22話 : バオムの書庫Ⅱ

 ベリッヒとクレーエンは台所の食糧庫にある隠し通路から、膨大な書物を抱える書庫に来ていた。ベリッヒはここにある本は大方読んでいるらしく、クレーエンのためにお気に入りの本を探している。

 まだ納得のいく本は見つかっていないらしく、額に汗を浮かべていた。


「クレーエン様、知ってますか? 巷では乱闘が流行っていて、非合法な大会が行われるみたいで。野蛮で恐ろしいですわ」

「非合法も何もこの国の法律はあってないようなものだろ」

「そうですけど」


 ベリッヒはこれでも王族だ。法律がないようなもの、それは統治する王家の権力がもはやお飾りでしかないと言っているようなものだ。

 姫に向かって言うようなことではない。


「言い過ぎた」

「本音でしょうから。それに、クレーエン様はエアデ王国の方ですわ」


 次女とはいえ一国の姫としては、クレーエンの発言を否定し撤回を求めるのが良いだろう。しかし、法律が機能していないことに関してベリッヒは王族として負い目を感じていた。


 加えて、バオム国はエアデ王国の完全な従国で、エアデ王国から資源を優先的に買わせてもらう代わりに、魔王軍と前線で戦ってきた。完全な上下関係があるため、姫としても王国の客人よりも偉い態度を取るわけにはいかない。


「それでも言い過ぎた」

「そこまで申し訳ないと思うのであれば私の騎士に。守ってくださいね」

「俺は守るのは得意でないが」

「それでも、です」


 ベリッヒはクレーエンの本を探す。

 脚立に乗って。

 さらに踵を上げて背伸びをする。

 片足立ちをして、上に手を伸ばす。


「きゃあっ」


 ベリッヒは後ろに倒れた。

 クレーエンが咄嗟に支える。

 ベリッヒを支えたクレーエンの腕はぴくりともしない。

その力強さが温かく感じる。


「おすすめはこの本ですわ」

「これは紙が白いし比較的新しいのか?」

「はい。これはお姉さんと小さな男の子がイチャイチャする話、お気に入りです。こういう状況ってみんな好きですよね?」


 お姉さん系がタイプのクレーエンは目を反らした。


 バオム国にはディーレというクレーエンより年上の女性もいるが子供らしいところが多く、クレーエンが望む母性をあまり感じていなかった。そのため、お姉さん不足に陥っており、ベリッヒが紹介する小説が気にはなる。

 問題は小さい男の子である。なぜ、小さい男の子とイチャイチャするのか分からなかった。だが、クレーエンが求める母性の輝きがまさにそこにある気がした。


「どうだろうな?」

「なら一度読んでみてもいいですわ」

「俺は、文字は読めるが得意ではない」

「わたくしが読みますか?」

「いや、一人で読む」

「比較的読みやすいですわ」

「分かった」


ベリッヒはクレーエンに本を渡す。

クレーエンが床に胡坐を組むと、ベリッヒも他のお気に入りの本を持ってくる。


「クレーエン様、わたくしを守る提案はどうなりましたか?」

「少しなら」

「やったー。これで安心安全ですわ」

「良かったな」

「はい。クレーエン様はエアデ王国の方ですよね。魔王軍と戦ったら、一度戻るのでしょうか? 本を買いたいです」

「なら来るか?」

「そ、それは大丈夫ですわ!」


 ベリッヒは相変わらず臆病である。

 争いが終わったら従者に買いに行かせよう、ベリッヒは決めた。


「乱闘大会、きっとオシュテン派かトゥーゲント連合が一部関わっていますよね。たぶん対立しているオシュテン派だと思いますが」

「大きな権力がなければできることではないからな」

「トゥーゲント連合を引き込むことができて治安が良くなったと思っていました。でも乱闘大会が行われて、オシュテン派が動き出したら。オシュテンはわたくしたちの誰かが嫁ぐなら、活動を控えてもいいと言っています」

「オシュテンが本当のことを言っているかは怪しい。だが、オシュテンはディーレ姫をなんとか誘拐しようとしていた」

「はい。嫁ぐなら幼いチルカや国に重要なディーレ姉ではなくてわたくしが良いのだと分かっていますわ。怖くて、わたくしではなくてディーレ姉だったらわたくしは性格が悪いながらもホッとしてしまいます。そして、バオム国は能力のある人を失って、もうどうしようもできなくなると思います。それならわたくしが行かなければならないのに」


 ベリッヒの瞳に涙が湛えている。


 クレーエンは励ます方法が分からず、本を開いた。

 ベリッヒは曲げた人差し指で目を拭うと、本を敷いて頭を置く。

 クレーエンに背を向けて横になった。


「わたくしは臆病な姫です。この国が平和でないのは王族であるわたくしたちの責任ですわ。ですのに、平和だったら迷惑をかけながら生きていく必要はないって思います。ディーレ姉からすればわたくしがお荷物なのは分かっていますわ。飯を食べるだけの何も生産性がない人間ですわ」

「この国がもっと平和になったらもっと国のために頑張れるか?」

「死ぬ可能性がないといえるなら、わたくしはできる限りのことをしますわ」

「言質は取った。俺が平和にしてやる」


 ベリッヒはパアッと明るい表情を向ける。

 クレーエンは照れ臭そうにして、すぐに本を読み始める。


 平和にする、それは綺麗ごとだ。

クレーエンだけでは実現できるものではない。

 でもラメッタがいる。


 それから、クレーエンとベリッヒは何度も書庫を訪れて、クレーエンはお姉さんと小さい男の子の話を読んでいた。一方、ベリッヒは本を枕にして昼寝をしたり、お気に入りの本を読み返したりしていた。


「クレーエン様、上下巻でしたが読み切ったのですね!」

「ああ」

「どうでしたか?」

「良かった。失っていたものを取り戻したみたいだ。元気になった」


 失っていたものはお姉さんであるが、ベリッヒは分からない。

 クレーエンがやる気に満ちた顔をしていることだけは分かった。


「俺はすべきことがある」

「何をですか?」

「オシュテン派も乱闘大会も壊す」

「平和のためですわね」

「間違えではないな」


 こうして、クレーエンはベリッヒと関わって、再び戦うことに決めた。

 ラメッタと話さなければならないが。





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