第3話 トリあえず

『グシュウウウ』

 吐息のような断末魔の声をひときわ大きく響かせて、ジェイドカメレオンは倒れ伏す。


「ごめん。役に立てなかった」

 何とか倒せたが、ほとんど沖浦さんが与えたダメージによるものだ。

 同じデバッグのアルバイトでも、彼女の方は運営に近いので、ある程度レベルは高い。


「……ん。初戦闘だから、まあ仕方ない」

 確かに俺のキャラクターはまだレベル1。初戦闘で、あの中ボスクラスの敵は荷が重かったのかもしれないが……。


 失望されたかと思ったが、何やらこちらに向けるその目はいつもより輝いてるような気がしなくもない。

 思い起こせば、今までもそれに近いものがまったくなかったわけでもない。

 例えば、部室でパソコンに向かって何かのプログラミングをしていた時。

 例えば、テストの成績をネタに、俺に勝負を挑んで来た時。


 女子の表情とかわからんし、この人はそれとは別にかなりわかりにくい部類だとは思うが、このゲームが、そしてゲーム関連の仕事が好きなことは十分すぎるほどに伝わって来た。


    ◆


 とりあえず、彼女の方がレベルが高いので、こちらは飛び道具で援護役をやることにした。


 今は、近くの森の木から切り出した木材を、手持ちの剣で削って形を整えている。


「……社員の人も、あのカメレオンを初見で見破られるとは思わなかったって」

 俺の作業を見ていた沖浦さんが、暇を持て余したのか話しかけてきた。


「その辺は、動物園や水族館で慣れてるからな」

「……だから、戦闘だけでなく、得意なことを色々とやってくれれば、それもデバッグになるから」

「色々と言われても……いくつか武器を試してみるか」

 低レベルだと金属加工や鍛冶なんかは難しいらしい。

 とりあえずは木製の武器でレベル上げが必要だろう。

 そうこうしてるうちに手元の木材を削り終えた。


「……それは、ブーメラン?」

 完成したのは、『く』の字の形をした木片。


「……あの、ね。このゲームでは、ブーメランが敵を倒した後に戻ってきたりとか、複数の敵に攻撃できたりとか、そんなことはできないよ」

「昔のゲームじゃあるまいし、この世界観でそんなのは期待してないぞ」

 リアルなVRヴァーチャルリアリティの世界でさすがにその動きはおかしいだろう。


「命中したら手元に戻ってこない以上、複数作らないといけないけど、ひとまずこれを投げてみて修正する」

「……戦闘テストなら、敵を呼び出すけど」

「いや、まだ……」

 そう言いかけて、口ごもる。


「待てよ。上空に鳥型モンスターを呼び出す事はできるか?」

「……じゃあ、十羽ほど小型モンスターを、トリあえず。トリだけに」

 最後の一言必要? と聞こうとしたが、やっぱりやめておくことにした。


「……でも、なんで鳥?」

 彼女が携帯型端末を操作すると、頭上数メートルのところにタカのようなモンスターが出現し、飛び回り始める。


「さっきの、ブーメランが敵に当たった時には戻ってこないって話だが、決して不可能ではない」

「……え?」

「まあ、見ててくれ」


 そう言うと俺は、上空の鳥型モンスターを見上げつつタイミングを計る。

 一羽が俺の真上を横切る直前。その少し前を目掛けて、ブーメランを投げ上げる。

 そのままブーメランは鳥に命中。ダメージの数字を飛び散らせつつ鳥は消えてゆき、ブーメランはそのまま落下する。

 真下にいる俺のところに。


「とまあ、こんな感じで敵を倒してからブーメランを受け取ることは不可能じゃない。実戦で使えるかどうかは分からないけどね」


―特殊スキルの習得条件を満たしました―

 沖浦さんの返事よりも早く、そんなメッセージが視界に現れる。


― 攻撃スキル、『リターンブーメラン』が取得可能となりました ―


「えっ……?」

「……おめでとう。スキルで実行することをスキルなしで出来れば、条件は満たされる」

 どうやら知らないうちに、レアなスキルを習得してしまったようだ。



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沖浦数葉の冒険 ―グレイト・ライフ・オンライン― 広瀬涼太 @r_hirose

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