2話「マーティン」

 あれから約二年後、マーティンから見てもエリックは、もうほとんど立ち直っていた。

「エリック、いいの? グラントさん……。いや、科学者たちのことは?」

「いいんだ。……確かに、お父さんを殺した科学者たちのことはゆるせないけど……。でも、今は周りの人たちを大切にしたいんだ」

 エリックは真剣な顔で、マーティンにそう言った。

「わかった。エリックがそう言うなら、俺も何も言わないよ──」

「うん。心配してくれてありがとう、マーティン」

「どういたしまして」

 二人は顔を見合わせ、あたたかく微笑み合う。

「でも、マーティンが『俺』って言うの、まだなれないな……」

「もう中学生になるからね? エリックみたいに『俺』にしようかなと思っていたんだ」

「そっか……。それも楽しいかな?」

「うん、そうだね?」

 また顔を見合わせた二人は、今度は声を出し、笑っていた。



 🍮 🍮 🍮



 今日は中学校の入学式。

 エリックとマーティンは十歳になり、同じ学校の中等部に進学した。マグニセント王国では、十歳で中学校に入り、十二歳から専門学校に四年間通うことになっている。

 白い看板に「入学式」と書かれ、たくさんのピンクの花飾りで囲われていた。

「マーティン! エリックくん! こっち向いて!」

 桜が舞い散る中、小さな赤いバラをつけたエリックとマーティンは門の前で振り向く。

「二人で並んで!」

「「はい!」」

 マヤリスがカメラを構え、二人で楽しそうにポーズを取る。

「二人とも笑って! さんにーいち!」

 パシャリ!と音がし、シャッターが切られる。穏やかな笑顔のマーティンと明るく笑うエリックは、しっかりと写真に納められた。

「マヤリスさん、代わります」

「え?」

 突然、エリックから差し出された手に、マヤリスは驚く。

「俺が撮ります」

「エリックくん……」

「エリック……」

「このくらいさせてください!」

 元気に笑ったエリックを見て、マーティンとマヤリスは顔を見合わせる。もう一度、彼を見た二人は、やわらかく微笑む。

「ありがとう、エリック」

「ありがとう、エリックくん」

「どういたしまして」

 マヤリスからカメラを受け取り、エリックは二人が並ぶのを待つ。

「準備はいいですか? 撮りますよー?」

「うん!」

「ええ!」

「撮りますよ! さんにーいち!」

 パシャリ!とシャッターが切られ、エリックはカメラから顔を離す。マーティンたちの素敵な笑顔が写真に納められ、満足そうに彼は頷いた。

「これ、お返しします」

「ありがとう」

 エリックから渡されたカメラをマヤリスは素早くカバンにしまい、二人を改めて見る。

「マーティン。エリックくん。……忘れ物はないかしら?」

「母さん、大丈夫だよ!」

「はい、大丈夫です!」

「もし何かあったら言ってね? 私は保護者席にいるから、声をかけたら、すぐに飛んで行くわ」

「ありがとう、母さん」

「ありがとうございます!」

 マヤリスは、ここで一面に咲く花のように微笑んだ。

「あと、フェストさんも、入学式の間は来賓席にいるの」

「大変そうですね、フェストさん……」

「ええ。今も、来賓の方々に挨拶に行っているの」

「母さん、良かったの? 来賓の方々に挨拶に行かなくても? 本当なら、母さんも一緒に挨拶に行くのがマナーだから……」

「そうなんですか? マヤリスさん!」

「いいの、先に話して了承していただいているから、大丈夫よ? マーティンも、エリックくんも、気にしなくてもいいの」

「……はい」

 本来ならば、マヤリスも一緒に挨拶に行くべきなのだろうが、「息子たちのお世話をするため、皆様に挨拶に行けず、申し訳ございません」と事前に説明していた。

「ありがとう、母さん」

「ありがとうございます、マヤリスさん」

「どういたしまして」

 マヤリスが微笑むと、他の二人も安心し、笑顔になった。

「じゃあ、二人とも。また後で会いましょうね?」

「「はい!」」

 手を振りながら体育館に向かうマヤリスを二人で見送る。

「マーティン、俺たちも行こうか?」

「うん! ……あ、でも、ごめん。先生に『職員室にくるように』って、呼ばれているんだ」

「そっか、新入生代表だから、打ち合わせがあるのか……」

「本当にごめん!」

「マーティンのせいじゃない。それに、マーティンは、いつも代表で挨拶していたから。いないのも、もうとっくになれているから、大丈夫! ほら! 先生を待たせると悪いから、行っていいよ?」

「うん。ありがとう、エリック!」

 さっきまでの申し訳なさそうな顔から、笑顔に変わる。

「じゃあ、また後で!」

「うん! また後で!」

 マーティンは、自分を見送るエリックに手を振りながら、職員室のある校舎に駆けていった。



 🍮 🍮 🍮



 職員室は生徒たちの教室とは違い、特別教室がある棟の一階にあり、各棟とは渡り廊下で繋がっていた。マーティンは緊張した心を微塵も見せず、朝の涼しい空気を感じながら、職員室のドアを二回、軽くノックする。

「はい、どうぞ!」

「失礼します!」

 マーティンは、一拍おいて中に入ると、先生や生徒たちが忙しそうにしており、職員室内は想像以上に賑やかだった。

「どうかしたの?」

「あの」

「そこの君! こっちに来てくれ!」

 大きな声がし、マーティンは反射的に声の主を見る。そこにいたのは、男性教師だった。彼はマーティンを真っ直ぐに見つつ、右手で招いていた。

「はい!」

 マーティンは元気よく返事をし、最初に声をかけてくれた女性教師に視線を戻す。

「ありがとうございました」

「いえ、どういたしまして」

 女性教師が笑顔になると、マーティンもつられるように笑う。その後、彼は男性教師を待たせないように、足早に近づいていく。

「君が、マーティン・シュトーリヒ君でいいかな?」

「はい! よろしくお願いします!」

「私は学年主任兼一年一組担任のヨーゼフ・オルグレンだ。よろしく、マーティン君」

「はい!」

「あと、これを渡しておくから、わからないところがあったら言ってくれ」

 目の前に入学式の予定と席が書かれた案内を差し出され、マーティンは笑顔で受け取る。

「ありがとうございます!」

「ああ。それで、君に新入生代表で挨拶を読んでもらうのは……ここ。在校生の挨拶の後だ」

「わかりました」

「ああ。これから、一応説明しておくから、必要ならメモしてくれ」

「はい」

 マーティンは目の前にスッと鉛筆が差し出されるが、片手を前に出して断り、胸元のポケットからボールペンをサッと取り出す。

「司会者に名前を呼ばれたら『はい!』と返事をしながら立ち上がる──」


 その後、説明は二分ほど続き、ようやく最後の打ち合わせが終わった。

「ありがとうございました!」

「ああ。どういたしまして」

 マーティンが案内をたたんでいると、オルグレンは彼に聞かせるように口を開く。

「それと、これも話しておくが、今年は国内でも珍しい聖獣召喚術師が入学してきたんだ。何でも五歳のときから聖獣召喚術師に弟子入りして、召喚した白狼はくろうを連れているらしいんだ」

白狼はくろうですか?」

「ああ、その子が召喚術で喚び出せるのは、基本的に白狼だけなんだが。召喚術で喚び出せる聖獣は他にもいて、『よほど魔力が強くないと喚び出せない』と、聖獣召喚術師に言われたらしいんだ」

「魔力が強くないと他の聖獣を喚び出せないんですね? 初めて聞きました」

「ああ、私もそうなんだ。彼女と白狼のことは学校側から使者を送り、入学前に彼女と聖獣の魔力が一致するかも、しっかりと調べてある。一緒に授業を受けることも校長が許可した。彼女は君と同じクラスだ。マーティン君、彼女と仲良くしてやってくれないか?」

