第2話 色鮮やかな世界
本物と見間違うほどにリアルに描写された、色鮮やかなヴァーチャルリアリティの世界。
鬱蒼とした森の見た目だけではない。鳥や虫の声、木々の匂い、肌を撫でる風の感触まで再現された森の中を、二人で歩いていた。
視界を覆い尽くす様々な緑の中に、ぽつりぽつりと小さな赤いものが見える。
小道の脇に生えているキイチゴから実を一つ摘み、口に運ぶ。
うん。味覚までちゃんとある。
直後、沖浦さんがまた近寄ってくる気配がした。
思いの外近くに来ていた彼女は、十五センチほど身長差のある俺を上目遣いで見つめると、目を閉じて口を開く。
「……あーん」
……いいのか? 俺の手から食べたりして。
…………。
しょうがないなぁ……。
もう一つキイチゴの実を摘むと、その唇に近づけ――。
「うおっ!?」
こちらの手に噛みつかんばかりの勢いでキイチゴを口に入れた彼女は、そのままもぐもぐと口を動かすと、続けて眉をひそめた。
「……すっぱい」
「そりゃあ、品種改良された果物とは違うから」
な、なんか……デートっぽくない?
いや、付きあっていない異性と一緒に行動するだけでデート扱いとか、流石にまずい気がする。人付き合いが苦手で友達もまともにいないのに、彼女なんて順番おかしいだろ。
そもそも、これはただのアルバイトだ。
ゲームをプレイして、バグとか、改善すべき点を報告するのが俺の仕事だ。
「テストプレイなら同じものばかり食べてもしょうがないだろ。他になにか木の実でも……」
照れ隠しも兼ねてそう言うと、間近にいる女子の姿から目を離し、辺りを見回す。
特に変わったものはなさそうだが……。
……あれ?
「……どうしたの?」
少し離れた茂みを見つめている俺に、彼女が声をかけてきた。
「いや……あの茂み、変じゃないか?」
「……? 特に何もなさそうだけど」
「色合いも単調だし、質感や形も他と違う気がする」
そう言っても、沖浦さんは怪訝そうな顔をするばかり。そして、茂みのほうに向かって行こうとする。
それならばと、俺は彼女を呼び止め、足元から一握りほどの石を拾い上げる。
何かイヤな予感はするが、テストプレイだからな。多少は無茶をする必要もあるだろう。
その色合いが違う茂みに向け、石を投げ込む。
鈍い音がして、枝葉を揺らすこともなく石が弾き返された。
そして、なんとか茂みの体裁を保っていたそれは、周囲の地面をも巻き込んで形を崩す。
木の葉に見えていたものは、いつの間にか
「きゃあっ!?」
普段はもっとゆっくりした仕草の沖浦さんも、こういう時は普通に悲鳴を上げるんだな。
いや、そんな呑気なことを考えている場合じゃない。
現実世界の爬虫類より大きい、恐竜じみた何か。
これは敵だろう、多分。
「オオトカゲ……いや、カメレオンか!」
【ジェイドカメレオン】
俺の言葉に答えるように、カメレオンの頭上にそんな表示が浮かんだ直後。
― 一般スキル、『投石』が習得可能になりました ―
― 一般スキル、『動物学』が習得可能になりました ―
― 一般スキル、『看破』が習得可能になりました ―
― 一般職、【ウォリアー】に転職可能となりました ―
― 一般職、【ハンター】の転職条件の一つをクリアしました ―
― 補助スキル、『特効・爬虫類』が取得可能となりました ―
― 上級スキル、『慧眼』の取得ツリーが開放されました ―
大量の字幕が眼の前に展開される。カメレオンの姿が見づらくなるほどに。
「ちょっと待て! この字幕タイミングおかしくないか!?」
「……ごめんタイミング変更できるのまだ説明してなかった」
いや、それは後回しだ。
初期装備のナイフを腰のホルダーから抜き放ち、体育の授業でやった剣道の構えを取る。
しかし、画面の中のキャラクターにコマンドを入力するのと、VRで自分の体を動かすのではは勝手が違いすぎる。
体育のは苦手だ。剣道でも、一度も勝ったことはない。
それでも、何とか経験値を稼いでいけばそのうち何とか戦えるようにはなるのだろうが……初めての戦闘の相手としては大丈夫なんだろうか。
キョロキョロと左右別々に動いていた眼が、まっすぐにこちらを向く。
口がわずかに開き、その隙間から舌がのぞく。
攻撃の予感。だが、よければ後ろにいる沖浦さんに当たる。
一瞬躊躇した瞬間、敵の舌が伸び、反応するひまもなく俺の右腕に絡みついた。
ダメージは少ない。
だが――。
―アトラクション―
続けて技名だかスキル名だかが、カメレオンの頭上に表示される。
一瞬、遊園地の施設が頭に浮かんだが、腕に絡み付いた舌に力が込もったところで思い出す。
「……これ、英単語帳の54ページで見たやつだ」
「通信教育の広告か!」
この人、時々妙な記憶力を発揮するな。俺はさすがにページ数までは覚えていないが、意味はわかる。
「「
二人の声が重なる。
さすがに自分より大きな相手の力には逆らえず、バランスをくずしたまま一メートルほど引きずられる。
まずいな、これ。
「……でも、カメレオンって擬態はすごいけど、戦闘力はたいしたことないんじゃ……」
「カメレオンの
「……今、助ける」
一瞬、背後から聞こえたその声が誰のものかわからなかった。他に誰もいないはずなのに。
ただ、普段のクール系というかダウナー系というか、そんな感情のこもっていない彼女の声とは、明らかに違っていたから。
「……
何やら中二病めいた
同時に彼女のセリフが、洋画の字幕のように視界の端に表示される。
っていうか、何その当て字。まあ正直、気持ちはわからんでもないが。
ウコンバサラって確か、北欧の方の神話に出てくる神の武器だよね。
いやそれより、ハンマー使いなのか、この人。
普段とイメージ違うな、とかいうのも失礼かも。
などと呑気なことを考えているうちに、沖浦さんはカメレオンの舌めがけてハンマーを振り下ろした。
『グシュウウウ』
カメレオンの口から空気がこぼれるような音が漏れた。
俺の腕から離れた舌が口の中に引き戻され、代わりに緑色のガスのようなものが吐き出される。
「いやもうこれ、ほぼ怪獣じゃないか!」
「……ぅゎヵぃι゛ゅぅっょぃ」
意外と余裕あるな、この人。まあ、ゲームとわかっていればそう慌てることもないのかもしれないが。
拡散するガスをかわしきれず、視界が緑に染まる。
それだけでなく、カメレオンも、周囲の景色も、輪郭が
「これは……?」
「……昔のゲームにあった、視覚に異常が起こるやつ」
「命中率が下がったりするあれか?」
「……ん。VRで目の前が真っ暗になるのはさすがにちょっと」
確かにそれは、まずそうだな。
とはいえこれだけでも、戦闘に結構な支障が出そうだ。
さて、どうしたものか。
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