世界樹を暴走させたマッドサイエンティスト、死刑だけは嫌だとごねる!
アメノヒセカイ
1章 世界樹と狂乱科学者
クソガキはお前じゃろ?(笑)
広場には大勢の人々が集まっていた。
中心にあるそれを見て、誰もが静寂を貫く。
甲冑を着た騎士団が剣を立てるように抱え、大衆が近づかないように制していた。
観客の一人が唾を飲み込む。
目線の先には、まだまだ成人には見えない薄赤髪のお団子ツインテールの少女がいた。
丸々とした
「魔道具職人ラメッタ。魔王軍との戦いが激化するなか、ここエアデ王国の住む国民が平和に過ごせているのは、『世界樹』によって授けられた魔法のためだ」
国王は白い顎髭を手でなぞりながら言う。
諦めと呆れの表情で、少女ラメッタを見下ろすと何度も溜息をつく。
「その『世界樹』を
……え?
ラメッタは騎士二人に華奢な腕を掴まれる。
顔を後ろに向けると、刃がぎらつく断頭台が見えた。
「嫌じゃ、嫌じゃ、嫌じゃッ!」
ラメッタは駄々をこねる子供のように腕を激しく振る。
一度は騎士の捕縛が解ける。
しかし抵抗にしびれを切らした騎士は力を強め、縄で手首を少女の背に留めておく。
頭を押すようにして台の上に首を差し出させた。
目の前に桶が用意される。
落ちた頭を受け止めて流れる血が地面を汚さないためだ。
「待て、待つのじゃ。わしが『世界樹』を手にかけた証拠は? ふふふ、国王様も若いのう」
「ラメッタ、お前の家を調査したところ、開発の痕跡があった」
「え、えっと。まだ盗まれただけの可能性がある。わしが犯人だと言えぬ!」
ラメッタがキリッと得意げな表情で言う。
国王は騎士に指示を出す。
目の前に背中を曲げた老人を呼び出した。
老人は震える手で杖を突きながら歩く。
時々入れ歯を調整するために、もごもごと上唇と舌を動かす。
「わしが見たよ? 見たよ」
老人は親指を上に向けて立てる。
ラメッタの眉に力が入った。
「クソガキ!」
「ガキはお前じゃろ?」
「わしは確かにチビじゃけど、幼いけど、かわいいけど、成長したら傾国の美人じゃけど! ガキには言われたくないわ! ばーか、ばーか。呪ってやる!」
ラメッタは興奮してまくしたてる。
老人はぼそっと一言。
「死刑囚」
そして、少しだけ口角を上げた。
「死刑囚(笑)じゃって? ガキが。嫌じゃ嫌じゃ、痛いの嫌じゃ! 痛いは嫌じゃ! 痛いは嫌じゃ! 痛いは嫌じゃ!」
ラメッタは声を大にして叫ぶ。
大衆がだんだん騒がしくなる。
まだ幼い少女が重罪とはいえ断頭台に上がっている。
興味本位で集まった野次馬だが、子供が処刑場にいるのは気分がいいものではない。
それでも、魔法を失って生活に、平穏に影響があるとなれば、判決に文句を言うものはいないだろう。
ただ一人を除いては。
「国王様、わたくしの意見を述べさせてくれませんか」
「最高騎士団、団長殿」
国王は大男を見る。
「分かった。申せ」
「はい。『世界樹』の影響で我らは魔法を失いました。よってラメッタ罪人の死刑には一切の文句がございません。しかし、今のわたくしたちでは国を守るのは難しいかと。そこで、魔力さえあれば使用できる魔道具で対抗する必要があります。ラメッタ罪人を殺すわけにはいかないと」
「ふむ。そうだな」
国王は一瞬考えると頷く。
ラメッタの表情が晴れた。
助かりそう!
「死刑囚ラメッタ。前線で魔王軍と戦ってもらう。その成果次第で死刑執行を遅らせるとしよう。魔道具職人として、できることすべてをしてもらう」
真剣な表情の国王。
ラメッタの顔は暗い。
前線? 痛い、絶対痛い、痛いの嫌じゃ! 首落とされるのも嫌じゃ! ここは隙を見つけ次第逃げるのじゃ!
「前線に送ったとしても逃げる可能性があるでしょう。そこで監視として、若手実力者のクレーエンを付かせます」
「頼んだ」
ラメッタの前に髪があらゆる方向に跳ねた寝起きのような青年が現れる。
甲冑を着ておらず、布一枚で作られたような薄着だった。
「俺の出番か。このガキがそうか」
「口が悪い少年じゃ。生意気な」
クレーエンは背中の大剣を軽々と持って、
桶を退かす。
ラメッタの髪を掴んで引く。
「痛いのは嫌じゃと言っておろう」
「クソガキ。俺は圧倒的年上派なんだ」
「はあ? なにを言っておるんじゃ」
「だから斬ってしまってもいいと思ってる」
剣を振り下ろす。
瞬間、ラメッタは目を瞑った。
力みすぎているのか目元に皺ができる。
しかし、風を切る音がするだけだった。
「うわあ」
断頭台にラメッタの髪が散っている。
慌てて耳辺りに手を添える。
指を擦るように耳近くの髪に触れる。
何度も湿った汗で指が滑るばかりだ。
ラメッタは真っ青な顔になる。
血液が十分に巡っていないのだろう。
「な、なああああーッ!」
「おい死刑囚。少しは反省しろ」
「短くなっておる。ショートカットになっておる。わしのお団子ツインテールがばっさりじゃ」
ラメッタはクレーエンを睨んで暴れる。
が、手足の縄をどうすることもできずに脱力した。
「クレーエン。ラメッタを解放しろ。これからのことはあとで話す」
騎士団長が言うとクレーエンは大剣を背中の鞘へ納めた。
「おのれ! おのれ!」
「魔道具職人のクソガキ」
「クソガキはお前じゃろ。わしは七十八才」
「俺たちは、厄介だ」
「ふむ?」
クレーエンはラメッタの縄を解く。
ラメッタは既に力が残っていない。
断頭台から首を起こすと地面の上で仰向けになった。
「魔女は街の離れでのんびり過ごしていればいいものを」
「開発と研究こそが生きがいじゃからな」
「
「そうじゃな」
ラメッタは横を向く。
クレーエンはラメッタを抱えた。
「俺はお前と同じ厄介者だが、お前の気持ちは一生分からないだろうな」
「わしは七十八才じゃ。ガキに分かってたまるか」
「前線か。お前死ぬだろうな」
「嬉しそうじゃな。狂っておる」
「『世界樹』に手を掛けた人間よりはましだ。それに俺は強いからな」
「わしは狂乱科学者じゃ。開発と研究のために前線に出るだけじゃ。ふわあ、疲れた」
「斬るぞ?」
「痛いのは嫌じゃと言っておる」
「なら人様に迷惑かけるな」
「正論じゃな」
「正論だ」
ラメッタは緊張が緩んだのか、すやすやと眠りはじめた。
クレーエンは騎士団長と投獄時の看守の指示に従って牢屋まで運ぶ。
柵の向こうに隔離した。
冷たい石畳の上に少女を置く。
「魔道具職人ラメッタか」
クレーエンは牢屋を後にする。
―――これは、生意気な魔剣士と狂乱科学者な死刑囚(笑)が、ともに生きると決めるまでの物語である。――――
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