「はい! もちろんです!」

「彼女も、魔力が弱いなりに魔法の使い方がうまくて、変わった戦い方をするんだ。きっと優秀な生徒になるだろうな? だから、マーティン君も彼女を見守ってやってほしい」

「はい! わかりました!」

「ああ、ありがとう」

 今日初めて微笑んだオルグレンに少し驚きつつも、マーティンは笑顔を返した。

「それでは、後はよろしく頼む」

「はい! オルグレン先生、これからもよろしくお願いします!」

「ああ、それでは、また後で」

「はい! また後で! 私は、これで失礼します!」

「ああ」

 マーティンはオルグレンに、もう一度だけお辞儀をし、入学式の打ち合わせを終え、足早に教室に向かった。



 🍮 🍮 🍮



 しばらく廊下を歩いたマーティンは、二階に続く階段を上っていた。この校舎の二階に、一年生の教室がある。二階の廊下には、生徒が二十人ほど立ち、そわそわしながらも、会話を楽しんでいた。マーティンは何組か書かれたプレートを確認しつつ、ざわつく生徒たちの横を通り過ぎていく。

 五組、四組、三組、二組……。

 マーティンは廊下の奥で、一年一組の教室を見つける。

「あれ? マーティンじゃん! おはよう!」

「マーティンくん……? あっ、本当にマーティンくんだ! おはよう!」

 一組の前に来たマーティンに、小学生からのクラスメイトが声をかけた。

「ああ、おはよう。ラッセル、コーリーさん。二人とも、中学生になっても仲がいいね?」

「私とラッセルは、幼馴染だから! それに、エリックくんとマーティンくんも幼馴染だし、仲がいいよね!」

「ああ、うん。でも、そういうことじゃないんだけど……」

「え?」

 マーティンは、コーリーの隣でダメージを受け、話せなくなったラッセルに、ちらっと視線を向ける。しかし、彼女はラッセルの状態に気づく様子もなく、ずっと小首を傾げている。

 マーティンは、彼の肩を優しくポンポンと叩き、そっと慰める。ラッセルは可愛くも残酷な幼馴染のコーリーと、マーティンの優しさに泣きそうな顔になっていた。

「マーティン……。今年もよろしくな?」

「うん。こちらこそ、よろしく」

「私も、よろしくね!」

「うん、よろしく」

 マーティンは和やかに二人と話しつつも、なるべく気づかれないように教室を観察していた。

「あっ! ひょっとして、エリックくんのことを探しているの?」

「ああ……うん」

「エリックなら、中にいるぜ? ほら、あそこ……」

 まだ少しダメージが残っているラッセルだったが、エリックがいる窓際近くの席を指さし、マーティンに教えた。

「本当だ。ありがとう、ラッセル! コーリーさん!」

「ああ! じゃあ、また後でな!」

「マーティンくん、またね!」

 マーティンが二人に手を振り、教室の中に入ると、窓際の一列隣、一番前の席にエリックがぼんやりと座っていた。マーティンはエリックに、そっと近づいていく。

「エリック?」

「うん……」

 うわそらで返事をしたエリックを不思議に思い、マーティンが視線をたどると、窓際にいる少女に気づいた。白狼はくろうをなで、窓際にある桜を見ている彼女は、どこかあか抜けない純粋そうな茶色の瞳を持つ美少女で、日光を浴びてきらめく茶色の髪を右上でポニーテールにし、可愛らしいピンクのリボンを結んでいた。

(彼女が先生の言っていた、聖獣召喚術師の子かな?)

 マーティンは少女の隣にいる白狼をじっと見た後、エリックに視線を移す。エリックは先ほどからずっと彼女から目を離せないでいる。

(どうしようかな……?)

 マーティンは珍しく視線を彷徨さまよわせる。

 すると、そのとき、彼はクラスメイトたちから嫌な視線や不穏な空気を送られていることに気づき、周りをもっとよく観察する。

(この視線は、白狼といる彼女に向けられている?)

 マーティンはエリックに向き直り、彼と少女を交互に見る。

(とりあえず、エリックに声をかけよう)

 マーティンが、まずは幼馴染のエリックに声をかけようとし、口を開いた瞬間、教室前の廊下から「おはようございます!」と言う声が聞こえてきた。

「おはよう。もう少しで入学式が始まる時間だ。全員、背の順で廊下に並んでくれないか?」

「はい!」

 クラスの中に入ってきたのは、先ほどマーティンと話していたオルグレン先生だった。

「オルグレン先生」

「ああ、マーティン君か。先ほども会ったな」

「はい!」

「みんな、おはよう。もう少しで入学式の始まる時間になる。全員、背の順で廊下に並んでくれ!」

「「「はい!」」」

 生徒たちが先生に挨拶する中、マーティンはもう一度エリックに声をかける。

「ほら、エリック! 行くよ?」

「マーティン……? お帰り」

「ただいま。もうそろそろ入学式が始まるから、廊下に並ぶよ?」

「あ! うん……。ありがとう、マーティン」

「どういたしまして」

 聖獣召喚術師の少女を見て、ボーッとしていたのを自覚していたのか、恥ずかしそうにするエリックに、マーティンは微笑み、二人で一緒に廊下に出て行く。

 その後、オルグレン先生が生徒を背の順に並べ替え、しっかりと整列させ、みんなで体育館に向かった。



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「新入生の入場です! 皆様、拍手でお迎えください!」

 マーティンはエリックより前に並び、固く閉じられた式場の扉が開くのをじっと見ていた。歩き出したときも、席の前に並ぶときも空気は変わらず、みんなが緊張している様子が伝わってくる。席に着いたら、最初は国歌をみんなで歌い、その次の校長挨拶も無事に終わった。

「続きまして、来賓祝辞。ご来賓の皆様はご起立ください。代表フェスト・シュトーリヒ」

「はい!」

 フェストは歩き出し、みんなに向かって礼をし、演壇えんだんに上がっていく。後ろの幕にかかった国旗に礼をし、演台えんだいの前に立つ。彼はもう一度礼をし、一歩前に進む。

「マグニセント暦一二八年度新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。ただいまご紹介に預かりました『フェスト・シュトーリヒ』と申します」

 差し込む光によりキラキラと輝く髪に、優しげな金の瞳、好青年のような爽やかな笑顔に、どこかから女子の「かっこいい……」と言う声がマーティンたちの耳にも届いた。

「天からは春のあたたかな陽ざしが、地上からは桜の花びらがふりそそぎ、まるで皆さんを祝福しているような光景にお喜びのことと拝察はいさついたします」

 その後、フェストの話は一分ほど続き、彼はみんなに礼をし、席に戻っていった。

 その後、在校生の歓迎の言葉が続き。いよいよ、彼の出番がやって来た。

「新入生代表挨拶。マーティン・シュトーリヒ!」

「はい!」

 マーティンが立ち上がり、みんなが注目する。しかし、気になったのは彼の容姿などではなく、彼の名字のことだった。

「マーティン・シュトーリヒ?」

「『シュトーリヒ』って、まさか……」

 マーティンが来賓に礼をすると、フェストと目が合い、保護者席に礼をすると、マヤリスと目が合った。二人ともあたたかな眼差しをマーティンに向け、微笑んでいた。

 そして、演壇えんだんに立ったマーティンが新入生の席を見ると、エリックと目が合い、彼の口元が動いているのに気づいた。「がんばれ」と、エリックが口パクで言っているのがわかり、マーティンは、くすっと笑いそうになるのをこらえ、声を出さずに彼に微笑む。

「本日は、私たち──」

 マーティンはみんなに見守られながら、一分ほどの挨拶を終え、また礼をしつつ、自分の席に戻ってくる。すると、再び彼と目が合ったエリックが「よかったよ」と彼に口パクで伝えてきた。マーティンはエリックに「ありがとう」と答える代わりに、ふわりと笑顔を見せる。そのとき、二人はどこかから声が聞こえてきた気がしたが、「多分、空耳かな?」と思い、あまり気にしないことにした。

「続きまして、担任紹介」

 再び校長が登場し、先生を順番に紹介する。

「一年一組担任、ヨーゼフ・オルグレン!」

 教室でも会ったオルグレンが一歩前に出る。

「あ、先生だ!」

 クラスメイトの誰かが小声で言った。

「オルグレン先生は、学年主任も兼任していらっしゃいます」

「一年一組の皆さん、担任のヨーゼフ・オルグレンです。学年主任も兼任しておりますので、皆様には、これからお世話になるかと存じますが、今後ともよろしくお願いいたします」

 オルグレンは挨拶した後、みんなに軽く会釈し、一歩後ろに下がる。他にも四人の担任教師が紹介され、新入生たちはザワつき、担任以外の職員が紹介されている間も、入学式の中で一番盛り上がっていた。

