1話 : 鉄格子に綻ぶ
鉄格子のなか。
ラメッタは目を覚ました。
銀色のトレイに食事が並ぶ。
野菜を煮込んだスープと分厚いパン。
「わし、結構寝てたみたいじゃな。どれどれ」
背後の壁を見上げる。
天井までは大人が跳んでも手が着けられない。
星が見える位置に柵のような隙間がある。
夜か。
「ここから逃げようと思うなよ。クソガキ」
「ちっ。生意気小僧か?」
「国から見たら生意気なのはお前だ」
「ふんっ。わしはお前などという名前じゃない。ラメッタじゃ」
「俺だってクレーエンって名前がある」
「なんじゃと小僧?」
「小僧だって? もう俺は十七才だ。結婚しても問題ない」
「残念じゃな。わしは七十八才、生きてる時間が違うのう」
「魔女だろ。老いることがない魔道具職人」
「開発と研究を続けるなら老いないのはいいことじゃ。脳が老けないのは心強い」
「そうかよ」
「ところでどうしておぬしが?」
「飯、持ってきた」
ラメッタは足を畳むようにして座ると、パンを齧る。スープを一気に飲み干す。それから余ったパンを少しずつ手で切って口に放る。
「わしをどう思う?」
「クソガキ。見た目と精神年齢は間違いなくガキだ。何年生きたかは知らない。七十八才が嘘でも本当でも構わない。扱いにくい俺とお前を他国への援軍として送り込むのが今回の話だ。俺はお前が死ねばすぐに戻れるだろうが」
「前線に送り込まれたら怪我するぞ。痛いぞ!」
「まあ、痛いで済めばいい。あのじいさんに犯行現場を見られていたらしい。計画が下手だな」
「あのガキ。わし見たよ! ってなんじゃ! ボケとるじゃろ、絶対。ガキのくせに長々と生きよって」
「ガキはお前だろ」
「わしは確かに体の年齢は十四よりは下じゃ。わしは十三才のときに老いが止まったからの。クレーエンよりもガキじゃろ。でも人にとって大事なのはここじゃ!」
ラメッタは勢いよく胸を叩く。
背筋をぴんと伸ばしていた。
「心じゃ。つまりは七十八才ってことじゃ」
「はあ? まあ、いい」
「わしはよくないんじゃが?」
クレーエンの右手が背中の鞘に触れた気がした。
ラメッタは咳を一つ。
「いくつか聞きたいことがある」
「そうじゃろうな。わしのせいで前線に行くのじゃから聞く権利がある」
「『世界樹』にお手製の
「わしは『世界樹』についての実験の最終段階に入った」
「成功すると何が起きる?」
「人類はより高みへ!」
「胡散臭いな。で、成功したのか失敗したのかどっちだ?」
「失敗に限りなく近い成功じゃな」
「最悪な形で成功したのか。それとも成功とぎりぎり呼べる状態なのか」
「両方じゃな。わしは魔法が消えるとは考えていなかった。一方で、魔法が消えたことで分かったことも多い」
「それはなんだ?」
「嫌なのじゃ。わしの研究成果なのじゃ!」
刃先がラメッタの視界に入る。
「わしが老いないのは『世界樹』の花粉を浴びたから。それにわしは一切魔法が使えない。どれだけ簡単なものでも」
「暴走している今は誰も魔法を使えない。関係があるってことか」
「そうじゃ」
「覚えておく。明日の朝、もう一度来る。そしたら牢屋を出て三日で準備し、前線の国に馬車で出発する」
「忙しそうじゃ。面倒じゃな」
「逃げれば即刻処刑だろう」
「うー、それは嫌」
「ラメッタ、お前は弱く見える」
「肉体的には十三、四の少女が強いわけないじゃろ」
「家に行くときにはどのレベルの魔道具を揃えているか見せてほしい」
「そうじゃな」
クレーエンは外へ出た。
ラメッタはパンを食べ終える。
食事とともに渡された瓶に口を付ける。
それから、横を向いて寝転ぶ。しかし。
「ね、眠れるかーッ!」
あの実験はどうなった?
なんて疑問が次々と浮かぶ。
しかし考えをまとめるための筆記具などは一切ない。
解決できないまま疑問だけが膨らむ。
頭を休ませようと星を見る。
あの星はなんだったか?
また疑問が増えるばかりで寝付けない。
「魔剣士クレーエン。同じ厄介者か。腕は評価されているが、生意気で。あいつは一体何者じゃ」
ラメッタをよく思っていないのは分かる。
魔法を使えないようにした張本人である。
一方で、縋るように見てくる気がする。
ラメッタが死ねば監視の任務がなくなる、なんて言ってるわりには。
「わしが起きるまで根気よく待っていた。わしに何か求めてるんじゃろうか。年上のお姉さんが好きか。媚薬? 惚れ薬? 透視を可能にする薬じゃろうか? それとも仲良くしたいのか?」
ラメッタは激しく首を左右に。
「そんなわけない。わしの観察をしていただけ。仲間がほしいとか寂しいとか相手が思っていると決めつけるなんて。わしもまだまだじゃな」
馬鹿らしい考えだ。
……。
眠い。
……。……。
意識がすっと抜けていく。
箱の中に入り込んでゆっくり閉じる。
さらに、どんどん深部へと飲まれて、沈んでいく。
……。……。
温かい。
……。
「おい、チビ」
ラメッタは目を覚ました。
温かい。
って、これは肋骨?
首?
「ガキのくせに首を絞めようなんて」
「あー、どうしておぬしがわしを?」
「朝になったら出るって言っただろ」
「幼気な少女をどこへ連れていくのじゃ!」
「食堂だ。朝飯を食う。それからラメッタの家を教えろ」
「ラメッタ呼び? あら」
「クソガキ顔を赤くするな、やりにくいだろ!」
「ふーん。ちょっと名前呼び嬉しくて、ドキッとしただけじゃ」
「ドキッとするな。俺は仕事だ」
「な、乙女に対して生意気な!」
「乙女か、ばばあか、ガキかどれかにしろ」
「お姉さんはどう?」
「それはないだろ」
クレーエンは背中にいるラメッタを落とそうとする。
嫌じゃ、嫌じゃ! とラメッタが叫ぶ様子は兄妹にも見える。
しかし、少女の外見で死刑は珍しく、やはり生活必需品である魔法を奪った本人なので周りからの視線は痛い。
「ところで剣はどうした?」
ラメッタの大きな目がクレーエンのやる気のない細い目と合う。
「牢屋の番人に預けた。朝食の邪魔だからな。全く鉄格子の中でよく眠れるものだ。緊張感とかないのか?」
「ない」
「即答か。図太い精神だな。店に着いた。下りろ」
「なかなかいい背中じゃった。鍛えているからか」
「背負っても問題? ってのが全くない身体だった。クソガキだからか?」
クレーエンは手を胸の前で動かして二つの山を表現する。
ラメッタはクレーエンの靴を踏んだ。
「わしはかわいい。それに成長期」
「成長するのか?」
「うぐ。いつか薬でお姉さんになってやる。そのとき土下座しても遅いのじゃ!」
「そうだな。はいはい」
「クソガキが!」
「ラメッタには言われたくないが」
「ドキッ」
「照れるな、面倒だ。早く行くぞ」
こうして、クレーエンはラメッタの腕を引く。
食堂に入った。
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