16世紀:没後100年「怪物のような王」

 フランソワ・ド・ベルフォレは、1568年に出版した『フランス王シャルル9人の歴史(Histoire des neuf Roys Charles de France)』でフランスの歴史家の地位を獲得し、1579年に出版された『フランス大紀行と通史(Grandes annales et histoire générale de France)』を著した。


 ベルフォレは、賛辞の口調を通じて、シャルル七世がすでに民衆から大きな不興を買っていたことを示唆している。




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 民衆はシャルル七世という、これまでに法律を与え、法令を制定することを望んだ中で、もっとも素晴らしく、もっとも賢明で、もっとも優れた王の一人を失った。


 シャルル七世は、他のどの王よりも怪物のような力——美徳、運命(境遇・呪い)、幸運を持っている。

 彼の人生は、ほとんどゼロから始まったようなものだが……。


 私たちは、ギリシャ人やローマ人など昔の偉業を称賛し、賛美する詩を読むことが好きだ。多くの優れた古代詩を読み、それ以上の現代詩を記している人たちが、シャルル七世についてペンの飛翔を伸ばさないことに私は驚いている。


 ヘクトルやアキレスをはじめ、裸同然の蛮族と戦ってさして強くもない都市を占領したアレキサンダーを称えるためではない。


 その美徳によって、低く貶められてから突然高みに上り詰めたシャルル七世を称えるためだ。


 彼は、ヨーロッパでもっとも勇敢で果敢な戦士たちに勝利した王子である。

 人から見下されていた王が、キリスト教国でもっとも偉大で強力だった王の栄光を失墜させたのだ。


 シャルルの中に、天からの奇跡と自然の傑作を見出す人もいるだろう。

 このような先導者となり、賢明な後継者を残したおかげで、彼に続く人たちが、彼の行いの中に権威を維持するための理由(=拠り所)を見出したことを、称賛に値すると考えるだろう。

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 ベルフォレが成功したのもつかの間、すぐにライバルに追い抜かれた。


 アンジュー公の秘書ベルナール・ド・ジラールは『フランスの現状と成功について(De l'estat et succez des affaires de France)』と題する小冊子を1570年に出版し、成功を収めた。


 大きな反響を呼んだこの著作の中で、シャルル七世の肖像を次のように描写している。




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 シャルル七世は快楽(plaisirs)を好み、悪や王国の破滅を恐れなかった。

 美しいアニエスと愛し合い、美しい花園や庭園を作ることを楽しんでいた間、イングランド人たちはチョークを手にして、彼の王国を奪い取ろうと進軍していた。


 フランスを憐れんだ神は、オルレアンの私生児、ザントライユ、ラ・イルなどの騎士を創造した。彼らは王の無能にも関わらず、その武勇と美徳によってフランスを守った。


 つまり、オルレアンの私生児のおかげなのだ……。

(シャルル七世はオルレアンの私生児に大きな借りがある)


 王の威光は、幼少期からの不幸によって軽んじられていたため、この小賢しい人物は、真偽のほどはともかく、宗教的な策略によって名誉を回復したのである。

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 シャルル七世が亡くなってからまだ100年しか経っていないのに、すでに伝説上の人物みたいな描写だ。


 しかし、1583年には、当時非常に人気のあった作家で、有名な書店家ジル・コロゼの著書に次のような評価が見られる。




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 シャルル七世は、善良な精神と鋭い感覚を持ち、賢明な行動をとる王子だ。

 良き助言を信じ、臣民に対する正義を守り、敵に勝利した。

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 また、1579年に『フランク王国史の概要(Sommaire de l'Histoire des François)』を出版したニコラ・ヴィニエという、あまり有名ではないが高い評価を受けている著者を無視することもできない。




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 シャルル七世は7月22日に死去した。

 王を尊敬し、慕い、称えていた臣下たちは、彼がイングランド人の手と支配から王国を見事に解放し、四方八方を平和に保ったことを思い出して非常に残念に感じたため、シャルル七世に「もっとも栄光ある勝利者」というあだ名を付けて功績を称えた。


 (妻への忠誠に反して)アニエスという乙女に捧げた不誠実な愛が、その他の多くの偉大な美徳の栄光を大きく傷つけたにもかかわらず、である。

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 16世紀の中で、もっとも重要な作家はエティエンヌ・パスキエだ。


 1596年に出版された著書『フランスの研究(Recherches de la France)』では、数ページ前にシャルル七世を「もっとも偉大な王の一人」と評価したことを忘れて非難を展開している。




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 偉大な復興がもたらされたシャルル七世の治世を考えてみると、彼についてどう思おうと、この目的にはふさわしくない(有能な指導者ではなかった)。


 まず、彼は与えられた苦難の最中に、美しいアニエスと愛し合い、彼女を通じて自分に必要なすべてのことを忘れてしまった……。


 この悪質な性質に加え、私の記憶違いでなければ、彼には父親のような心(マインド)の弱さはなかったが、理解力に欠けているように思う。


 分別のない人間の影響を受けて育ったために、その一部を魂(スピリット)に宿していた。

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 その後、ジャン・ド・セル、マチュー、オベールがシャルル七世に賛辞を贈っても、パスキエの批判が後世に与えた影響を和らげることはできなかった。


 彼らの証言をひとつずつ検討するには時間がかかりすぎる。


 ここでは、ジャン・ド・セルの『フランス史総論(l’histoire de France)』のみを取り上げよう。60年間で19刷も増刷されているのがその理由だ。




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 シャルル七世は、これまでにフランス王政を導いてきたどの王よりも多くの功績を残した王子だ。なぜなら、王国が破滅したのを知り、彼はそれを復興させたからである。


 王の祖先はイングランドを地下に追い込んだが、彼は追い出した。

 百年戦争の後、彼は市民の平和を回復し、正義と秩序と民衆を愛した。

 主要な業務に専念し、さまざなま助言ができる。

 慎重かつ勇気があり、良い忠告を喜んで実行する。

 神によって運命づけられた維新の業が終わるまで、この王によく仕えた人々は幸いである。


 しかし、これらの偉大で英雄的な美徳と気品は、欠点によって霞んでしまった。彼の欠点は、逆境の時代よりも、むしろ繁栄の時代に現れたのである。

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(※)本文中に出てくるシャルル七世が持つ「怪物のような力」とは、下記3つです。外国語のニュアンスを日本語に当てはめるの難しい!


・美徳(Virtue/いい意味での能力、資質)

・運命(Destiny/避けがたい境遇、天命、宿命)

・幸運(Fortune/偶然起こる幸運、財産)




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