 最後に、在校生や職員による校歌斉唱、閉会の言葉と続き、新入生が拍手の中で退場していき……、入学式は無事に終わった。



 🍮 🍮 🍮



「マーティンの挨拶、良かったよ」

「ありがとう」

 エリックとマーティンは笑い合い、外の校舎前に行くために廊下を歩いていた。男子生徒たちは「あれが領主の息子さんの……」とマーティンを観察し、女子生徒たちは「領主のフェストさん、素敵だった……」といまだにうわさしている。

「エリック! マーティン!」

「エリックくん、マーティンくん!」

「ラッセル! ……に、コーリーさん!」

 エリックとマーティンが振り返る。

「エリックは朝にボーッとしていたけど、元気になったか?」

「うん、ありがとう!」

「マーティンくんのお父さん、相変わらず格好良かったね?」

「マーティンの挨拶も良かったぜ?」

「ありがとう」

 微笑んだマーティンに、ラッセルはあることを思い出す。

「そういえば、マーティン。席に着くときに笑っていたよな? 多分、勘違いした女子が何人かいたかもな?」

「え?」

「相変わらず、罪作りなんだね? マーティンくん!」

「小学生のときも、あんなに女子が告白してきてくれたのに全員断るんだからさ、マーティンは」

 四人は話している間に出入口に着き、シューズから靴に履き替える。

「エリックも、そう思うだろ?」

「そうだな……」

 マーティンを見て、エリックは小声で続ける。

「俺のことをずっと気にしているなら、もう大丈夫だから……」

「うーん……」

 マーティンは言葉を濁す。

「でも、『彼女にしたい人に出会っていない』というか……、『全然知らない女の子から告白されても、彼女にしたいとは思わない』かな……?」

 男三人が靴を履き終えるまで聞いていたコーリーが驚いた顔をする。

「マーティンくん……、真面目で誠実だね?」

「ありがとう」

 マーティンが微笑む。

「一年一組の生徒たち! 背の順になって、こっちに集まってくれ!」

「「「はい!」」」

 白狼をなでていた少女がピンクのリボンを揺らし、こちらに駆けてくるのが見え、エリックはまた目で追ってしまう。

「エリック?」

「エリック!」

「エリックくん、行くよー?」

「ごめん! 今、行く!」

 あの少女のことが気になるエリックだったが、遠くでみんなに呼ばれ、慌てて走り出した。

 その後も、一年一組の生徒が先生たちの指示で順番に並び、少しトラブルはあったが、クラスの記念撮影を無事に撮り終え、エリックたちは教室へ移動していった。



 🍮 🍮 🍮



 別の部屋で教科書と時間割、プリントが配布され、今はみんな自分のクラスに戻り、席についていた。一年一組の担任オルグレンは黒板の前に立ち、教壇にクラス名簿を置き、生徒たちを確認する。

「入学式でも挨拶したが、担任のヨーゼフ・オルグレンだ。これから一年間、よろしく頼む」

「「「よろしくお願いします!」」」

 エリックとマーティンは一番前の席で、オルグレンに拍手を送っていた。ちなみに、二人は隣の席だ。クラスの席は、基本的に男女が交ざった出席番号順に並んでいる。

「それでは、最初に出席番号順に自己紹介をしてくれ。まずは……アルシス・アーモンド君」

「はい!」

 窓際の一番前に座っていた男子が席を立つ。その一方で、オルグレンが近くの椅子に座る。

「アルシス・アーモンドです! 水魔法と土魔法が得意です! 好きな物はアーモンド! いつも異空間にしまっていますので、アーモンドが食べたくなったら、遠慮なく声をかけてください!」

 彼の勢いのあるトークと実際に異空間から取り出されたアーモンドの缶に、クラス中から笑いが起こり、和やかな空気に包まれる。なお、この世界では、小学生のときに異空間から物を出し入れする魔法を教わる。

「これからよろしくお願いします!」

 深々とお辞儀をしたアルシスに、盛大な拍手が送られる。そして、その後も自己紹介が三人続き、窓際の一番後ろで「ハーマン・カーディフ」という真面目な少年が自己紹介しているのをエリックは緊張しながら聞いていた。

(もう、大丈夫! あのときは、まだ弱かったけど……、いつもマーティンがいて、支えてくれた。もう克服したんだ……!)

 エリックは体を後ろに向けつつ、横目でマーティンを見ると、偶然目が合う。ニコッと笑ったマーティンに勇気をもらったエリックは強く頷く。そのとき、ちょうど少年が話し終わり、クラス中から拍手が起こる。

「はい、ありがとう。次は……エリック・ギルバート君」

「はい!」

 エリックは堂々と席を立ち、後ろを振り返る。

「エリック・ギルバートです! 強い魔法剣士になり、自警団に入るため、士官学校を目指しています! それとは全然関係ありませんが、趣味は料理です! これからよろしくお願いします!」

 エリックが勢いよくお辞儀をすると、あたたかい拍手が起こる。エリックが横を見ると、マーティンも笑顔で拍手を送っていた。

「ありがとう。次は、シリル・クライヴ君」

「はい」

 エリックの後ろに座る静かな目をした少年が立ち上がった。

「シリル・クライヴです。父が自警団員で、俺も同じ自警団員になる予定です」

 シリルはエリックに顔を向ける。

「彼と同じで、魔法剣士になるため、士官学校を目指しています」

 シリルは話の途中から顔の向きをみんなに戻し、最後に姿勢を正す。

「よろしくお願いします」

 お辞儀をしたシリルに拍手が起き、頭を上げた彼は前を向き、エリックと目が合う。

「よろしく」

「ああ、よろしく!」

 小声で呟かれたシリルの声は、しっかりとエリックの元に届き、彼はふっと笑った。

 その後も三人ほど自己紹介し、ついにマーティンの番がやって来た。

「次は、マーティン・シュトーリヒ君」

「はい!」

 名字が「シュトーリヒ」と聞いて、入学式のときと同じようにクラスがざわついた。「シュトーリヒ」という名字は領主の一族にしかつけられていない。今も、あちこちで、「領主の息子さん?」というクラスメイトの声が、エリックとマーティンの耳にも聞こえてくる。クラスメイトが噂する声にも動じず、平静を保っているマーティンに、エリックは感心する。

 ザワつく生徒たちに、オルグレンが口を開く。

「彼が自己紹介をするので、静かにしてください」

 オルグレンの一言で、教室が急に静かになる。

「シュトーリヒ君、どうぞ」

「はい、ありがとうございます」

 マーティンはお礼を言った笑顔のまま、みんなに顔の向きを戻し、柔和だけれど真剣な瞳と綺麗な姿勢で、みんなに微笑む。

「マーティン・シュトーリヒです。お気づきの通り、シュトーリヒ領主の息子です。将来は領主フェストの跡を継ぎ、シュトーリヒを良くしていきたいと考えています。──でも! それとは関係なく、みんなとは仲良く学校生活を楽しみたい。だから、困ったときは遠慮なく相談に来てほしいです! みんなといられる中学の二年間を大切な物にしていきたいです! これから、よろしくお願いします!」

 マーティンが深々とお辞儀をし、一瞬、静まりかえる教室。しかし、そのすぐ後、一斉に拍手が起こる。

「さすが、マーティン!」

「マーティンくん、かっこいい!」

「今年もよろしくな! マーティン!」

「マーティンも、エリックもよろしくな!」

 あちこちから中学時代の友人たちの声が聞こえ、マーティンはエリックと顔を見合わせ、思わず笑みを浮かべる。

「はい、ありがとう。みんなも静かにしてください」

「「「「はい!」」」」

 くすくすという笑いを残しつつ、何人かの自己紹介は順調に進んでいった。

 いつの間にか自己紹介はマーティンの隣の列に進み、服飾デザイナーの娘「チェリー・ファレル」という少女が、異様に明るい声で自己紹介を終えていた。

 そして……。

「次は、コキーユ・フローレンス君」

「はい!」

 元気よく立ち上がったのは、エリックが気にしていた、白狼を連れた、あの少女だった。あまりにも勢いよく立ったため、ピンクのリボンと茶色のポニーテールが未だに揺れている。

(コキーユ・フローレンスさん……?)

