石が無数に生えていて、壁も地面も天井も埋めている。

 ベリッヒが扉に入る。

 クレーエンも続いて入ろうとしたが、途中で挟まってしまった。


「筋肉とかが引っ掛かってますね、鍛錬を怠っていない証拠ですわ」

「のん気だな、ベリッヒ姫」

「任せてください」


 ベリッヒはクレーエンの肩を掴んで引く。

 歯を食いしばって、体重を後ろへかける。


 ついにクレーエンは扉を抜ける。


「グヘ」


 ベリッヒは勢いよく後ろに倒れた。


 洞窟はうす暗い。

 進むとよく研磨された石段がある。

 段差はクレーエンのふくらはぎほどあり、ベリッヒは一段一段で疲労が溜まる。

 クレーエンは問題ないが、ふらふらするベリッヒを見ていた。


 先に漏れた光が見える。


 足元までは見えない。

 ただ近くに光源があること示している。


「ほら!」


 階段を下り終えた。

 ベリッヒは嬉しそうに跳ねる。


 書庫だった。

 壁一面に本棚が広がる。

 厚紙で閉じられた膨大なページの本が無数に置いてある。


 棚は何段もあって、クレーエンですら天を見上げるようにしなければ、すべてを捉えることはできない。空間的には個室の三倍以上で、大人が五人横になることもできそうである。


「どんな物語が好きですか?」

「分からない」

「なら、一つずつ探しましょう」


 ベリッヒは言うと、脚立を持ってきた。

 やけにしっかりしていて、足場の金属が反射して光沢を見せている。


「どうかしましたか?」

「脚立が綺麗だと思って」

「最近取り寄せましたわ。魔法が弱体化してしまって本を魔法で動かすことができなくなって。原因は分かりませんが」


 ベリッヒは魔法が使えなかったときのことを思い出そうと目を瞑る。


「そうか」


 ラメッタが世界樹に魔法薬を掛けて暴走させた結果、魔法が使えなくなったり弱体化したりしていた。だが言う気になれない、話題を探す。


「本のおすすめは?」

「わたくしはここにあるものは基本読んでいるので。うーむ、あれでしょうか?」


 ベリッヒはクレーエンの足元にある本を指した。

 本棚が高いことばかりに気を取られていたが、足の高さまで段があるとは思っていなかった。


「これは?」

「少し過激なものですわ! 不倫をきっかけに真実の恋に気づく話です。切なくて」


 すごいものを読んでいるな、と思ったクレーエンであった。


「これはどうですか?」

「それは?」

「性転換する話ですよ!」

「そういうの好きなのか?」

「性転換が嫌いな人いませんわよ?」


 ベリッヒは何を言っている? と困惑した表情で。


「違うものはないのか?」

「魔法書ですか」

「それは興味あるが」

「おもしろくないですわ。あと、書かれた魔法を誰でも使うことができるという魔導書もあって。内緒ですわ、わたくしが危険なときに使いたいので」


 クレーエンは妙に気になる胸の高さの分厚い本を手に取る。

 手で持って読み続けるのは困難なほど重い。


「これか?」

「そうです。あ、それを」


 クレーエンが持つと光が広がって、魔導書は宙に浮かんだ。

 瞬間、クレーエンは天井に引き飛ばされて背中を強打した。


「痛っ」

「あまり魔力が多い方が持つと暴発しますわ」


 ベリッヒはてへっと舌を出す。


「おい」


 ベリッヒは魔導書を閉じて、つい息を止めるように力を込めて持ち上げ、棚に戻した。


「次からはわたくしに言ってから本を取ってくださいまし」

「分かった」



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