6話 : 誘拐と組織

 ラメッタは寝返りを打った反動で覚醒した。

 ふかふかな感触と掛け布団の冷たさが涼やかな心地よさを与える。

 ……ふかふかじゃあ。


「ふわあ」


 瞼を開けて欠伸を一つ。

 大事そうに布団で寝かされていた。


「な、なんじゃこれ」


 ……。

 服も薄紅色で肌に優しいふわふわ生地のものになっている。

 つまり。


「なんなのじゃッ」


 誰かに着替えさせられたということ。

 恥ずかしくてつい顔を赤くしてしまう。

 

「それにしても」


 ラメッタは両手で頭を押さえるようにして血行を促す。

 誘拐されたときのことを思い出した。

 まず。

 馬車が爆発した。

 それから怪しい男たちが現れると、ラメッタの口に湿った布を当てた。

 睡眠系の魔法薬が染み込んでいたらしい。

 そして現在に至る。


「わし、誘拐されとる」


 ラメッタは隣の部屋から声が聞こえることに気づく。

 布団から出て壁に耳をつける。


「おい、どうしてこうなった?」

「すみません、お頭」

「俺たちは人攫いじゃないぞ」

「大金を持っていると思ったので強奪しようとしたのですが、相当な手練れがいたので」

「金や価値あるものは盗めなかったと。人ひとり攫う方が厄介ではないか?」

「それが。咄嗟に警戒していたのは荷物だけで。あの少女を誘拐するのは容易でした」


 ある組織による犯行らしい。

 リーダーと決行した男の会話だ。

 

「……。クレーエンのやつ、何してるんじゃ。咄嗟に守るのはわしじゃろ。荷物よりはわしじゃろ。美少女を守るべきじゃ、かわいいが傷つくのは世界の損失じゃろうッ!」


 ラメッタは拳を強く握った。

 離れたところにいるクレーエンへ、ありったけの殺気を。


「何も得られないよりかはましかと」

「うちは女子供には手を出さないルールだった」

「すみません」

「この馬鹿が」


 叩く音が響く。


「仕方ない、大事に扱え。俺の次に偉い人としてな。捨てたところで、他の連中に酷い目に遭わされる。うちで面倒見るぞ」

「はい」

「反省しろ」


 声が遠ざかっていく。

 ラメッタは寝ぼけ眼を擦った。

 話しを聞く限り身の安全は保障されそうだ。

 寝室を出る。


「うんうん。間違いは誰でもある」

「お嬢ちゃん、起きてたのか」

「話しも少々聞いてしまったの」


 その男は目つきが悪く顔全体には骨が浮いている。

 髪はチリチリで細く纏まっていない。


「そうか。なんでそんなに嬉しそうなんだ?」

「早とちりか、若いのお。まだまだガキじゃな」

「ガキはお前だろ、誰目線だよ」

「わしはラメッタ。おぬしは?」

「言わねえ」

「反抗期じゃな」

「ガキが。そういえば、馬車に乗っていたよな。どこに行くつもりだったんだ?」

「帰してくれるのか?」


 ラメッタが首を傾げる。

 男は首に手を回して俯く。


「簡単じゃない。戻りたいなら居場所を教えろ。この国の、バオムの治安は最低だ」

「よく言う」

「国民の半分が悪の組織、残り半分は組織と多少の関係は異なるだろうが繋がっている。国ですらない」

「ふむふむ。どうじゃろ? 仲間の居場所は城じゃから」


 男の表情が変わった。


「国の要人か?」

「バオムの要請で来たのじゃ」

「なら話は別だ」


 男はラメッタの腕を掴んで強引に寝室に戻す。

 ベッドに寝かせる。


「あわあわあわあわあわ」


 ラメッタ、半泣き。

 男は申し訳なさそうに、ラメッタの足首に枷を付けた。

 ……。

 終わった。


「わし言っちゃいけないこと言った? あわあわ、い、痛いことしない?」

「じっとしてるならな」


 ラメッタは身体を横に向ける。

 しおらしい態度で掛け布団をぎゅっと掴む。

 男は目線を反らすと、頭を掻きながら寝室を出た。


「うわあ、また捕まった」


 ラメッタは布団に顔をうずめる。

 

「わし美少女なのに理不尽じゃああああああ」


 叫んだ。

 そして、男まで聞こえた。

 扉が開く。

 ぎょろっとした黒目が覗いていた。

 ラメッタの背筋にスッと寒気がした。

 こわ、こわ、怖いの。


「おい、ガキ。うるせえ、自分で美少女ってなんだ、ガキに美しいもくそもねえよ!」

「そ、そんなことないもん、なの。わし、美しいの、かわいいの」


 ラメッタの瞳に涙が浮かぶ。


「それに、わしは七十八歳なの。つまり、ガキは」


 ラメッタの唇が震えている。


「ガキはおぬしなのにぃ」

「おい」

「な、なな、ななな、なななんじゃ」


 全身が震えるラメッタ。

 泣きすぎて鼻水まで出ている。


「七十八ってなんの冗談だ?」

「ほ、ほんとだもん」


 ラメッタは拳を胸に添えて言う。

 男はラメッタの髪をわしゃわしゃと乱した。


「き」

「き?」


 ラメッタは恐る恐る聞き返す。

 次にどんな恐ろしい言葉が出てくるのか身構えていた。

 身体は十三歳の少女だ。

 大人の男には叶わない。


「き」

「?」


 ラメッタはびくびくしながら言葉を待つ。

 男は息を大きく吸って叫ぶ。


「貴様あああああ! キエエエエエエエエエ!」


 男の咆哮。

 ラメッタは驚いて気絶した。

 こうして、誘拐された一日が終わったのだった。




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