 コキーユは、エリックが何度見ても「可愛い」と思うくらい、周りに花が咲くような素敵な笑顔と純粋な瞳を持つ美少女だった。

「コキーユ・フローレンスです! このは、私の相棒『アドルフ』です! 私が五歳の時に召喚してから、レーツェレストの森でずっと一緒に育ちました! 学校でアドルフと一緒に授業を受ける許可を校長先生からいただいています! アドルフも皆さんと一緒に授業を受けルことになると思います! これから、私とアドルフのことをよろしくお願いします!」

 コキーユは白狼のアドルフをなでていた手を離し、明るく笑い、みんなに頭を下げた。

「レーツェレスト? あの田舎の?」

「隠居した職人や賢者も住んでいるって噂もあるだろう?」

「この国で珍しい聖獣召喚術師か……」

「何それ?」

「聖獣召喚術師なんて初めて見た」

「私も」

 レーツェレストは、シュトーリヒより北に位置している最北端の地だ。自然が豊かで、学校も民家もほとんどなく、レーツェレストの子たちが中学に通うには、シュトーリヒまで出て来なければ教育が受けられない。特に、この学校はシュトーリヒでも優秀な生徒が集まる場所だ。レーツェレストの人間が、この学校に通うのだけでも珍しい。しかも、コキーユはこの国でも、さらに珍しい聖獣召喚術師だった。

 コキーユの隣にいた男子生徒は、なぜかアドルフに見つめられ、居心地が悪そうにしている。その視線に耐えきれなかったのか、彼は目を逸らすことで、平常心を何とか取り繕う。彼は、入学式のときに列の一番前に並んでいた男子だった。

 一方、マーティンとエリックはコキーユを見て、こそこそと会話していた。

「聖獣召喚術師なんて、すごいね?」

「うん……」

「エリック?」

 マーティンはエリックの顔を少しのぞき込んだが、コキーユを見たまま、こちらを見ようとしていない彼に苦笑する。

「また見惚みほれてるの?」

「……えっ?」

「今朝も声をかけたのに、コキーユさんのことをずっと見ていたよね?」

「えっ!?」

「そっか……、ついにエリックにも好きな人が」

「マーティン!?」

 マーティンが嬉しそうに笑い、エリックが手をわたわたと動かす。

「はい、みんな静かに」

「はい!」

 みんなが先生の言葉に渋々としたがう中、金髪のつり目の少女だけが、コキーユのことを面白くなさそうに見ていた。

「次は……、フルール・ホールズワース君」

「はい」

 ふわっとした笑顔で、ふわふわっとした髪を揺らしながら、フルールはゆっくりと立ち上がる。

「フルール・ホールズワースです。両親が花屋を経営しています。お花はみんな大好きです。お花好きな人と、ぜひお話ししたいと思っています。それ以外の人も、仲良くしてくれると嬉しいです。これから一年間、よろしくお願いします」

 体の前で手を握り、ぺこりとお辞儀したフルールに拍手が起こる。彼女は、ゆっくり顔を上げ、ふわふわっと笑い、そっと席に着く。男子生徒がそわそわしていたが、彼女は少しも気づくことはなかった。

「ありがとう。次は……ラッセル・マシューズ君」

「はい!」

 勢いよく音を立て、ラッセルが立ち上がる。

「ラッセル・マシューズです! マシューズ美容室の店長の息子です! シュトーリヒでは有名で、もちろん舞台で活躍する有名人も通っています! 俺も朝から店で手伝いをしているので、気軽にお声をおかけください!」

「でも、昨日も朝寝坊して怒られていたけど……?」

 急にラッセルの右隣から声が聞こえ、みんなは驚き、そちらに視線を向ける。そこには、悪気のない笑顔をしたコーリーの姿があった。

「コーリーっ!? しーっ! それは秘密だからっ!」

 コ-リーが「わかったわ」と言うように頷き、両手で口を押さえる。クラス中から、くすくすという笑い声がする。

「当店では、お客様にウィッグも貸し出しています!」

「え? でも、いつ付けるの?」

 コーリーは、いつの間にか手を外していた。

「えっ? えっと……、文化祭で劇をする際は、ぜひ当店のウィッグをお使いください!」

「気が早いけど──」

 コーリーが立ち上がる。

「クラスの皆様も「ご検討をよろしくお願いします!」」

 二人で一緒に頭を下げた。一瞬静まりかえった後、みんなから拍手がわき起こる。そんな愉快なクラスメイトたちを見て、エリックとマーティンは心から笑っていた。



 🍮 🍮 🍮



 その後、クラスメイトの自己紹介は無事に終わり、オルグレンは席から立ち上がる。

「みんな、これからよろしく頼む」

「「「はい!」」」

 そのとき、ちょうどチャイムが鳴り、授業の終わりを告げる。

「それでは、今日のHR《ホームルーム》はこれで終わりだ。起立!」

 ガタガタッと音を立て、クラス全員が席から勢いよく立つ。

「礼!」

 みんなが一斉に頭を下げる。みんなが顔を上げると、オルグレンは微笑んでいた。

「それでは、また明日」

「「「ありがとうございました!」」」

 オルグレンは頷いた後、視線を前に移し、マーティンと目が合う。

「気をつけて」

「はい! 先生もお気を付けて」

「オルグレン先生、また明日!」

 マーティンの隣にいたエリックが人なつっこい笑顔で挨拶し、オルグレンは微かに驚いたが、すぐに笑顔に戻す。

「ああ。ギルバート君、また明日」

「はい!」

 その後、エリックとマーティンは、オルグレンが教室を出るまでじっと見送っていた。

「マーティン、エリック!」

「「ラッセル、コーリーさん」」

「2人とも、さすが! もう先生と仲良くなるなんてなっ!」

「私たちも、もっと頑張らないとね!」

「2人とも、今日の自己紹介だけでも、すごく盛り上がっていたよ?」

「でも、二人に比べたらな……?」

「まだまだだよね?」

 ラッセルとコーリーは、力強く「うん、うん」と頷く。

「ところで、俺とコーリーは部活を見て帰るけど、二人はどうするんだ?」

「ごめん、今日はこれから用事があって、すぐに帰るんだ」

「ごめん、ラッセル! 俺は部活に入らないから」

 申し訳なさそうに言われたラッセルは、ようやく自分の失言に気づく。

「あ……、悪い! エリック! ホリーさんのことがあるもんな?」

「ごめんね? エリックくん……。お母さんが入院しているのに、余計なことを聞いちゃって……、本当にごめんね?」

「大丈夫、ラッセルもコーリーさんも気にしなくていいよ? 母さんも、病院で元気そうにしているから」

 殊更ことさら明るく笑って言うエリックに、ラッセルとコーリーは眉をわずかに下げたまま頭を下げる。

「本当にごめんな?」

「ごめんなさい!」

「えっ、と……」

「二人とも、エリックもそんなに気にしていないから大丈夫。頭を上げてくれないと、エリックのほうが気を遣っちゃうから」

「マーティン……。そうだな、あんまり言うと、エリックに気を遣わせるよな? ありがとう、マーティン」

「ありがとう、マーティンくん」

「どういたしまして」

 マーティンが二人に微笑み、その隣でエリックはホッとするように微笑んだ。

「じゃあ、エリック、マーティン、また明日な!」

「エリックくん、マーティンくん、また明日!」

「ラッセル、コーリーさん! また明日!」

「ラッセルも、コーリーさんも、また明日!」

 手を振って去っていくラッセルとコーリーを見送り、エリックはマーティンの肩をポンポンと叩く。

「ありがとう、マーティン」

 ようやく穏やかに笑ったエリックにマーティンはさらにあたたかな笑みを浮かべる。

「どういたしまして」

 マーティンとエリックが顔を見合わせ、今度は声を出して笑っていると、パタパタと足音を立て、一人の女子生徒が二人の元に近づく。

「あの……!」

「えっと……」

「フルール・ホールズワースさん?」

「はい、そうです。覚えていてくれたんですね?」

 さっきの真剣な表情とは違い、ふわふわした笑顔で話すフルールに、エリックとマーティンはわずかに首を傾げる。

「ホールズワースさん、何かあったの?」

「あっ……! あの、さっきコキーユちゃんが、パメラさんたちに中庭に連れていかれたんです! 私じゃ、力になれなくて……!」

「えっ?」

「コキーユちゃんって、聖獣召喚術師の?」

「うん!」

「マーティン! 先に中庭に行ってくるから!」

「エリック? 俺も行くよ! ホールズワースさんは、ここで待っていて!」

「あ……」

「すぐ戻るよ!」

 マーティンはフルールに声をかけてすぐ、エリックの跡を追っていった。



 🍮 🍮 🍮



「ちょっと、あなた! あの田舎のレーツェレストの出身なんですって?」

 金髪の少女パメラ・ロットナーは、ただでさえつり上がった目を怒りにより、さらにつり上げ、先ほどからずっとポニーテールの少女コキーユと白狼アドルフを睨みつけていた。彼女とクラスメイトの女子数人で、コキーユとアドルフを壁際に追いやり、みんなで周りを囲んでいた。

