第1話 メガネの向こうに
「……はい、それじゃあこれ」
そう言って
「これだけ?」
ヴァーチャルリアリティと聞いていたので、もっと大掛かりな機械があるものと思っていた。
「……ん。ここにはサーバの本体があるし、自宅では中継器を使ってもらう」
ここは、沖浦さんが以前からアルバイトをしているゲームソフト制作会社の小会議室の一つ。最近ではプログラマー見習いのようなこともしているそうだ。
この機械を運んできた社員の人は、今はもう部屋から出て行った後。ただし、万一の事態に備えて別室でモニターをしてくれている。
そして沖浦さんは、自分ももう一組のヘッドギアを頭に装着する。
「……付けるの、手伝おうか?」
サングラスのようにスモークのかかったレンズの向こうから、沖浦さんが俺を見つめてきた。
「い、いや大丈夫……っ!」
俺は小学校の頃のいじめが原因で、女性全般が苦手な俺としては、悪いけどあまり女子に触れられたくないのだ。
「……じゃあ、始めるよ……まずは、イスに深く腰掛けて……それから、右のこめかみのところにある、メインスイッチを長押しする」
言われたとおりに、イスの背もたれに体重を掛け、スイッチを押す。
メガネのレンズの向こうが、急に暗くなる。そして――。
フルダイブ型VRMMO、『
そんなゲームのロゴが、暗闇の中に浮かび上がった。
今回から始まるアルバイトの内容は、この開発中のゲームの
テストプレイの参加資格は、実際にはかなりの倍率の抽選になっているそうだが、俺は以前からアルバイトをしている沖浦さんの推薦という形で参加することになった。それは悪いんじゃないかと最初は辞退するつもりだったが、期末テストの成績勝負に負けた罰ゲームということで押し切られた。
―― プレイヤーをスキャンしています。しばらくお待ちください ――
そんな文字が眼前を流れてゆく。
数分待っただろうか。ゲーム本編を開始しますの文字が現れ、ゲームのロゴが暗闇に溶けるように消える。
そして光が弾けた。
「っ!?」
思わず俺の口から小さな悲鳴がこぼれかけ、それを慌てて抑え込む。
体のバランスが崩れ、前のめりに倒れそうになった。直前までイスに座っていたのに、ゲーム内で急に直立した状態になったから、感覚がついていけなかったようだ。さらには急に視界が真っ白になったことも。
前に突き出した手に、何かが触れる。
それが何か思い当たった瞬間、反射的に手を引いていた。
「きゃっ!?」
「! あ、ごめん!」
「……あ、いや、こっちこそ急に触ってごめん」
俺の女性恐怖症のことは、沖浦さんも知っている。そういえば、この人の前でも過呼吸おこして倒れかけたりしたな。
改めて向き直れば、彼女はそれまでの制服姿ではなく、ファンタジーものの登場人物のような鈍い銀色の鎧をまとっていた。
ただし本人の姿は、いつもとあまり変わらない。
いや、一瞬気が付かなかったが、いつもはその両目を隠している前髪が少しだけ短くなり、普段は眠たげな両目がまっすぐにこちらを見ていた。
髪型がほんの少し変わっただけなのに、何やらかなり印象が違って見える。
まあ、それはさておき。
俺の方はというと、容姿や体格は普段通りで、服装は無地の白い半袖Tシャツに、ベージュの短パン、そして白の靴下にスニーカー。何だか小学生みたいな格好だな。
そういえば、身に着けたばかりのヘッドギアは見えなくなっている。
「……それが、防具のない状態でのデフォルトの格好。それ以上は脱げないから」
自分の体を見まわしていた俺に、沖浦さんが声を掛けてきた。
「いや、別に脱ぐ気はないけど。それで、次は何をすればいい?」
「……今日はVRで体調不良とかが発生しないかを試すだけだから。まずはデー……散歩でもしよ?」
「ああ、うん」
何かデーとか言ってなかったか?
デート……いやいや、何で一番にそんな単語が出てくる? 恋人どころか友達かも怪しいのにそれはないだろう。データ収集か何かだな、多分。
ようやく周りを見る余裕ができて、気付けば見渡す限りの草原に立っていた。現実世界では見たことのない、まっすぐな地平線も見える。
近くには、小さな森もあった。
「……行ってみる?」
「大丈夫なのか?」
「……もちろん。画像だけじゃなく、全部触れるようになってるよ」
そう言うと彼女は、俺と並んで歩き始める。
……近くない?
うっかり手と手が触れてしまいそうなぐらいに。
「こ、こういう時って、縦に一列に並ぶもんじゃないか?」
思わず、妙なことを口走ってしまう。
「……昔のゲームじゃないんだから……」
「まあ、VRなんだし、普段と同じように歩けばいいんじゃないか」
そして、引き続き森を目指して歩く俺の直後を、沖浦さんがついてくる。
俺が曲がれば、軌道をなぞるかのようにその直後を。
ああこれ、まだキャラクターがドット絵の時代のやつだ。スマホアプリで復刻版をやったことがある。
「……楽しい?」
「ごめん俺が悪かった」
「……ん。じゃあ普通に歩こっか」
まだ、少々やり取りはぎこちないが、もう一度横に並んで、さっきよりもほんの少しだけ距離を取って、また歩き始める。
これまで女子の友達なんていなかったから、何か……変な感じだな。
不安がないと言わないが、不快感を感じないのは
今年の夏休みは、去年ほどヒマをもて余さなくてもすみそうだ。
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