5話 : 三姫と食事会

「食事が用意できました」

「なあ、じいさん」

「どうされましたか、クレーエン様」

「俺も傭兵もまともな礼儀はないぜ」

「王国の皆様の方が偉いので問題ありません」

「お前たちも必要ないが」

「ありがとうございます。では、こほん」


 執事の男が咳をひとつ。

 カッと目を見開いた。


「クソガキども、姫様を待たせるな! さっさと走れ」


 応接間にて。

 傭兵四人とクレーエンは驚きのあまり言葉を失っていた。

 従者二人は手を組んで頷いている。

 ……は?


「クソガキ呼びは礼儀以前では?」


 クレーエンが言うと、執事は背筋をぴんと伸ばして寄ってくる。

 慈愛のある柔らかい笑み。

 執事は落ち着いた様子で鼻からゆっくりと息を吸う。


「き」

「き?」


 クレーエンが頭にはてなを浮かべていると、執事は叫んだ。


「貴様ああああ! キエエエエエエエエ!」


 獣のような咆哮。

 クレーエンは耳に手を添えて耐えるしかなかった。

 どういう状況だ?


「そういうわけだ」

「どういうわけだよ」

「歓迎も兼ねている。うちの三姫が直接話したいとのことだ」

「そりゃどうも。だが話は手短に頼むぞ。仲間の一人が誘拐されたんだ」

「それにしては余裕ですね」

「生死は問わないのだからわざわざ急ぐ必要もない。だが姫やお前が無駄話をするなら別だ」


 執事は真面目な表情になる。

 クレーエンの顔つきを見て重大なことが起きていると理解したのか。

 執事は親指を立てて、ビシッとクレーエンに向ける。


「いいよー」


 あまりにも軽い返事に、クレーエンは呆れた。

 

 クレーエンと傭兵たちは長いテーブルがある大広間にやって来た。

 従者や執事は三人の姫の後ろでじっと立っている。

 執事はたまにクレーエンを見て口角を上げると、顎を出したり舌を出し白目を見せたりと全力の変顔をしていた。

 今からでも礼儀を頼めないだろうか?


「私が長女のディーレです。本日はバオムの要請を受けてくださってありがとうございます。今日は懇親会の意味も込めているのでたくさん食べてくださいね。じゅるり。じゅるり」


 ディーレはテーブルに並ぶ肉や魚、果物を見て目をキラキラさせている。

 蕩けた表情が印象的だ。


「わたくしがベリッヒですわ。お姉様、よだれなんてはしたない。貴族たるもの……(略)」


 ベリッヒは延々と貴族とはという話をしていた。

 楽しそうだが、長いので誰もが無視している。


「もう。もーなのですッ。チルカはもっとたくさん寝て大きくなるのー!」


 椅子に座ると床に足が届かない少女は末っ子だろう。

 ラメッタ(身体の年齢つまり十三才)よりも幼いように見える。


「姫様、率直に聞く。誰がテロ組織に差し出される姫だ?」


 執事や従者がクレーエンを摘まみだそうとするが、長女ディーレが手を広げて止める。


「国全体を考えれば末っ子のチルカですが、まさか幼い子にそんなことはできない。私か次女のベリッヒですね」

「で、どっちですか?」

「いや、そ、それは……」

「考えたくもないと」

「当然です」

「いいよ。力が法同然の国か。俺がルールってことだな。テロ組織を制圧する。それから魔王軍を対策するぞ。どうせテロ組織とは戦うしかないからな。お姫様はそこでちょこんと座ってろ」

「いえ。私も行きます」

「どうして」

「戦えるので。戦士たる者がただ助けてもらうだけではいられません」

「チルカもー! 悪いやつら倒して土下座させて半泣きにして、生まれてきてごめんなさいって何度も言わせるの!」


 末っ子のチルカを見て思う。

 この国の姫は意外とタフらしい。


「ベリッヒ姫はどうする?」

「わたくしは貴族。貴族たるもの、怖くて漏らす可能性があるのでみんなに守ってもらってお城のなかでぐーたらします。怖いの嫌です、痛いのやだあ」

「そ、そういう考えもあるか」


 クレーエンは自身を納得させた。

 食事を始める。


「あ、美味いな」

「そうでしょ、そうでしょ!」

「お姉さま、はしたないです」

「チルカもっと寝るのです!」

「はは、すごいな」「ああ」


 クレーエンは料理を美味しそうに食べ、長女ディーレは嬉しそうに料理を説明し、次女ベリッヒは盛り上がるディーレを抑えようとして、末っ子チルカは眠そうに瞼を擦っていた。

 残りの傭兵は三姫の態度を見て若干引いていた。

 執事や従者は黙って姫の後ろに立っている。


「テロ組織の戦力を把握したい」

「国民の半分くらいは組織の一員です」

「それ、実質力を失ってるってことか?」

「その通りですね。私たちでは国を治めるのは難しく。そのせいでテロ組織が力を持ってしまい、貴族の方々も次々と準備不足な戦場に送られてしまって大変な目に遭っています。私たちにできることがあるとすれば、王国に救援を要請するだけ。形だけの統治になってしまいました。法律では言うこと聞きません。私が組織のトップと結婚すれば言うことを聞いてくれる約束にはなっていますが」

 

 いつの間にかディーレが結婚するとして話をしていた。

 ディーレとしては自分が結婚して、次女のベリッヒを守りたいのだろう。

 だが、長女のディーレが結婚すれば、バオム国の中枢がテロ組織の傘下に下ることになる。言い訳もできない。

 長女ディーレの重い表情からも予想できる。結婚したところで従属国バオムは変わらない。


「国民の半分を敵に回して内乱が激化してしまえば、魔王軍を止めることができなくなる。クレーエン様、助けて」

「助ける、か。それはどうだろうな。気分次第ではあるが、テロ組織の俺たちがルールだって偉そうにしているのは許せないな」


 クレーエンは笑う。

 長女ディーレはその顔を見ると、手を合わせて目を閉じた。

 どうか、バオムが変わりますように。救われますように。


 一方、誘拐されたラメッタは。



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