「ところで、あなた。……『聖獣召喚術師』なんて、嘘でしょう?」

 パメラは、ずっと睨んでいるアドルフを物ともせず、目の前にいるコキーユをふんっと小馬鹿にする。

「あなた、入学試験のとき、そんなに魔力は強くなかったじゃない? 私、見ていたもの!」

「えっ? 嘘っ!?」

「パメラ、本当?」

「ええ、本当よ」

「ウゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙……」

「駄目っ!」

 コキーユが前に出ようとするアドルフを抱きしめ、何とか暴れないように押さえつけるが、パメラがコキーユを蔑んだ目で冷たく見つめる。

「本当は、あなた……、誰かの聖獣でも借りて来たんじゃないの?」

「ウゥ゙ゥ゙ヴァアウッ!!」

 暴れるアドルフとは反対に、コキーユを見下すパメラたちの声は次第に冷たさを増していく。

「だって、『聖獣召喚術師』なんて、珍しい職業……。しかも、レーツェレストの田舎娘が、そんな魔法扱えるとは思えないもの」

「「ねー?」」

「ウゥ゙ゥ゙ゥ゙ッ!」

 コキーユが何か言う前に、アドルフがうなり声を上げ、彼女の腕から抜け出ようと必死にもがく。

「駄目! アドルフ!」

「ウゥ゙ゥ゙ッ!」

「人を傷つけちゃ駄目っ!」

 コキーユは声をかけ続け、アドルフがパメラたちに襲い掛からないように必死に抱き着く。

「人を傷つけたら一緒にいられなくなっちゃうからっ! だから……お願いっ! アドルフッ!」

「ウゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ッ! ウゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ッ!」

「何よ? やる気?」

「受けて立つわ!」

 パメラたちがアドルフに攻撃しようとした、その時。コキーユの前で鮮やかな赤いコートがなびく。


「やめろっ!!」


 いつの間にか、エリックが両手を広げ、コキーユたちの前に立っていた。

「何よ?」

「クラスメイトを傷つけたら駄目だ。これから一緒に学ぶ仲間なのに!」

「でも、その子が嘘つくから!」

「彼女は嘘をついてない! 彼女と聖獣の魔力は同じだから……この白狼は、彼女の聖獣なんだ」

「何を言っているの?」

「みんな! 落ち着いて!」

「マーティン……」

「シュトーリヒくん!」

「マーティンくん!」

 エリックの横に現れたマーティンは、パメラたちを刺激しないように、なるべく落ち着いた声を出そうと決める。

「その聖獣は、確かにフローレンスさんの召喚した白狼だよ? 俺も入学式の前にオルグレン先生から聞いたけど、学校側もフローレンスさんと聖獣の魔力が一致するかを事前にしっかりと調べているんだ。多分、校長先生たちに聞きに行けば教えてくれると思うよ?」

「えっ、そうなの?」

「えっ? 知らないけど、マーティンくんが言うんだから、そうなんじゃない? 私、小学校の時も同じクラスだったけど、マーティンくんが嘘をつくとは思えないし……」

「じゃあ……」

「嘘じゃなかったんだ……」

 パメラたちは事実を聞き、顔が真っ青になっていく。

「本当に、ごめんなさいっ!」

 真っ先に頭を下げたのは、パメラだった。

「本当にごめんっ!」

「私たちの勘違いで、こんなことになって!」

「本当に、ごめんね!」

「私たち、本当に知らなくて……」

 ものすごい勢いで頭を下げて謝るパメラたちに、コキーユは驚きつつも、何とか口を開く。

「う、ううん。いいの、わかってくれれば、それで……」

「でも……」

「何かしてほしいこととか……ある?」

「何でも言って!」

「私たちでできることなら、つぐなうから!」

 パメラたちは真剣な顔で、コキーユの次の言葉を待つ。

「え……と。じゃあ、これから──私やアドルフと、仲良くしてくれる?」

「え?」

「それだけでいいの?」

「うん」

「本当に?」

「うん!」

 コキーユは勢いよく頷き、今までの泣きそうな顔とは違い、とびっきりの笑顔で続ける。

「私やアドルフと、友だちになってほしいの!」

 パメラたちは顔を見合わせ、頷き合った後、コキーユに向き直る。

「もちろんよ!」

「そんなの当然よ!」

「ええ、そんなことで良ければ……」

「ええ、本当にごめんなさいね……」

「ううん、ありがとう!」

 コキーユは笑顔で、パメラに右手を差し出す。

「これからよろしくね!」

 コキーユから差し出された手をパメラは少しためらった後、ぎゅっと掴む。

「本当に……ごめんなさい」

「いいの、ケガもないから。……ね? アドルフ?」

「ワォンッ!」

「本当にごめんなさい。……それじゃあ、また明日ね、フローレンスさん」

「本当にごめんね! またね!」

「本当にごめんなさい! また明日!」

「本当にごめん! またね!」

「うん! また明日ね!」

「ワォン!」

 中庭での騒ぎに集まってきた来た人たちもいたが、騒ぎが収まると、みんなさっさとここから立ち去っていく。

「アドルフ!」

「ワォンッ!」

「良かった! 我慢してくれて、ありがとう、アドルフ」

 コキーユはアドルフにぎゅっと抱き着き、優しく体をなでる。今までことの成り行きを黙って見ていたエリックだったが、彼女たちが心配になり、おもむろに口を開く。

「大丈夫だった?」

「うん! ありがとう、二人とも」

 コキーユがふわっと笑い、助けた2人にお礼を言ったが、エリックは顔を真っ赤にして話せなくなった。それを見かねたマーティンが、先に彼女の前に出る。

「どういたしまして。あと、俺は同じクラスの『マーティン』。よろしくね?」

「こちらこそ、よろしくね? 私は『コキーユ』。こっちは相棒の『アドルフ』」

「ワォンッ!」

 その鳴き声で、ようやく頬の赤みが引いたエリックは慌ててコキーユの前に出る。

「俺は同じクラスの『エリック』。よろしく、コキーユ、アドルフ」

「エリックくんも、よろしくね?」

「あと──『エリックくん』じゃなくて、『エリック』でいいよ?」

「えっ?」

 驚くコキーユにマーティンは慌てて、エリックより少し前に出る。いつも他人に優しく、すぐに声をかけるエリックだったが、いつもよりさらに積極的になっている彼に、マーティンは内心苦笑する。

「コキーユさん、俺のことも呼び捨てでいいから」

「じゃあ、私のことも『コキーユ』って呼んでくれる?」

「もちろん!」

「もちろんだよ!」

「ありがとう! エリック、マーティン!」

 三人の間にあたたかい空気が流れるが、アドルフは我慢できずに「ワォンッ!」と吠える。

「アドルフ」

「それじゃあ、行こうか? ホールズワースさんも待っていると思うから」

「フルールちゃんが?」

「うん、コキーユのこと、すごく心配していたよ?」

「きっと教室で待っているから──。行こう? コキーユ?」

 エリックが右手を差し出し、マーティンが彼の横で見守っている。

「うん! フルールちゃんにお礼を言わないと!」

 コキーユはエリックの手を掴み、立ち上がった。

「ありがとう、エリック」

「コキーユ──。どういたしまして」

 エリックはコキーユの笑顔に見惚みほれていたが、何とか笑顔で返事をすることができた。



 🍮 🍮 🍮



 教室に行くため、三人と一匹は人がいなくなった静かな廊下を進んでいた。マーティンが先頭を歩き、その隣にはスキップするように歩くアドルフ、その後ろでコキーユが愛しそうに微笑み、頬を赤くしたエリックの隣を歩いている。そんな中、マーティンがコキーユを振り返る。

