21世紀(2)フィリップ・コンタミーヌ『シャルル七世』感想文前半

 著者のフィリップ・コンタミーヌは『シャルル七世:ある人生、ある指針(Charles VII. Une vie, une politique)』のイントロダクション冒頭で、「本書でフランス史を取り上げる意図はない」と宣言し、シャルル七世個人に焦点をしぼった理由をいくつかあげている。


 そのひとつは、シャルル七世が権力を掌握し、権威を確かなものにしていく過程で「実際に果たした役割」を明らかにすること。


 コンタミーヌは自問自答する。


「過去にいくつかの伝記が書かれ、そのうちの4〜5冊は現在も参考文献として有効でありながら、ジャン・フーケの冴えない肖像画そのままに大衆イメージがこれほど悪い人物を、著書の中心に据えるのは本当に正しいのか?」


 もとはと言えば、コンタミーヌの専門は14〜15世紀フランスの軍事史と貴族制度で、人生の大半をその研究に費やしてきた。加えて、大衆向けであれアカデミック向けであれ、英仏・百年戦争とジャンヌ・ダルクも欠かせない。


(歴史学の研究者は歴史フィクションを好まないと聞くが、コンタミーヌは例外だったようで、「特筆に値する」タイトルをあげている)


 それらの題材の中には、必ずといっていいほどシャルル七世が出てくる。

 歴代国王の中でも治世が長く(在位39年、摂政だった王太子時代を含めると44年)、激動の時代にシェイクスピアのような運命を背負った王でありながら、シャルル七世はつかみどころがなく、不可解で謎めいている。


 本文に出てきた言葉を借りると、「歴史家(優れた歴史家)とは、伝承や神話に登場する怪物オーガのようなもので、いつも新鮮な人間の肉を探し求めている」という。歴史家は、ターゲットの性質や入手しやすさに関係なく、相手のソースを飲みたいと渇望し、情報源(ソース)に想像上の手を伸ばす……。


 ようするに、歴史家コンタミーヌはキャリアを締めくくるとしてシャルル七世を食べたくなったのだろう。





 第一章「王子の子供時代」では15世紀初頭の状況について、第二章「反抗と廃嫡:内乱と外乱の王太子」では1417年に王太子になったシャルル七世が、弱冠14歳ながらも自分自身をフランス王国の摂政と位置づけて、ブルゴーニュ無怖公の野心に対抗〜殺害にいたる状況を分析している。


 シャルル七世の父、シャルル六世は狂王として知られているが、王国を混乱させた原因は「精神的な疾患」というより「一貫性のなさ」ではないかと思う。


 若き王太子に、イングランドとブルゴーニュ公の討伐を命じて中将にしておきながら、ブルゴーニュ公に対抗・殺害したことをもっとも激しい言葉で断罪し、王位継承権をはじめすべての名誉と財産を取り上げて廃嫡する。

 しかも、その王位をよりによってイングランド王に与えると言い出す。

 わずか二年でこの変わりようである。


 第三章から第五章にかけて、フランス王位をめぐるシャルル七世とイングランド王(ヘンリー五世と六世)の争いについて検証している。状況に流されながら政治的な決断を迫られ、周囲ではリッシュモンやラ・トレモイユが「王の助言者」の立場をめぐって政争を繰り広げている。


 第四章の半ばからジャンヌ・ダルクが登場。「フランス王国のレコンキスタ」という文脈でジャンヌが果たした役割、それからシャルル七世にとってジャンヌがどういう存在だったかを理解するために、詳しく考察している。


 大衆向けの古い歴史家たちが「シャルル七世には意志がなく、側近の操り人形だった」と分析しているのに対し、コンタミーヌは「側近の影響を受けていた」としながらも、それにもかかわらず、シャルル七世の資質(特に忍耐強さと明晰さ)は政治家としてのキャリアをスタートさせた当初から明らかだと指摘している。





(※)感想文が長くなったので分けます。シャルル七世の生涯を二分割するなら、ジャンヌの火刑までが前半生だと思うので今回はここまで。





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