2話 : ラメッタという魔女

 大衆食堂にて。

 百数人対応できるテーブルの数と給仕係の人数で、既に半分ほどの席が埋まっていた。

 店の奥にある調理場では、料理人が業火の中焼いたり揚げたり蒸したりしているのが見える。

 そのテーブルの一つに、薄赤髪のショートヘアの少女と、髪があらゆる方向に跳ねた青年がいた。


「さて。楽しみじゃ」

「一番大きな飲食店だが? 行ったことないのか」

「普段は近くの木の実や燻製にした干し肉で済ますことが多い。作業しているとよく忘れそうになるのじゃ。気づいたうちに済ませられるものが良い。食べるのは好きだが」

「そうか。大食いか?」

「体質的にな」

「テーブルを見ろ。あの山すべてが俺たちだ」

「安心せい。わしは食べる」

「クソガキが怖気づいてしまわないか気になっただけだ」


 二人の目の前には、スープ、パン、生野菜を切って特製のフルーツソースをかけたサラダ、巨大な肉の塊が二つあった。


「じゃあ食べるかの」

「どうだ?」

「う、うままままままッ!」

「全身が振動してるだとっ。どうした?」

「身体が、身体が満ちていく。潤っていく。喜んでいる。歌っている。踊っている。叫んでいる。わし、世界を愛せそうだ!」

「『世界樹』に手を出してみんなから魔法を奪ったんだ。少なくとも、ラメッタが世界から愛されることはない。ずっと嫌われる」

「ひどい。そんなことどうして」

「死罪だぞ。反省しろってことだ」

「酷いー! 怖いー! 嫌じゃ!」


 スープを飲むと頬が垂れ落ち、パンを齧ると小麦の香りに唸る。

 新鮮な生野菜を頬張ると爽快な瑞々しさに涼む。

 表面がよく焼けた肉をナイフで切る。

 顔ほどの大きさで一人分として提供されるが、実際は三人ほどで取り分けるのが常連の常識らしい。


「おうおう、もっと肉を出せ」

「野菜も食え」

「おい、クレーエン。何を皿から出している」

「きのこと薬草ハーブだ。これは香り付けと言って、決して人間が食べるものじゃないからな」

「わしは七十八才じゃぞ?」

「何度目だよ。知ってる」

「きのこも薬草も食わせてやるわ!」

「はあ? やるのか、おら」

「上等だ。食べ物を粗末にするやつなど、おばあちゃんが許さぬわ」

「ガキか乙女かババアかはっきりしろ」

「何でも良いわ。絶対に食べさせる」


 と二人は取っ組み合いを始める。

 

「あれは」と周りが騒ぎ出すと、クレーエンは大人しくなってラメッタに防戦一方になる。

 ラメッタも周りの視線に気が付いた。

 食事に戻る。


「清らかな川、綺麗じゃ」

「肉を見て何を言ってる?」

「星みたいでもある」

「楽しそうで何より」


 食堂を出た。

 牢屋まで行って大剣を受け取り、そのままラメッタの家へ向かうことにした。

 街から離れるように進んでいく。

 森に入った。

 背丈の大きい草花が頭を垂らしたような獣道を、ラメッタはのうのうと歩いていく。

 一方でクレーエンは葉が絡まり、湿った土に足を取られ、木の枝が足を鞭のように叩いてくる状況に苛立っていた。

 ラメッタが気にすることはない。


「着いたか?」

「まだじゃ。剣士が歩くだけで弱くなってしまうのは心配になってしまうわ」

「歩くだけって、俺の身長だと歩きにくいぞ」

「言い訳か?」

「くそ」


 草を掻き分けて進む。

 抜けると、家とその周りに植木鉢や花壇があった。

 ラメッタの家、魔道具屋、開発・研究所。


「さあ、入るのじゃ」

「ああ。って綺麗だな。もっと埃っぽいのかと」

「湿気がこもるのも埃が舞うのも危険じゃからな。何度か家も爆発しとるが、安全に気を付けようとは思っておる」

「もう調査は済んでるみたいだ。三日しかないが好きにしてろ。あと魔道具をいくつかくれ」

「前線でも魔道具を作れるか?」

「当然だ。それラメッタの一番の仕事だろ。おい、未だに名前呼ばれて顔赤くしてるのか」

「照れ屋さんじゃから」

「自分で言うなよ」

「じゃが、分かった。わしがいくつか魔道具を取り繕う」

「俺は剣士だ」

「任せろ。服が透けて見える薬と、身体が透明になる薬、惚れ薬でどうじゃ?」


 クレーエンはラメッタの髪を掴む。

 ラメッタは嫌じゃ! と叫んでいた。


「真面目に考えろ。ふざけていても死期が早まるだけだ」

「そうじゃな。魔法が使えると錯覚できるくらいにはじゃな」

「明日早朝にまた来る」

「なあおぬし」

「?」

「普段はどこで泊っているんじゃ? 正式な騎士ではないのだろ?」

「訓練所の敷地の好きな場所だ」

「うちに泊まらんか?」

「どうしてそうなる?」

「おぬしが騎士団と仲良いとは思えぬ」

「その通りだ」

「それともわしがかわいいから緊張して、一緒にいるだけでもドキドキして休めないんじゃな?」

「そんなわけないだろ、上等だ。俺が好きなのはお姉さんだ。お姉さんによしよししてもらうんだ」

「そうじゃろ。なら問題ないはずじゃ」

「問題ないな」


 クレーエンは大剣を壁にもたれるように置いた。

 それから。

 雨が降ってきた。

 窓に水滴が走り出す。

 

「この辺だけだよな?」

「そうじゃな。わしの力ではこれが限界じゃ」

「定期的に降らせているのか」

「わしでもいつ降るかは分からん」

「国のほとんどは降水量が年々減っている。ラメッタがやったのか?」

「因果関係が逆じゃな」

「そういうことか。たまには人のために動くんだな」

「『世界樹』の暴走もただの失敗じゃ」

「でも普通は触れない。それにあそこには門番もいたはずだ」

「ちょっと薬を撒いたらすぐに寝てしまった」

「そうして侵入できたわけか」

「そうじゃ」


 屋根が音を鳴らす。

 冷たい空気が僅かな隙間から流れる。

 ラメッタは台所に薪を置いて、近くの短い魔法杖を手に取った。

 軽く振ると先から火の粉が飛び出す。


「これで少しはましじゃ」

「助かる」

「おぬしは生意気なくせに感謝はするんじゃな」

「悪いな」

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