「コキーユ。この後、良かったら、俺の家に来ないかな? 今日は、エリックの作ったお菓子があるんだ」

「え?」

「マーティンッ!?」

「エリックの作る料理は、どれもおいしいから、ぜひ『コキーユにも食べてほしい』と思っているんだけど……、いいかな?」

「マーティン!」

「うん! この後、予定がないから、時間はあるの。でも、迷惑──、かな?」

 コキーユはエリックを不安そうに見つめていた。

「そんなことないっ! お菓子も、コキーユに食べてもらえたら嬉しい!!」

「本当に? 無理してない?」

「うん! もちろん!」

「──ありがとう、二人とも! じゃあ、お言葉に甘えて、お家にお邪魔させてもらうね? ね? アドルフ?」

「ワォン!」

 楽しそうに笑うコキーユとアドルフを見たエリックたちは優しく微笑んだ。

 三人と一匹が階段を上り、ようやく教室の見える廊下まで出ると、2組の教室前でカバンを持ち、キョロキョロしているフルールがいた。

「フルールちゃん!」

「ワォンッ!」

 コキーユとアドルフがフルールに駆け寄る。

「あっ! コキーユちゃんっ、大丈夫? ケガはない?」

「うん!」

「ワォン!」

 コキーユたちが返事をしている間に、エリックとマーティンがようやくフルールの前にたどり着く。

「ホールズワースさん、ありがとう!」

「ホールズワースさんのおかげで、コキーユたちを助けられたんだ、ありがとう」

「え……? 私はここで待っていただけで、そんなに大したことはしていないです!」

「そんなことない! フルールちゃんのおかげで、私もアドルフも助かったから! ね? アドルフ?」

「ワォンッ!」

「よかった、コキーユちゃんたちが無事で……」

「ホールズワースさんのおかげで本当に助かったんだよ?」

「コキーユもアドルフもケガがなくて、みんなにもわかってもらえたんだ。ありがとう、ホールズワースさん」

「──はい! どういたしまして! ……あの、二人とも。できれば、ホールズワースさんよりも、『フルール』と呼んでいただきたいです。『ホールズワース』という名前も、長くて呼びにくいと思うんです」

 恥ずかしそうにしているフルールに、エリックは明るく微笑む。

「うん、わかったよ! フルールさん、俺のことは『エリック』って、呼んでくれないかな?」

「フルールさん、俺のことも『マーティン』って、呼んでほしいな?」

「はい! わかりました! エリックくん、マーティンくん!」

 みんなでくすくすと声を出して笑う。アドルフもコキーユの横で嬉しそうに尻尾を振り、みんなを待っていた。

「ところで、コキーユちゃんたちは、これからどうするの? 私は、これから園芸部を見に行く予定なの」

「フルールちゃん、ごめん! これから、マーティンの家にお邪魔することになったの」

「えっ? マーティンくんのおうちに?」

「うん、これから三人で俺の家に行くんだけど、フルールさんも一緒にどうかな?」

「プリンも作ってあるんだ」

「──ううん、誘ってくれたのに、ごめんなさい。私、お花が好きだから、どうしても今日、園芸部に入りたいんです。だから、また今度、お邪魔してもいいですか?」

「うん、わかった。ごめんね、引きとめて」

「ううん、いいんです。お誘いありがとうございました! じゃあ、コキーユちゃんも、エリックくんも、マーティンくんも、また明日ね!」

「うん! また明日!」

「また明日!」

「フルールさん、また明日!」

 フルールは、みんなに手を振りながら、廊下を歩いていった。残ったエリックたちは、自分たちの席に行き、カバンを手に取る。

「じゃあ、行こうか?」

「うん」

「うん!」

「ワォン!」

 三人と一匹は自然と歩みが速くなり、足早に教室を出て行く。

「校門前で母さんが待っているから、少し急ごうか?」

「うん、わかった」

「マーティンのお母さん?」

「そういえば、コキーユとアドルフは知らなかったっけ?」

「うん」

「マーティンのお母さんは、『マヤリス』さんって、言うんだけど、すごく優しくて美人なんだ。俺も、いつもお世話になっていて、まるで自分の子どものように優しくしてもらっているよ?」

「マーティンのお母さんって、いい人なんだね?」

「そうだね。とっても優しい人だよ」

「優しいお母さん……。私のお母さんも優しい人なの。仲良くなれると嬉しいなぁ」

「コキーユなら、きっと仲良くなれるよ! コキーユも、マヤリスさんも、優しい人だから!」

 何のためらいもなく自分のことを信じてくれたエリックに、コキーユは階段の踊り場で足を止め、笑顔を返す。

「ありがとう、エリック」

「きっと大丈夫だよ」

「ワォン!」

「マーティンも、アドルフも、ありがとう」

「どういたしまして」

「ワォン!」

 三人と一匹は階段を降り、近くの出入り口に向かう。

「フェストさんもいるのかな?」

「父さんは、皆さんと会食するから夕方まで帰ってこないと思うよ?」

「フェストさん?」

「マーティンのお父さんなんだ。今日、来賓代表で挨拶をしていた人だよ」

「本当に? すごい! マーティンのお父さんって、すごい人なんだね!」

「父さんを褒めてくれて、ありがとう」

 三人は出入口で、シューズから靴に履き替える。

「ミモザさんは、帰ってきているのかな?」

「姉さんは、今日は始業式のはずだから、早く帰ってくる予定だよ? 友だちと話していると思うから、少し遅くなると思うけど」

「お姉さんがいるんだね?」

「うん、明るくてフレンドリーで、優しい姉さんだよ?」

「そうなんだね」

 三人は靴を履き終え、みんなで外へ出る。

「ミモザさんは、見た目が清楚だけど、フレンドリーな人で、すぐに人と仲良くなって、友だちも多いんだ。専門学校生になったから髪型も変えて、両サイドを三つ編みにして、ここにお団子とミモザの髪飾りを刺して、あとの髪は下ろしているんだ」

 エリックは首の後ろを指さして言った。

「すごく可愛い! 大人っぽくて! 私もミモザさんに会ってみたいなぁ」

「ワォン!」

「アドルフも、そう思う?」

「ワォン!」

 そんなやりとりを微笑ましく思いながら、エリックたちは校舎から出ると、学校の先輩たちが新入生に部活動の勧誘をしていた。

「演劇部に入らないか?」

「いや、うちの剣術部に!」

「部活には入れないので、すみません」

 真摯な瞳で頭を下げてエリックに、先輩たちはあっさりと引き下がる。

「そうか、残念だな」

「気が向いたら来ていいからな!」

「ありがとうございます」

 エリックは先輩たちを見送った後、コキーユに顔を向ける。

「コキーユは部活に入らなくて良かったの?」

「うん、私は親戚が経営する宿屋に下宿させていただいているから手伝いもしたいの。今は部活に入ろうか迷っていて……」

「コキーユって、一人暮らしなんだ?」

「うん! でも、アドルフも一緒だから!」

「でも、女の子の一人暮らしって、すごく大変だよね?」

「女将さんに、すごくよくしてもらっているの! お母さんとお父さんは、レーツェレストで農業をしていて、食材をよく送ってくれているの! 二人とも私と女将さんを信頼して、送り出してくれたから、これから頑張らないと! ね? アドルフ?」

