第四話 末子相続
父が私たち兄弟に残した言葉がある。
嘘つきで気分屋で暴力を振るう最低親父だったが、こうして燭台の蝋燭に照らされた肌は青白く、獅子の咆哮かと思わせた声も細く細切れで。
吐く息、吸う息の間に何度も咳をしては骨の筋が見える胸を何度もたたく。
ああ、そうとも。
今際の際ってやつだ。
俺と弟は揃えて呼び出され、正に遺言を聴いているところなのだ。
親父はその骨ばった手を俺たちに伸ばし、血走った眼と黒くくすんだクマに狂気の光を宿しこういうのだ。
「お前たち二人がこの家を継ぐことになる、この一条家のな。本来ならば末子が相続するのだが、今回は別だ。お前たちは双子。二人のどちらにも資格があるのでな」
俺はどうでもよかった。
狭い領地、わずかな収穫、狩りをするにも狭い森。そして痩せた牧草地がこの領地の全てである。
ただ、戦となるとめっぽう強い。
矢の雨に突撃し、槍のふすまを悠々飛び越え、斬馬刀を振り下ろしては敵の脳天を兜ごと割る。
そう、一条家とは戦場で武功を立て、のし上がってきた家なのである。
やせ衰えた親父も、今の俺たち兄弟のように筋肉達磨だった過去があったのである。
「兄貴が継げよ、俺は一条家の棟梁の地位なんて興味ない。帝都に行って冒険者になる」
「そうか」
弟はぽつりと言い、俺も間髪入れず弟に了承の意を示す。
「ほう、代々末子相続であったが仕方がない、お前が一条家を継げ。兄のお前がな」
と、親父はゴホゴホと咳をしながら俺に黄色く濁った眼を向ける・
「霊廟へ行け。代々の一条家の家長に挨拶をして来い。それが終われば、お前は正式にこの一条家の家長にして殿上人の位を持つ土地持ち貴族となる」
と、親父は唾を飛ばし、何度もせき込み、その短い言葉を俺に託すまで、ゴホゴホと何度も俺に語り掛けるのだった。
---
霊廟。
大したものではない。
屋敷裏の小山、ろくに手入れも去れていない竹藪や雑木林に囲まれたその中腹に苔むした陵がある。
「親父が来て以来、手入れなんてしたことないんじゃないか?」
俺は思わず口に出していた。
石扉の苔を剝がし、やっと剥がした土に埋もれた取っ手に手をかけて、筋肉に力をみなぎらせる。
力をかける。
力をかける。
これでもかと力をかける。
『これしきの力しかないのかお前は。そんな者に一条の名はやれんな』
『誠に』
『なんたる非力』
気のせいか、幻聴が聞こえた。
あざけるような、男とも女ともとれる声の波。
「ふざけるな、ふざけるなぁ!」
俺は叫ぶ。
そして俺は全力に全力を重ねる。
──そして。
腕に青い血管が何本も見え始めたころ、扉はギギギ、と音を立てて開いたのだ。
---
ヒカリゴケの放つうっすりとした光。
そして、奥から漂ってくる据えた匂い。
そして、場違いなアルコールの匂いと、杯を何度も重ね合わせる酒盛りの幻聴。
幻聴幻覚……いや、匂いもするのだ。幻臭とでも呼ぶが正解か。
そして俺は目の前の朽ちていてもおかしくない、木製の扉の前に立つ。
中からは以前、宴会の声が聞こえる。
ばかな、ばかな、ばかな。
この湿気でなぜこの扉は朽ちていない?
そしてなんだ、扉の奥から聞こえるこれは!
俺の思考は怒りに染まる。
そして俺は当然の行動──それを行うのだ、当然の行動を!
俺は軽く助走をつけて、体をねじって扉に中断蹴りを叩き付ける。
牛でも一撃で殺せた一撃だ。
木の扉など、一瞬で破砕するに違いな──俺は目を見開く。
蹴りつけた足が痛い。
そして問題は扉だ。
何も起こっていない。かすり傷一つ、ついていない!
「くっそ!」
俺は、俺は、怒りと勢いをそのままに、扉を引いた。
押しても駄目なら引いてみな、ではないのだが。
扉はゆっくりと向こう側に開いていく。
そして強烈な光が俺を包む。
『来たぞ我らの末が』
『来たな我らの末が』
『やあ、若いの。わしらの仲間にようこそ』
『そうとも、これでお前も一条家の正統だ。ほれ、つい先ほど我らの仲間に加わっ者もいる。祝杯だ祝杯だ! 我らが一条の家に不死と永遠の祝福を!』
『『『───乾杯!!!』』』
やがて光が惹いていく。
そして、俺は眩んだ目をしっかりと開けて──さすがに驚いた。
──たった今、祝杯を上げていたもの。
それは瘦せこけた親父の顔であり、そんな親父の顔に似た男たち、女たちの青白い顔。痩せこけて、骨と皮ばかりとなった、どことなく親戚に似た顔。
そうとも。
『一条家の家長を継ぐ』とは、文字通り一条家の秘伝を継ぐ、つまり望まぬ不老不死を授かる、ということだったらしい。
ああ、そうとも。
俺が死んだら、この連中の仲間入り。
そして言い間違えたが、『死ぬ』ワケがない。
一条家の者の武勲の謎。
それは、一条家──いや、そんな『不死の怪物の仲間入り』をした武人が戦場や宮廷で、武具や毒で死することはないのである。
そう。
そして、俺も年を重ねれば、ここにいる連中、一条家のご先祖様の列に加わり、新たなる一条の者に不死を授け、それを祝う側になるのだろう。
ああ、ああ。
伝説伝承で聴く不老不死。
その一端がここにある。
ただ、俺も。
うん、俺も。
再び亡者どもの盃が重ねられる。
そう、俺は。
──俺は自らの望まぬ形で不死になるのだ。
弟よ、お前は相続を断って正解だったぜ。
掌編集 燈夜(燈耶) @Toya_4649
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