第9話 五級探索者ブレイカー吉井

「はぁ、なんで俺がこんな事を⋯⋯」


 やや白髪の混じり始めた黒髪の壮年の男は、独り言ちた。

 彼の名は、ブレイカー吉井。これは勿論、探索者としての活動名である。

 彼は、日本の東京都、その中心に存在する青黒い高層ビル──ダンジョン協会日本東京都市部より派遣された五級探索者である。


 彼は協会より、東京に新興ダンジョンが現れた可能性がある、という伝達を受け、その真偽を確かめる為に監査の任務についていた。


「でもまぁ、東京に、それも俺ん家の直ぐ近くに新しいダンジョンが出来た可能性がある、なんて言われりゃ動くしかないわな」


 それに──と、歳のせいか固くなってきた表情筋を動かし、笑みを浮かべながら続けた。


「こりゃあ四級に上がれるまたと無いチャンスだ」


 探索者の等級には、数字では表せない大きな壁があると言われている。

 中でも有名なのが、五級から四級への壁である。

 この二つの等級は、どちらも一級分の差しか無いように思うが、その実、この二つには大きな、そして明確な差が存在する。

 四級以上の探索者は、国にその身を保証され、等級別に一定の月給が支払われるのである。これは詰まり、公務員の立場に就くという事である。

 また、それだけに終わらず、税金の免除又は減税、特別手当と言う名のその他多くの等が付くのである。


 基本的に収入が安定する事の無い探索者稼業だが、事四級以上となれば話は別、という訳なのである。

 当然、それに伴い四級を目指す探索者は増加するが、実際にそうなれる人間は数少ない。

 何故なら、単純にそうなれるだけの才能を多くの人間が持ち得ないからだ。探索者は、どこまでいっても才能の世界である。努力でどうこう出来る程度のものでは無い。

 それこそが五級から四級への壁であり、天才の領域、若しくは人外の世界と呼ばれる所以であり、世間一般が指す探索者の事なのである。


 メディアにその姿を晒し、褒めそやされ、ダンジョンの神秘を暴き、一攫千金を得る、そんな誉れ高き探索者は、飽く迄四級以上の人間の事である。決して、その日暮らしの安い報酬を受け取り、冷めた飯と安酒を呷るような、そんな人間の事では無い。


 だからこそ──と、彼は、日の当たらないこの日常から脱却する為、この任務に全てを賭けてきたのである。

 とは言ったものの、本人の生来からの面倒を嫌う性格が、監査という面倒な任務を受け入れきれていない。


 愚痴愚痴と恨み言を吐きながら、彼は件の寂れた公園を目指し歩いていった。







「よぉし、到着。ここが疑惑の公園か」


 にしても──と、彼は続けた。


「寂れてんなぁ。こんな公園、近所のガキでも然う然う来ないだろ」


 そう言うと、彼は閑散とした公園の中へ入って行った。


 一先ず公園の中を一周歩き回ってみたが、特別怪しいものは無かった。

 ダンジョンの入口──所謂いわゆるポータルは、各ダンジョンによって異なるとされている。扉型であったり、創作物で見かける光の集合体のようなものであったり、或いは、ダンジョン外部のものに偽装するように設置されてあったりと様々である。


 彼は最後に、一箇所だけ見ていない防災器具庫の裏手を見る事にした。

 そこで彼は驚愕する事になる。


「ビンゴ⋯⋯まさか本当にあるとは⋯⋯」


 協会を疑ってはいなかったが、実際に自分の目で確かめてみるとやはり違う、と彼は思った。


 今回の新興ダンジョンは偽装型であった。

 素人目には直ぐ近くの防災器具庫で区別つかないくらいには上手く偽装してある。

 しかし、監査に来たのは日々ダンジョンを見慣れた五級探索者。嫌という程、ダンジョンを見てくれば、眼前のそれが見慣れたものと同じものであるという事くらい直ぐに分かった。


「⋯⋯綺麗な白亜で大きさもまあまあ。見てくれだけで言えば、それなりに人を喰っていそうではあるが⋯⋯中に入れば分かるか」


 彼の任務は監査。ダンジョン内に入る必要等無い。

 しかし、ここで獲物をみすみす取り逃がす程彼は大人ではなく、野心を抑えられる程枯れてもいなかった。


「ふぅ⋯⋯滾ってきた⋯⋯っ! このダンジョンは新しく出来たもの、なら俺でもぶっ潰せるはずだ。そうなりゃ四級、いや三級以上も夢じゃねぇ!」


 彼の昇級への執着は凄まじいものであった。

 その執着と野心だけは、他とは一線を画すものであり、彼が五級探索者にまでなれた他ならぬ理由であった。

 しかし、それらは実力と才能、そして強運があってこそのものである。

 そのどれも持ち得ない彼は、一体どうなるのか。

 最早神のみぞ知る、という状態の暗黒の未来へ、執着と野心を滾らせた男は、只管にダンジョンを睨め付けた後、ダンジョンの中へと歩みだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョンならダンジョンらしく ようかん @Hirorukun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