「ワォンッ!」

「でも、コキーユは一人暮らしできるなんてすごいね?」

「中学生で一人暮らしなんて、本当にすごいよ」

「ありがとう」

 コキーユは頬を少し赤くして、エリックに向き直る。

「そういえば、エリックのご両親は、どんな人なの?」

「あ……うん」

 しかし、エリックが困ったように口を開いた瞬間。

「あっ!」

 マーティンが声をあげ、全員が入り口に振り向くと、そこにはマヤリスが立っていた。マヤリスは息子の声に気づいたのか、みんなのほうに顔を向ける。

「マーティン! エリックくん!」

「母さん!」

「マヤリスさん!」

 マーティンは走ってマヤリスに近づき、彼の後をエリックたちが追っていく。

「母さん、新しい友だちができたんだ」

「まあ! そうなの?」

 マーティンは少し遅れてやって来たコキーユとアドルフを手で示す。

「こちら、同じクラスの『コキーユ』と彼女の召喚獣の『アドルフ』だよ? コキーユは聖獣召喚術師なんだ」

「初めまして、マーティンくんと同じクラスの『コキーユ・フローレンス』です。こっちは、相棒の『アドルフ』です!」

「ワォン!」

「さっきは困っていたところをマーティンくんとエリックくんに助けていただきました!本当にありがとうございました!」

 コキーユが勢いよく頭を下げると、横にいたアドルフも頭を下げる。

「えっ?」

 マヤリスが困惑する中、今まで黙っていたエリックが前に出る。

「さっき、コキーユがクラスメイトに勘違いされていたところを助けたんです」

「そんなことがあったの? えっと、呼び方は『コキーユちゃん』でいいかしら?」

「はい!」

「コキーユちゃんにケガがなくて良かった。また何かあれば言ってね? 私も協力するわ」

「はい!」

「自己紹介が遅れてごめんなさい。私は、マーティンの母で、『マヤリス・シュトーリヒ』と申します。これからも、息子やエリックくんと仲良くしてくださいね?」

「はい!」

「ワォン!」

 和やかな空気が流れ、みんなで微笑み合うが、マーティンは大切なことを伝えるために、そっと口を開く。

「そうだ! 母さん、コキーユを家に招待したんだけど、いいかな?」

「ええ! もちろんよ?」

「ありがとうございます!」

「ワォン!」

「どういたしまして」

 くすくすと笑ったマヤリスは、帰るために校門を確認すると、何かを思いついたように突然手を合わせ、「あっ!」と声をあげる。

「そうだわ! 出会った記念に、みんなで写真を撮りましょう?」

「えっ! いいんですか?」

「もちろんよ? さあ、コキーユちゃんとアドルフくん! マーティンも、エリックくんも! 一緒に並んで!」

「うん!」

「はい!」

 マヤリスがカメラを構え、コキーユの前にアドルフ、彼女の隣にエリック、マーティンが仲良く並ぶ。

「みんな笑って! さんにーいち!」

 みんな笑顔になった瞬間、パシャッ!と音を立て、カメラが光る。マヤリスが顔を上げると、コキーユとアドルフが彼女の元に駆けてきていた。

「ありがとうございました!」

「ワォン!」

「マヤリスさん、ありがとうございました!」

「母さん、ありがとう」

「どういたしまして」

 マヤリスは心から嬉しそうに微笑み、カメラをそっとバッグにしまい込む。

「さあ、行きましょうか?」

「「はい!」」

「うん!」

「ワォン!」

 みんなで同時に返事をし、声に出して笑った後、ゆっくりと歩き出したマヤリスに、エリックたちは足早について行ったのだった。



 🍮 🍮 🍮



 マーティンの家までやって来たコキーユは、ぽかんとしたままシュトーリヒ家の屋敷を見上げる。

「どうかした? コキーユ?」

 コキーユの隣にいたエリックが不思議そうに聞いた。

「すごく立派なお屋敷……」

「ありがとう」

「ここはマーティンの家だけど、シュトーリヒ領主のお屋敷でもあるから」

「ここが領主様のお屋敷……!」

「そんなにすごくはないけどね?」

「ううん! すごいよ!」

 興奮気味に答えるコキーユに、マヤリスが申し訳なさそうに眉を下げる。

「ごめんなさい、コキーユちゃん。領主のお屋敷にしては、これでも小さいほうなの」

「えっ!? これで小さいんですかっ!? レーツェレストの役場より広いのに、これでも小さいほうなんですか?」

「ええ。あと、仕事場は別にあるの」

「そうなんですか!」

 コキーユは、自分の横で声をあげることすら忘れて屋敷を見つめるアドルフに顔を向ける。

「すごいね? アドルフ?」

「ワォン!」

「あと、エリックは隣の家に住んでいるんだよ? エリックとは家族で仲良くしてもらっているんだ」

「マーティンとは、赤ちゃんの頃からの付き合いで、幼馴染なんだ」

「赤ちゃんの頃からの幼馴染なんて、仲がいいんだね! ──今日も、二人が助けてくれて、本当に良かった……。ありがとう、二人とも!」

 コキーユはパッと花が開くような笑顔になる。

「どういたしまして。コキーユに怪我がなくて良かった……」

「うん。本当に、怪我がなくて良かったよ」

 三人で話している間に、マヤリスは鍵を開け、門を手で押したまま、みんなに振り向く。

「さあ、今日は疲れたでしょう? 家でゆっくりしていって?」

「ありがとうございます!」

「ワォンッ!」

 元気よく吠えたアドルフを見て、みんなの顔に笑みが浮かぶ。

「さあ、行こうか?」

「うん!」

「うん! お邪魔します」

「ワォン!」

「どうぞ、ごゆっくり」

 みんなは仲良く話しながら、マーティンの家に入っていった。



 🍮 🍮 🍮



 エリックはマーティンの家に入ると、自分の家にいるような調子で、近くにあったベージュのロングエプロンを取った。布紐を後ろに回した後、お腹の前で「キュッ!」と結ぶ。袖を肘まで折ってまくり上げ、キッチンに向かう。

「エリックくんは、いつも家のことを手伝ってくれているのよ?」

「えっ? そうなんですか?」

「ああ見えても、エリックは料理が得意なんだよ?」

「すごいっ!」

「いつも母さんと一緒に、よくご飯を作ってくれているんだ」

「すごいね! 私も料理は作れるけど、レパートリーが少なくて、あまり自信がないの」

 マーティンとコキーユが話している間に、マヤリスはキッチンに向かい、紅茶の用意をしていたエリックと交代する。手の空いたエリックは、作っておいたプリン五つとソースを素早く冷蔵庫から取り出す。

「作れるのだけでもすごいよ! 俺は作ったことが、ほとんどないから」

「マーティンは頭が良くて、みんなに頼られているから、休めるときに休んだ方がいいよ?」

 キッチンで話を聞いていたエリックから声がかかり、マーティンはわずかに目を見開く。エリックは、そんなマーティンに気づかないまま、歩けば揺れるくらいにやわらかなプリンの上に、自分で作ったミルクチョコレートソースをかけていく。

「今日は入学式だったから早く帰って来られたけど、前の学校では夜六時を過ぎないと帰ってこられなかったからな……」

 エリックが、サッ!とプリンとスプーンを乗せた皿を持ち、二人の前にそっと並べる。

「はい、どうぞ!」

「ありがとう!」

「ありがとう、エリック」

 手を合わせて喜ぶコキーユと目を細めるマーティンに、エリックは優しく微笑む。

「どういたしまして」

「はい、紅茶もどうぞ!」

「ありがとうございます!」

「ありがとう、母さん」

 マヤリスが笑顔で、みんなの席に紅茶を置いていくと、室内に茶葉のいい香りが広がる。

「はい! これはアドルフ用。チョコレートが食べられるかどうかわからないから、プリンだけにしたよ?」

「ワォンッ!」

 アドルフは「早く食べたい!」と言わんばかりに息を弾ませ、食べるときを待っている。

「じゃあ、いただきましょうか?」

「はい!」

 エリックとマヤリスが席に着き、みんなで手を合わせる。

「「「「いただきます!」」」」

 早速、みんなでミルクチョコレートソースのかかったプリンを一口食べる。

「おいしい!」

「本当に、おいしいよ!」

「本当においしいわ。ありがとう、エリックくん」

 みんなの幸せそうな笑顔に、エリックは自分のことのように満面の笑みを浮かべる。

「──ありがとう」

「ワォン!」

 アドルフは「おいしい」と言いたげに鳴き、もぐもぐと夢中で頬張っている。と、そのとき──。

「ただいま!」

「ミモザさん、お帰りなさい」

「姉さん、お帰り」

「ミモザ、お帰りなさい」

 マーティンの姉ミモザが元気にリビングのドアを開け、花が咲くような笑顔で帰ってきた。大人っぽく髪型を変えた彼女だが、今日もいつもと同じ無邪気な笑顔を振りまいている。その姿を見たマヤリスは紅茶のポットを持ち、キッチンの奥に入っていく。

