3話 : クレーエンの大剣

 雨は止まない。

 ラメッタは台所で湯を作って急須に注ぐ。

 テーブルに戻ると、クレーエンは窓の外を見ている。


「面白い魔道具を貸そう。剣を取りに行くが良い」

「雨降ってる。明日でもいい」

「この雨は長そうじゃぞ」

「ラメッタが降らした雨だろ? どうにかできないのか」

「する必要がないのじゃ。わしは魔道具職人じゃからの。待っておれ」


 ラメッタは建物から出て裏の小屋に行った。

 その間濡れてしまっているがラメッタは気にしていない。

 小屋の中は一面に棚が広がっている。

 無数の魔道具と魔法薬が並んでいた。

 金属製の梯子をかける。


「んしょっと。これじゃな」


 ネックレスだ。

 ラメッタは雨の日は家で魔道具を作っていることが多いため、わざわざ外に出ることがない。一方で、街では雨がほとんど降らない。したがって外には需要がない。

 ラメッタは口角を上げる。

 久しぶりにこの道具を使う機会がやってきた。


「これじゃ」

「おい、水、水ッ」

「あー、これか。魔道具取りに行ったときに濡れただけじゃ。じゃから道具は問題なく使える」

「服透けてるが?」

「仕方ないの。着替えておく」


 クレーエンが帰ってくるのは想像よりも早かった。


「着替えろよ」

「それはじゃな、こっちの仕事が終わるまで待ってろ」

「何してるんだ?」

「必要となる魔道具、魔法薬を考えておる。魔法がなくなったのじゃから」

「ラメッタ。もっと冷たい人間だと思っていた。罪悪感など持たない人間だと思っていた。本当に実験が悪い方に進んだだけなのか」

「そう言っておる」

「紙に書いたそれは?」

「今後必要なことじゃ。エアデ王国は魔法大国とも呼ばれるほど発展した魔法を持つ。じゃが、最も魔法に頼っているのは武力じゃ。残り滓ではあるが生活にも魔法は使っておる。魔力を一番消費しているのは魔道具じゃからな。でも影響は無視できない」


 コップに紅茶を注ぐ。

 大量の角砂糖を投入した。

 クレーエンは腕にかけたネックレスを返す。


「首にかけるものじゃぞ?」

「知ってる」

「どちらでも効果がある代物じゃ」

「優れたものだった。それにしても」


 クレーエンは目の前のコップに口を付ける。

 首を傾げた。


「飲みやすいが?」


 ラメッタを見る。


「ぐええ」


 紅茶を啜ると、ラメッタは舌をぺろっと小さく出す。

 急いで角砂糖を追加していた。


「ガキが」

「これでも角砂糖減らしている方じゃぞ!」

「一個でも多い。いくつ入れた?」

「全部で七個。元々十個じゃ!」

「なら飲むなよ」

「こういうの飲める方が大人じゃろ。じゃが、身体は美幼女よりも美少女。飲みにくいものは飲みにくい」

「無理してるんだな」

「老いない分、努力で間に合わせたい部分もあるんじゃ」

「分からないな」

「それはそうじゃ。わしだけが老いぬのだから」


 ラメッタは紅茶を呷る。

 涙目になると角砂糖を少しずつ砕きながらコップに入れ出した。

 一つ丸々は入れたくないのか、少しだけの欠片を角砂糖用のケースに戻す。


「また砂糖か?」

「でもほら、八個弱じゃ!」

「そうだな」

「酷いのお。むー」


 ラメッタは頬を膨らます。


「ご飯食べに行く」

「わしは家で干し肉でも食べるのじゃ。調整したいことも多い」

「分かった」


 クレーエンは一瞬外に出るが戻ってきた。


「ネックレスを借りる。それと俺の剣を頼む」

「ほう。剣士の命をわしの元に置くなんて、わしも気に入られたのう」

「その剣は七代目だ。すぐに剣が壊れてしまう。だから、俺は剣を重要視していない」

「立派な武器に思えるのじゃが?」

「古い物でも安物でもない。だが戦えば壊れてしまう」


 ラメッタは甘い紅茶を飲み終えた。

 大剣を持とうとする。

 その重さに諦めた。

 代わりに剣を寝かせて鞘から取り出す。


「すぐに割れる代物には思えないんじゃが」


 指を立てて剣身を撫でる。

 次に握りこぶしで優しく叩く。


「むしろ高級品だと思う。クレーエンが馬鹿力ということ?」


 ラメッタにはその剣は持てない。

 引き摺るようにしてようやく動かせる。

 刃が鋭いのか床に深いキズができてしまった。


「あちゃー、なのじゃ」

「何をしている」

「わしは魔道具職人じゃ。剣が壊れると言っていたので道具を見させてもらっていた。ってそれ」

「パンに肉と葉物と果実、ソースを挟んだものだ。やる」

「おお!」

「それと食材」

「肉!」

「もちろんある。だが俺が料理できると思うか?」

「情けないのう」

「俺の剣を見て何か分かったか?」

「とてもいいものじゃ」

「だが壊れる。剣とはそういうものだ」

「それは今日までのことじゃろ?」

「つまり?」

「わしが新調する。魔道具職人の腕の見せどころじゃ」

「頼めるなら」

「クレーエン、わしらは成果を上げる。わしらは勝つ」

「前線だぞ」


 ラメッタはサンドイッチに齧りつく。


「死刑だけは嫌なのじゃ!」


 視線の先には大剣がある。

 七代目の剣。

 

「どんな風の吹きまわしだ?」

「剣を見た。魔道具職人のわしが剣を見ただけじゃ。それで勝てるかもと思っただけじゃ」

「そうか。死刑囚は生きていけると思ったわけか」

「ああ」

「俺は魔剣士だ。剣だけで戦うこともできるが本調子とはいかない。俺は魔力を使って戦いたい」


 クレーエンの手の平から赤い煙がおぼろげに現れる。


「いいコンビになりそうじゃな」


 ラメッタは頬杖をつく。

 膨らんだ頬に笑みが見えた。


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