「マーティン、エリックくん、早い……わ、ね──? えっ、と……どちら様かしら?」

 ミモザはコキーユとアドルフに気づき、次第に声が小さくなっていく。

「あのっ! 初めまして! 『コキーユ・フローレンス』と言います! マーティンくんとエリックくんとは同じクラスで」

「あら? 二人と同じクラスの子なの? 可愛い子ね! マーティンかエリックくんの彼女なの?」

「えっ?」

 コキーユが驚いているうちに、ミモザは早足で近づき、彼女の手を取る。

「初めまして! マーティンの姉で、『ミモザ・シュトーリヒ』です! 弟やエリックくんがお世話になっています! 二人と同じように仲良くしてくれると嬉しいわ!」

「は、はいっ! これから、よろしくお願いします!」

「『ミモザ』って呼んでほしいわ、コキーユちゃん!」

「はい! ありがとうございます! ミモザさん!」

「ワォン!」

 コキーユの陰にいたアドルフが、いつの間にかミモザの前に顔を出していた。

「あら? 白い狼?」

「このは、私の相棒の『アドルフ』です! 小さい頃から一緒に暮らしていて、家族のような存在なんです!」

「姉さん、コキーユは『聖獣召喚術師』なんだ」

「『聖獣召喚術師』! すごく珍しいわね! コキーユちゃん、すごいわ!」

「ありがとうございます!」

 みんなが微笑んでいる中、エリックはそっと立ち上がり、一人でキッチンの奥に入っていく。

「アドルフも格好いいけれど、よく見ると目元がすごく可愛いわ! 空色の瞳も綺麗!」

 アドルフの顔を手で挟んでいたミモザは手を離し、ぎゅっ!と勢いよく抱きつく。目を見開いたアドルフは吠えずに、ただただミモザに大人しくなでられている。

「アドルフが吠えないなんて珍しい……」

「そうなの? 嬉しいわ!」

「ワォン!」

 ミモザはくすくす笑い、アドルフをひとしきりなでた後、コキーユに向き直る。

「コキーユちゃん、これからも私やマーティン、エリックくんのことをよろしくね? もちろん、アドルフも!」

「はいっ!」

「ワォンッ!」

 コキーユたちが元気よく返事をすると、みんなが微笑む。そのとき、エリックがプリンとスプーンの乗った皿を持ち、キッチンから出てきた。

「ミモザさん、お待たせしました!」

「あら! エリックくん、ありがとう!」

「どういたしまして。今、ソースをかけますね?」

「ありがとう! そういえば、コキーユちゃん! エリックくんの料理はおいしいのよ? いっぱい食べていってね?」

「はいっ!」

 そのとき、ちょうど紅茶を入れ終えたマヤリスがキッチンから笑顔で現れる。

「紅茶のおかわりもあるから、ゆっくりしていってね? コキーユちゃん」

「はい!」

「アドルフもね?」

「ワォン!」



 🍮 🍮 🍮



 その後も、みんなで他愛もない話をし、あっという間に二十分ほど経っていた。

「ごちそうさまでした!」

「ワォン!」

「お粗末様そまつさまでした」

 コキーユが目を細めて微笑むと、エリックはわずかに頬を赤くする。しかし、彼女はそのことに気づかないまま、宿屋に帰るために席を立つ。

「私たちは、もうそろそろ帰ります。今日はこの後、女将さんと約束があるんです」

「そうなの? 残念だわ! もっとコキーユちゃんとお話ししていたかったのに」

「コキーユ。姉さんはこの後に習い事があるから、気にしなくていいよ」

「習い事なんて、気にしなくていいわ!」

「そう言いつつも、ほとんど休んだことないでしょう?」

 くすくす笑っていたコキーユは、改めて頭を下げる。

「本当にありがとうございました!」

「ワォン!」

「またいつでも来てね?」

「本当にいつでも来てくれていいから。まだエリックの作る夕食も食べてもらってないからね?」

「マーティンッ!?」

 エリックはマーティンの言葉に驚き、思わず大きな音を立てて、勢いよく立ち上がった。

「エリック……。食べに来たら、迷惑かな?」

「そんなことない! おいしい料理を作って待っているから、また来てほしい……」

「うん! ありがとう!」

「ワォン!」

 近くに置いてあった自分のカバンを手に取るコキーユを見て、エリックは一歩前に出る。

「玄関まで送ろうか?」

「ううん、また別れるのが寂しくなるから、ここで大丈夫」

「そっか……」

「うん、また明日ね? エリック、マーティン! ミモザさんも、マヤリスさんも、また会えると嬉しいです」

「ええ! 私もよ!」

「また遊びに来てね?」

「はい! ありがとうございました!」

「ワォン!」

 会釈をしたコキーユたちは、少し寂しそうに見送るエリックたちと別れ、マーティンの家の玄関まで行く。彼女がスリッパから靴に履き替え、玄関を開けると、後ろからパタパタ!という足音が近づいてきた。

「コキーユちゃん!」

「マヤリスさん?」

 コキーユが振り向くと、マヤリスは手に何かの箱が入った紙袋を持っていた。

「ここ最近は行事が多くて、頂きものが多いの。コキーユちゃんも、良ければもらってくれないかしら? 中身は、焼き菓子のセットなの」

「じゃあ、お言葉に甘えて、いただきます! マヤリスさん、ありがとうございます!」

「ワォンッ!」

「どういたしまして」

 マヤリスからお菓子が入った紙袋を大事そうに受け取り、コキーユは体を玄関に向ける。

「門まで送るわ」

「ありがとうございます!」

「ワォン!」

 マヤリスはサッと靴を履き替え、先に歩いて門を開けると、コキーユたちを振り返る。

「気をつけてね?」

「はい! 本当にありがとうございました!」

「ワォン!」

 元気に尻尾を振るアドルフに、二人はくすっと笑う。マヤリスは、その後もコキーユたちの姿が見えなくなるまで、そっと見送っていた。


 一方、その頃、コキーユたちがいなくなったリビングでは、ミモザがエリックたちと話をしていた。

「で、どうなの? エリックくんはコキーユちゃんのことが好きなの?」

「え……っと、あの……」

 顔を赤くしながら次の言葉を話せずにいるエリックに、少しの間くすくすと笑ったミモザは、すぐに真剣な顔になる。

「ところで、エリックくん? コキーユちゃんに、グラントさんたちのことは話したの?」

「いえ。コキーユには、まだ話していないです」

「コキーユちゃんは大切な友だちだから、早く話しておいたほうがいいわよ?」

「姉さん……」

「話すのが遅くなって、変な誤解を受けると悲しいから、早いうちに話しておいたほうがいいわ」

 ミモザの真剣な眼差しに、エリックも真摯な瞳で見つめる。

「はい!」

 力強く頷いたエリックに、近くで見守っていたマーティンとリビングに戻ってきたマヤリスは顔を見合わせ、あたたかく微笑んだ。

「姉さん、もう少しで習い事に行く時間だよ?」

「本当だわ!」

「俺も夕食の支度をしないと!」

「その前に、ホリーさんのお見舞いだよね?」

「うん!」

「今日は俺も一緒に行くよ。いつもは日曜日にしか行けないけど、今日は早く帰ってこられたからね?」

「ありがとう、マーティン」

「どういたしまして」

 二人は顔を見合わせ、微笑む。

「二人とも、行ってらっしゃい」

「私は習いごとがあるから行けないの、ごめんなさい。二人とも私の分までお見舞いに行ってきてくれるかしら?」

「もちろん」

「気持ちだけで充分嬉しいです、ミモザさん。母さんにも、そう伝えておきます」

「ありがとう、エリックくん!」

 ようやく笑顔になったミモザに、ホッとしたエリックはマーティンを見る。

「じゃあ、俺は作っておいたプリンをつめてくる」

「わかった」

 頷いたエリックがキッチンに消えていく。

「ここの片付けは、私がしておくわ」

「うん! ありがとう、母さん!」

 洗い物を持っていくマヤリスを見送ったマーティンの肩をミモザがポン!と叩く。

「エリックくんも、ようやく元気になって良かったわね?」

「うん」

「コキーユちゃんにも会えて……。本当にいいわよね? 恋愛って!」

 当の本人よりも嬉しそうに微笑むミモザは、エリックとコキーユがどうなるのか考えるだけで踊り出しそうな雰囲気だ。

「姉さん……」

 苦笑する弟を気にすることなく、ミモザは笑う。

「あんなに落ち込んでいたエリックくんの初恋ですもの! 応援しないと! ね?」

 マーティンはわずかに目を見開き、次の瞬間には、あたたかく笑っていた。

「うん、もちろん!」

「マーティン? ミモザさん? どうかしたんですか?」

「ああ、エリック! 何でもないよ?」

 不思議そうな顔をしたエリックがカゴに入れたプリンを持ち、いつの間にかリビングに戻ってきていた。

「まあ、いいけど……。それじゃあ、ミモザさん、マヤリスさん、行ってきます!」

「姉さん、母さん、行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃい、気をつけてね?」

「「はい!」」

 返事をした二人は、その後。マヤリスとミモザに見送られながら、元気に家を出て、病院に出かけていった。

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グラントエリック建国史 完全版 ※書き直し予定です。 鈴木美本 @koresutelisu

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